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「またお前かーー!!」
「そうです僕でーーーーーーす!!」

バタンとドアを開け放って叫べば、陽気な声が元気よく返ってくる。

「ウルセェえええ!叫ぶなッ!!」
「君が言う?」
「俺は良いんだよ被害者だから!」

堂々と言い切り、何度目かの光景を見下ろして、仁王立ちした俺は絶叫した。

「今すぐ!全部返せ!!今、すぐ!!」

俺のパンツとパンツとパンツとズボンとシャツと靴下とパンツと……とりあえず大量の俺の持ち物にくるまってこんもりとした巣を作っている俺の……友人?に怒鳴りつければ、そいつは愕然とした顔で叫び返した。

「はぁ!?鬼か!?」

必死にひしっと俺のを抱きしめている姿は哀れを誘うが、同じ歳の成人男性が打ちひしがれていても、ちっとも可愛くはない。少なくとも俺には。なんだコイツとしか思わない。

「これから発情期なのに!?君、オメガの巣作り知らないの!?常識だよ!?」
「知らねぇよ!!あとお前が抱え込んでるのは、番の持ち物じゃなくて盗品だわ!」

日々寮の洗濯場から盗まれていた俺の私物……しかもたぶん洗濯前のモノだ。こいつ、俺のパンツめちゃくちゃ溜め込んでやがる。気色悪い。早く返して欲しい。

「運命の番に対してあまりにもあまりな言い草!」
「お前を運命の番と感じたことはねぇんでな!」

俺の言葉に傷ついたと示すべく、ガーンと口で言いながら頽れているが、知らん。

「俺はフェロモンに左右されたことなんか、一度もないッ」

俺は堂々と言い放つ。鍛え上げた男児たるもの、そんなモノに左右されないのだ。

「ほんっとさ、君ってば鼻が悪すぎない!?ってか、え?僕以外の、他のオメガの匂いも感じないの!?アルファでしょ!?」
「感じねぇな!思春期検査と入隊時検査と、ついでになぜか先月の健診結果が再検査になってまた検査させられたが、三回ともアルファだったぞ!」
「それ明らかにおかしいと思われてるからだよ!?」
「平気だ」

なぜか目の前の顔に「え、普通にめちゃくちゃ心配!」と書いてあるが、俺自身は気にしていない。困っていないので。

「えっ、いやいや、バース専門医のところに行った方が良くない!?たぶん病気だよ!?」
「だとしても困らん。飯の匂いは分かるからな」

信じられないものを見るように見上げてくる男に、俺は高らかに宣言した。

「俺は剣に身を捧げ、道を極めると決めているのだ!バース性などというものに惑わされている時間はないッ」
「……二十歳にもなって、十四歳みたいなこと言ってる」

悲しみを含んだ呆れ声を無視して、俺は次第に紅潮してきた顔から、礼儀正しく目を逸らす。発情自体はオメガの生理現象だ。どうとも思わん。

「……まぁ騎士の情けだ。そいつらはやる。代わりに金を出せ。同じモノを買ってくる。俺には明日履くパンツがいる」

赤い顔をして次第に苦しそうな様子を見せ始めたへの情けだ。そう譲歩すれば、盗んだ馬鹿はくしゃりと顔を歪めて呟いた。

「……君は、優しいのか、優しくないのか。分からないな」
「優しいだろ、間違いなく」

自慰のにされても文句も言わず、苦しい時期を乗り切るのに必要だと言うのならば、不承不承ながらも私物をくれてやると言うのだから。

「……そうかなぁ?」

嘘くさい軽薄な笑顔で日々「君に惚れているからね!」とか抜かしている馬鹿は、悄然と肩を落としながら銀貨を数える。

「はい、これ」
「おう、確かに。これだけくれるなら、全部返さなくていいぞ」
「多分一週間後には使えるものはないと思うから、元から返す気はない」
「返せないくらい汚す気かよ」

うわマジか、と思いつつも、俺は紳士なのでスルーする。俺の私物がこの一週間、どうやって使われるのかは、精神衛生上の都合から敢えて聞かないことにした。

「ったく、返す気がないなら最初から金払えよ。俺は片田舎の貧乏人なんだぞ。日用品を買い揃えるのも一苦労なんだからな」

ため息まじりに渡された数枚の銀貨を受け取り、俺はくるりと背を向けた。下位とはいえ貴族出身のこいつとは、相変わらず金銭感覚が合わない。

「じゃあ、またな」
「……ん、またね」

だいぶ苦しそうな呼吸になってきた男に、俺はなんとも言えない哀れさを覚える。自分で自分の体をコントロールできないやり切れなさは、多少は身に覚えがあるものだから。主に、こいつと剣で撃ち合っている時に、だが。

「俺と撃ち合えるのはお前だけなんだからな、待ってるぞ」
「……うん、また一週間後にね」

背中にかけられた約束に安堵しつつ、俺は部屋を出る。





自室に戻り、ほっと息を吐いた。

「……なんとか乗り切ったな」

発情期のたびにこのやりとりを繰り返している。その度に、いつもヒヤヒヤしていた。
いつか「アルファなんだから助けてくれ」と、「抱いてくれ」と言われるのではないかと。

今回も抱いてくれとは言われなくて、俺はホッとしていた。唯一の友とも言うべき好敵手。彼に本気で頼まれたら、きっも断ることなんか出来ないだろうから。

けれど、俺は抱きたくない。
そんな性別に強制されるに任せて、なし崩しにつまらない肉体関係になんかなりたくはないのだ。
あいつは俺にとって憧れであり、追いかけるべきライバルなのだから。

「なんでアイツがオメガなんだよ……はぁ、ったく、神様は分かってねぇよなぁ」

溜息と共に吐き出すのは神を恨む言葉だ。誰よりも強く、美しく雄々しい剣を振るう男がオメガであるという。
運命の悪戯というより、神の嫌がらせだと思わざるを得ない。

まぁ、剣の腕だけではなく、あいつは実家も子爵位ながらも歴史がある裕福な名家で、顔貌も隠し撮りが売られていてファンクラブがあるくらいの美形だ。
これくらいのペナルティは与えられていないといけないのかもしれない。

「ま、いいや。この一週間の間に、俺は鍛えまくってやる」

次に撃ち合う時には、さらなる高みに居てやろう。
これは神が凡才の俺に与えたハンデなのだろうから。




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