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私はカミーユ。ごく普通の貴族として生きてきました。
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私の名前はカミーユ。
王国でも屈指の名門と呼ばれる、建国以来の歴史あるユールセン伯爵家の第三子で、由緒ある王立学院の一年生だ。
ユールセンは文に秀で、代々王族の家庭教師を務め、史実を記すことを生業とする家柄だ。書を愛し、古今東西のありとあらゆる書物を蒐集することから、「書の精霊」とあだ名される。そしてその蔵書は、王立図書館や王宮の書庫を遥かに凌駕し、「王国の叡智」と呼ばれていた。
その家の嫡子である私も、我ながらそれなりに才色兼備な令嬢と名高く、わりと魔力も高かったので、過去には王太子妃候補に選ばれたことすらあった。
でもまぁ、所詮伯爵家の第三子。未来の王太子妃は、公爵家長女のアンナ様に決まったのだけれども。
さて。
我が家は歴史ある名家のわりに、比較的ニュートラルな思想と柔軟な価値観を持っている。
「己の目で見て、己の頭で考え、己の心で感じたことを信じよ」
そんな貴族にあるまじき教育方針の元、幼少期から王都の貴族街、平民街、貧民街、闇市場を連れ回されてきた。
箱庭で育った貴族のお子様には、わりと過酷な教育方針だったと思う。
何度も泣いたし、何度も吐いた。
隣国の成熟しすぎて腐敗しちゃったような文化の中で生きる肥え太った人達の醜さも、辺境の寒村で痩せ細り震える子供の哀れさも見てきた。
「あのフトッチョ貴族!あのヨロヨロのおじさんにに濡れ衣を着せたわ!」
「そのようだね」
「え、なんで捕らえられたの!?あのひと、悪くないじゃない!みんな分かってランじゃないの!?」
「そうだね、分かっているだろうね」
「あのおじさんは平民だもの、殺されてしまうわ!助けなきゃ!」
「無理だよ。よその国のことには口を出さない。国際問題になってしまうよ」
「でも!」
「戦になれば、もっと大勢の民が死ぬことになる。君はそれでいいのかい?」
「……っ」
「あの子、痩せ細って、枯れ木のようだわ」
「そうだね。ここに住む者たちは、みんなそうだ」
「そんな……可哀想。ごはんをあげましょう!」
「今日はそれでいいとして、明日はどうする?」
「あ、あしたも!」
「明後日は?それに、ここは我々の領地ではない。勝手なことをすれば大問題だ」
「でも……あの子達を、見捨てるの?助けないの?」
「ああいう子たちは、たくさんいるんだよ。私たちの目に見えないところに」
でも、何を思ったところで、子供だから何ができるわけでもない。
それがとても苦しくて、何度も泣き喚いて親を罵ったものだ。
両親は私の幼い泣き言を淡々と受け止め、そして静かに頭を撫でた。
「今感じたことを、決して忘れてはならないよ」
「私たちは所詮ひとつの領土を任された、一伯爵家の人間だ。出来ることには限りがある」
「でも、出来ることがないわけではないんだ」
「カミーユ、自分が大人になった時に何をすべきか、何をしたいか考えながら生きていきなさい」
「どうすればいいのかを。そして、そのためには、今、君が何をするべきなのか、を」
そう言われて育ってきた。
おかげでただの伯爵家の子にしては、たぶん無駄に情報網と伝手が広い。
十の年に、自分と同じくらいの子供達を救おうと決め、私は五年かけて貧民街の掌握し、子供達に教育を広めた。
そして同時に、貴族社会では情報が命取りにもなれば命を救うこともあると考え、社交にも力を入れた。
情報を制する者が、社交界を制するのだから。
でも。
「……私、コレを何に使おうって言うのかしらね」
時折ふと我に帰り、私は苦笑を噛み殺す。
王太子妃にならない私は、おそらく単なる貴族令嬢として、どこかの貴族の息子の元へ嫁ぐのだろう。その時にはきっと全て手放す必要がある。過剰な力は警戒される。手に入れた物を手放すことを惜しみ、己の力に溺れれば、必ず足元を掬われてしまうから。
まるで何かに追い立てられるように、己の地盤を固めようとする行為は、自分でも不思議だった。
ここまでして、いつか使うことがあるのだろうかと、自分でも首を傾げるほどに熱心だったのだ。
けれど、私はそうなるべくしてなったのだと、数年後に理解することになる。
それが私の、この世界での役目だったのだと。
さて。
王立学院には、銀の匙を咥えて生まれた生粋のエリート貴族の子息と、高位貴族とお近づきになりたい下級貴族の子息と、優秀さゆえに特待生枠で入学した未来の国の要である少数の平民達が通っている。
生まれも育ちも価値観も違うため、貴族派と庶民派は相容れないことが多く、時に対立すらしてしまう。
そんな学院内で、爵位は伯爵ではあるけれど、歴史の長さでは王家にすら引けを取らない私は、一目置かれている。
いつの時代も中立の立場を貫き、国のために在り国の真実を記すと言われるユールセンは、政争の只中にあっても権力とは距離を置いている。
そんなこともうまく働いたのだろう。
名家出身でありながらも一風変わった価値観で生きている私は、二つの派閥の間を取り持つ中立派として、そして常識と良識ある真っ当な貴族令嬢として、学生と教師から信用を得ていた。
さて、そんな私の役割は親友であるユリアの恋路を成功へと導くお助けキャラ、らしい。
……何を言っているのか分からないだろうが、私も分からない。
ユリアにそう言われたから、「そうなんだー」と思っただけだ。
王国でも屈指の名門と呼ばれる、建国以来の歴史あるユールセン伯爵家の第三子で、由緒ある王立学院の一年生だ。
ユールセンは文に秀で、代々王族の家庭教師を務め、史実を記すことを生業とする家柄だ。書を愛し、古今東西のありとあらゆる書物を蒐集することから、「書の精霊」とあだ名される。そしてその蔵書は、王立図書館や王宮の書庫を遥かに凌駕し、「王国の叡智」と呼ばれていた。
その家の嫡子である私も、我ながらそれなりに才色兼備な令嬢と名高く、わりと魔力も高かったので、過去には王太子妃候補に選ばれたことすらあった。
でもまぁ、所詮伯爵家の第三子。未来の王太子妃は、公爵家長女のアンナ様に決まったのだけれども。
さて。
我が家は歴史ある名家のわりに、比較的ニュートラルな思想と柔軟な価値観を持っている。
「己の目で見て、己の頭で考え、己の心で感じたことを信じよ」
そんな貴族にあるまじき教育方針の元、幼少期から王都の貴族街、平民街、貧民街、闇市場を連れ回されてきた。
箱庭で育った貴族のお子様には、わりと過酷な教育方針だったと思う。
何度も泣いたし、何度も吐いた。
隣国の成熟しすぎて腐敗しちゃったような文化の中で生きる肥え太った人達の醜さも、辺境の寒村で痩せ細り震える子供の哀れさも見てきた。
「あのフトッチョ貴族!あのヨロヨロのおじさんにに濡れ衣を着せたわ!」
「そのようだね」
「え、なんで捕らえられたの!?あのひと、悪くないじゃない!みんな分かってランじゃないの!?」
「そうだね、分かっているだろうね」
「あのおじさんは平民だもの、殺されてしまうわ!助けなきゃ!」
「無理だよ。よその国のことには口を出さない。国際問題になってしまうよ」
「でも!」
「戦になれば、もっと大勢の民が死ぬことになる。君はそれでいいのかい?」
「……っ」
「あの子、痩せ細って、枯れ木のようだわ」
「そうだね。ここに住む者たちは、みんなそうだ」
「そんな……可哀想。ごはんをあげましょう!」
「今日はそれでいいとして、明日はどうする?」
「あ、あしたも!」
「明後日は?それに、ここは我々の領地ではない。勝手なことをすれば大問題だ」
「でも……あの子達を、見捨てるの?助けないの?」
「ああいう子たちは、たくさんいるんだよ。私たちの目に見えないところに」
でも、何を思ったところで、子供だから何ができるわけでもない。
それがとても苦しくて、何度も泣き喚いて親を罵ったものだ。
両親は私の幼い泣き言を淡々と受け止め、そして静かに頭を撫でた。
「今感じたことを、決して忘れてはならないよ」
「私たちは所詮ひとつの領土を任された、一伯爵家の人間だ。出来ることには限りがある」
「でも、出来ることがないわけではないんだ」
「カミーユ、自分が大人になった時に何をすべきか、何をしたいか考えながら生きていきなさい」
「どうすればいいのかを。そして、そのためには、今、君が何をするべきなのか、を」
そう言われて育ってきた。
おかげでただの伯爵家の子にしては、たぶん無駄に情報網と伝手が広い。
十の年に、自分と同じくらいの子供達を救おうと決め、私は五年かけて貧民街の掌握し、子供達に教育を広めた。
そして同時に、貴族社会では情報が命取りにもなれば命を救うこともあると考え、社交にも力を入れた。
情報を制する者が、社交界を制するのだから。
でも。
「……私、コレを何に使おうって言うのかしらね」
時折ふと我に帰り、私は苦笑を噛み殺す。
王太子妃にならない私は、おそらく単なる貴族令嬢として、どこかの貴族の息子の元へ嫁ぐのだろう。その時にはきっと全て手放す必要がある。過剰な力は警戒される。手に入れた物を手放すことを惜しみ、己の力に溺れれば、必ず足元を掬われてしまうから。
まるで何かに追い立てられるように、己の地盤を固めようとする行為は、自分でも不思議だった。
ここまでして、いつか使うことがあるのだろうかと、自分でも首を傾げるほどに熱心だったのだ。
けれど、私はそうなるべくしてなったのだと、数年後に理解することになる。
それが私の、この世界での役目だったのだと。
さて。
王立学院には、銀の匙を咥えて生まれた生粋のエリート貴族の子息と、高位貴族とお近づきになりたい下級貴族の子息と、優秀さゆえに特待生枠で入学した未来の国の要である少数の平民達が通っている。
生まれも育ちも価値観も違うため、貴族派と庶民派は相容れないことが多く、時に対立すらしてしまう。
そんな学院内で、爵位は伯爵ではあるけれど、歴史の長さでは王家にすら引けを取らない私は、一目置かれている。
いつの時代も中立の立場を貫き、国のために在り国の真実を記すと言われるユールセンは、政争の只中にあっても権力とは距離を置いている。
そんなこともうまく働いたのだろう。
名家出身でありながらも一風変わった価値観で生きている私は、二つの派閥の間を取り持つ中立派として、そして常識と良識ある真っ当な貴族令嬢として、学生と教師から信用を得ていた。
さて、そんな私の役割は親友であるユリアの恋路を成功へと導くお助けキャラ、らしい。
……何を言っているのか分からないだろうが、私も分からない。
ユリアにそう言われたから、「そうなんだー」と思っただけだ。
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