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「でも……アンナが気の毒ですわ」

 いくつか深呼吸をしてから、私は冷静な貴族令嬢の仮面を取り戻して上品に囁いた。エリオットの未来計画は、あまりにも非情に思えたのだ。私に対してもアンナに対しても。

「彼女は納得できないと思いますわ」
「それならそれで、仕方ないだろう。私はあの子を手放す気はないが、あの子は子爵令嬢だからね、しかも妾腹だ。子供が出来ると厄介だから、僕は必ず完璧に避妊すると誓おう」
「ふざけた誓いは止めてくださいませ」
「大真面目さ」

 笑いながら言い返してくる男に、私は苛立ちながらパンと扇子を掌に叩きつけた。無作法にも程があるが、あまりに勝手な言い分にブチ切れていたのだから仕方ない。

「完全な避妊などありませんわ!万が一の時にどうなさるおつもりですか?」
「女子ならそのまま王女として使えるだろう。男子なら、まぁ、死産だな」
「……畜生にも劣る屑の所業ですわね」
「お褒めにあずかり光栄だよ」

 吐き捨てるように呟いた私に、エリオットは気分を害した様子もなく楽しげに言葉を返す。

「殿下は、アンナを、あ……愛している、のではないのですか?」

 初恋から連なる恋情を一途に捧げてきた相手に向かって、他の女への愛を問う。胸を切り裂く痛みに耐えながら返事を待てば、エリオットは愉快そうに私を見ていた。そして嗜虐的な愉悦に目を細めながら、口元を綻ばせる。

「愛しているとも。あの愚かとしか言えないほどに優しすぎる心根を!思考停止に近いほどの憐れみの心を!なんの役にも立たない、そして決して害にはならない、あの無力さとか弱さを!僕には癒しが必要だ。そして、君と僕だけでは、遠からず智と計略に溺れて自滅しかねない。愚かな人間のまっさらな視点というものが必要だ」
「……でん、か?」

 この男は本当に、私の愛した美しい王子なのだろうか。驚くほどに酷薄で、残虐な目をしているこの男は。冷酷な眼差しに捕らえられ、私はまるで魔物に魅入られた気分だ。息をすることも危うかった。

「そして僕は無論、君のことも愛しているよ」

 愕然としながら見つめていれば、再び愉快そうに目を眇められた。まるで気に入りの玩具を見つけた残酷な幼児のように、食うこともせず甚振るためのウサギを見つけた猟犬のように。

「君は、僕の知る誰よりも気高く、誰よりも強く、誰よりも美しい。まさしく国母たるにふさわしい最高の女人だ!」

 すっ、と手が差し出される。剣を振るうことに慣れた、硬い掌だ。私はその手を知っている。何度となく手に手を重ね、舞踏会でともに舞ったのだから。

「さぁ、僕の手を取ってくれ。この国を守り導く、僕の同志よ。いつか生まれる僕らの子が、この国の未来を続けていくのだ」

 私はまるで催眠術にでもかかったかのような心地で、差し出された手に己の手を重ねる。
 触れ合った瞬間に、ぐっと引き寄せられ、抱きしめられた。その逞しい腕に、香り立つほのかな汗に、すぐ近くにある麗しきかんばせに。私は魅了され、敗北を自覚した。この最低男の手から、結局私は離れたくなかったのだ、と。

「君は自ら選んだ。僕の隣に立つことを。ふふ、後悔はさせないよ」

 エリオットの満足げな微笑が目の前にあった。私を手に入れたことに満足して、エリオットはゆるりと目を細める。獲物を手に入れた美しい狼のように。

「……本当は、愛してなんかくださらないくせに」

 まるで小娘のような恨み言をポツリと呟けば、エリオットは愉快そうに喉の奥で笑う。

「僕は君のことも、ちゃんと愛しているんだがなぁ」
「信じられませんわ」

 拗ねてそっぽを向けば、大きな手に顎をとらえられて顔を戻される。この世で一番好きな顔から、至近距離に凝視され陶然としてしまう私に、エリオットは余裕ある声で囁いた。

「それでもいいさ。だが、安心したまえ。僕の子を産むのは、生涯君一人さ」

 厚くて熱い唇が、私の呼吸を止める。
 そして私は、そのまま狼に喰らい尽くされることが決まったのだ。
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