俺を運命の番だと言う天才剣士はオメガで、ヒートの時は俺の使用済みパンツを盗む。

トウ子

文字の大きさ
上 下
3 / 11

訓練場での戯れ合い

しおりを挟む
***




「やっほー!アベルくん、完全復活です!」

ふざけた宣言と共に現れた俺の好敵手に、剣を振っていた俺は早速声をかけた。

「おぉ、やっと来たか。やるぞ」
「一週間前に違うが聞きたかったなぁ」
「何を意味わかんねぇこと言ってんだよ」
「ロドリグは冗談が通じないなぁ」

じろりとねめつければ、肩をすくめて笑いながら、アベルはいつもの調子で笑う。肩までの金髪をさらりとかきあげて、後頭部で結えるとパチリとウィンクを寄越した。

「僕とヤリ合うのが、そんなに待ち遠しかったの?」
「おう」

軽薄な冗談には真顔で返すに限る。俺はあっさりと諾うと、にやりと戦闘的な笑みを浮かべた。

「じゃ、さっそくやろうぜ?」

俺の声に、アベルが剣を手に取る。練習用の刃が潰してある剣だ。だが。

「いいよ、……おいで」

まるで男を誘う仇花のような笑みと囁き。それを合図に、剽軽に振る舞っていた男が、すうっと目を細めた。
ブン、と軽く振っただけの剣が空気を切り裂く。まるで力みのない、何気ない動き。それなのに、アベルの右手が俺に剣を向けた瞬間から、俺たちの間の空気がピンと張り詰める。
呼吸すらも躊躇われる緊張。まるで世界に互いしかいないかのように見つめ合う。

あぁ、隙がない。
どこから詰めようか。

そう思いながらジリジリと睨み合っていると、ふ、とアベルの唇が笑みの形に綻ぶ。

「え?……ッ!」
「油断はダメだよ、ロドリグ」

一瞬の隙をついて、アベルが一気に距離を詰める。突き込まれた剣先を寸でのところでかわした。

「くっそ!」
「ふふっ、ロドリグは可愛いね」

舌打ちしながら、なんとか巻き返そうと隙を探るが見つからない。撃ち込む場所が見当たらない。
また今日もアベルのペースだ。そのまま防御の体勢から攻撃に転じることはできず、そして。

「ちっくしょぉおおおお!」
「あははっ、ロドリグは素直すぎるからなぁ」
「俺は油断なんてしてねぇぞ!?」
「焦りは油断に繋がるよぉ?君には冷静さが足りないよね」
「焦ってもねぇよ!」

剣を持つのは一週間ぶりのはずなのに、ちっとも衰えをみせないアベルに嫉妬と羨望を覚える。団から支給される抑制薬があるとはいえ、発情期で寝込んでいたのだから、衰弱しても良いはずなのに。こいつはいつだって艶々だ。発情期前より元気な気すらする。腹立たしい。

「くそっ!ちょっとくらい弱ってみせろよ!」
「君にそんなみっともないところ見せられないさ。失望されるといけないからね」
「はぁ!?」

さらりと返されたセリフに目を剥く。意味がわからないと喚いても、アベルはおかしそうに笑うだけだ。

「僕は常に、君の憧れの人でいたいのさ」
「……腹立つなぁ」

パチリとやけに様になるウインクを返され、俺は悔しさに呻く。
憧れていることを否定できないからこそ、腹が立つ。そんな俺の心情を理解しているらしいアベルが、クスッと吹き出した。

「君は本当に素直だなぁ」
「嘘はつかない主義なんだよ」
「嘘がつかないだけだろう」

汗ひとつかいていない色男に優しく微笑まれて、ハァ、と大きく息を吐いた。こっちは冷や汗と脂汗で、じっとり汗ばんでいるというのに。

「はぁ……あーあ」

練習場の隅に腰を下ろし、ぼんやりと稽古の様を眺める。
俺の相手を出来るやつは、もうここにもアベルしかいない。団長クラスの方々にはまだまだ俺も及ばないから、彼らがいる時は稽古をつけてもらえるが、上層部は多忙だ。滅多にない。だから俺は、アベルがいないときは、ひたすら自主練に励むしかないのだが、……アベルは。

「お前、俺とやり合ってもつまらないだろ」
「へ?ロドリグってば急にどうしたのさ」
「必ず勝つ戦いなんて、面白くないじゃねぇか」

不貞腐れたように吐き捨てた俺に、アベルはキョトンとした後で苦笑した。

「僕、わりといつも本気なんだけど、伝わってない?」
「伝わってねぇよ。楽しそうにニヤニヤしやがって。俺をおちょくって面白いか?」
「え、面白いよ?」
「性格が悪いな!」
「あはは!」

冗談だよ、と笑い混じりの声で否定して、アベルはやけに優しい顔で俺を見た。

「これまで僕はずっと、天才だとか麒麟児だとか言われて、誰もからね。僕をきちんと本気にさせてくれる君が、真正面から挑んできてくれるのが、とても楽しいんだ」

悟り切ったような顔で言うアベルは、ただ純粋に剣を楽しんでいるように感じた。ひたすら打倒アベルを掲げて我武者羅に齧り付いている俺とは違う。一つ違うステージに立っているように感じて、悔しくなる。

「……くそっ」

俺と同じ歳のくせに、剣の道を極めた達人みたいなことを言うアベルに、俺はますます納得がいかない。なんでここまで差があるのだろう。練習量だけならば、俺の方が多いはずなのに。

「あーあ!ちくしょう」
「ふふっ、ロドリグは、なにがそんなにご不満なんだい?」

ゴロンと子供のように地面に大の字になりぼやいた。アベルは涼しい顔で上から俺を覗いてくる。揶揄うような言葉に、俺は八つ当たりするしかなかった。

「いつもいつも、何でお前はそんなに余裕なんだよ!」
「そりゃ、勝利に固執していないからじゃないかな?」
「はぁ?」

思ってもいない返答に、俺はパチクリと目を瞬いた。

「僕は君とやり合えるのが楽しいだけで、勝ちたいとは思っていないから。そこが余裕に繋がるんじゃない?」
「……嫌味な野郎だな」

つまり、相手にされていないと、本気になっていないということじゃないか。
悔しい。いつかコイツに必死な顔をさせてやる。コテンパンに負かせて泣かせてやる。絶対だ。
何百回目かの決意を胸に、俺はため息をついた。

「まぁ、俺はまだまだ成長途上だからな!今に見てろよ!」
「もう二十歳超えてるのに、元気だねぇ。ま、期待しているよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なぜか大好きな親友に告白されました

結城なぎ
BL
ずっと好きだった親友、祐也に告白された智佳。祐也はなにか勘違いしてるみたいで…。お互いにお互いを好きだった2人が結ばれるお話。 ムーンライトノベルズのほうで投稿した話を短編にまとめたものになります。初投稿です。ムーンライトノベルズのほうでは攻めsideを投稿中です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...