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しおりを挟む日に日に、僕らを引き離そうとする力が強くなってきた。
世間では、ユニット継続に対する反対活動がどんどんと加熱していく。
ゴシップ誌は面白おかしく僕らの過去をほじくり返し、僕らの知らない知人や友人が僕らについてありもしない証言をする。
ワイドショーではこれまで仲が良かったはずの人たちが、僕ら……いや、僕への嫌悪を口にする。
「もう収拾がつかない」
「いっそ、悠はしばらく表に出さない方がいいのではないか」
「瞬一人でも、十分仕事はできるだろう」
事態の対応に苛立ち、疲弊した内部からも、疲弊と諦観が漂い始める。
そして、いっそ瞬をソロで活動させた方が良いのではないかという意見まで出てきた。
そんな、ある日。
雑誌のインタビューと撮影のために訪れたスタジオ。
インタビューを先に済ませる瞬と別れ、一人控室に入った瞬間、おかしい、と思った。
「っ、は、ぁ……くるし」
急激に上昇した体温、荒くなる呼吸、腰の奥で生まれて暴れ始めた熱。
「こ、れ、ヒート……!」
ゾクリと背筋が寒くなり、危機感に襲われた僕は慌てて胸のポケットを漁った。
抑制剤を飲まなければ、と。
「手、が」
ガタガタと指先が震えて、薬がうまく取り出せない。
必死に押しだした薬は、どこかへ転がっていってしまった。
「ま、ずい……こんな、いやだっ」
ここは芸能界だ、いくらでもアルファがいる。
このままだと、オメガによるアルファのレイプを誘発してしまう、と。
誰か来て、いや、誰も来ないで。
相反することを願いながら、蹲っていた。
その時。
「あれ、悠くん。かわいい顔してどうしたの?」
ガチャリ、とノックもなく開いた扉。
躊躇う様子もなく入ってきたのは、馴染みの顔のスタイリストだ。
抜群のセンスと審美眼をもつ長身の美女で、業界でも屈指の人気を誇る。
明るくサバサバとした性格で、僕らとは相性が良く、良く雑談を交わしていた。
神の助けだ、と思った。
「池田さ、ん……助けて」
僕は彼女に手を伸ばした。
大丈夫だ。
彼女は、ベータのはず。
だって、これまで僕らは彼女にアルファの気配は感じなかった。
だから親しくしていられたのだから。
けれど。
「ふふ、助けて、か。ヒートのオメガに言われたら、しょうがないよねぇ」
『池田さ、ん……助けて』
『池田さ、ん……助けて』
『池田さ、ん……助けて』
「なっ、ちがっ、なんで!」
録音された僕の声が、何度も繰り返される。
池田が取り出したスマートフォンから聞こえてくるのは、発情したオメガの誘惑以外のなにものでもない。
「これで同意の上、になるのかな?少なくとも私は、罪には問われないわよね?」
「いけ、ださん……なぜ……」
僕は絶望的な気持ちで尋ねた。
爛々と輝く目と、明らかに速くなっている呼吸、そして、目の前の女性から放たれるフェロモンの濃さに、答えはほとんど出ていたけれども。
「いけださん、アルファだったの……?」
「ええ、気づかなかったでしょう?フェロモンが弱くて、出来損ないのアルファと呼ばれていたけれど、それでも私はアルファよ。……オメガを孕ませる、アルファなのよ」
迫ってくる体は、僕よりも細いけれど、僕より少しだけ背が高い。
華やかなメイクを施された端正な顔は発情に火照り、瞳孔の開いた目は理性を失ってギラついている。
ふー、ふー、と間近で吐かれる息が熱い。
「や、めて、池田さん」
両腕を押さえつけられて、僕は震えながら懇願した。
男には、とても注意していた。
でも、女性ならば腕力で負けることはないと、あまり警戒していなかったのだ。
僕は、なんて愚かだったのだろう。
思い上がりも甚だしい。
勘違いもいいところだ。
ヒートに侵された体は、ちっとも言うことを聞かない。
抵抗しようとしても、全く力が入らなかった。
理性と心以外の、僕の全てが、目の前のアルファのフェロモンに身を任せろと囁くのだ。
己の本能に、絶望した。
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