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いつか幸せを抱きしめて〜運命の番に捨てられたαと運命の番を亡くしたΩ〜

穏やかなプロポーズ

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雅哉が祐正との婚約を受けたと聞き、旭家は万歳三唱の大喜びだったそうだ。

「あそこまで喜ぶとは思いませんでした」

騙し討ちのような顔合わせの後。
帰宅した祐正は、そわそわしながら起きて待っていた父親と姉に「首尾はどうだ!?」と聞かれたらしい。
祐正に何を期待しているのか、という疑問と同時に、雅哉がどういう人間だと思われているのか、甚だ疑問である。
祐正に「いっそ色仕掛けを」と期待するのも許しがたいが、雅哉をそれで籠絡できると思われているというのも至極納得がいかない。

(私は旭家でどういった扱いを受けているんだ……)

二十代半ばの青年が、簡単に落とせる男と思われているのだとしたら業腹だ。
雅哉は自分を、ハニートラップなどという下世話な手段は通用しない人間だと信じているし、これまでそのような手に引っかかったことはないのだから。

祐正いわく、「雅哉様は人が良いから同情で押せばイケる、と思われているのだと思いますよ」とのことだが。
それはそれで、巨大グループの経営者としてはいかがなものだろうか。
雅哉は複雑な表情で黙り込むしかなかったのだった。



雅哉と祐正の交流は、穏やかに深まっていった。
時折久遠家をおとなっては、紅茶を一杯ほど飲んで帰っていく。
息子たちも、雅哉の再婚にはおおむね賛成だった。

「久遠家の妻が不在というのは、体裁が良いことではないでしょう」
「妙な野心や悪意がなく、家のことを任せられる方であれば、どなたであれ歓迎します」
「父上もまだお若いのですし、良いのではないでしょうか……男ばかりですから、妹など居ても嬉しゅうございますし」

再婚することをどう思うか訪ねた雅哉に、淡々と、もしくはお茶目に、息子たちは賛同した。
番を失った父親を気遣うようにかけられる息子たちからの言葉は、雅哉の胸に沁みた。
そして、良い子に育ってくれたものだ、と忙しさにかまけてあまり子供たちを構えなかった己を恥じた。

「ありがとう。……お前たちも、思うように生きなさい。お前たちはとても思慮深く、優しい。私は常にお前たちに賛同すると誓おう」

自分とさほど背の変わらない息子たちと握手を交わし、雅哉は幸福感を噛み締めた。



以前、雅哉は一日のほとんどを、去っていった運命の番に囚われて過ごしていた。
些細な言葉や音、見慣れた小物に彼を思い出し、胸が潰れるような苦痛と後悔に襲われ、歯を食いしばる。
奥歯が欠けることも多かった。
けれど、祐正と交流するようになってから、彼を思い出す時間は少しずつ減っていった。
今でもまだ思い出せば胸は苦しくなるが、痛む心臓をいっそ突き刺したい思うような激情は、徐々に薄れていた。



雅哉にとって祐正とのひとときは、心安らぐ時間だ。
子供とさほど歳の変わらない相手を、性愛の対象である番として見るのはなかなか難しかったが、柔らかな愛おしさを感じるようになっていた。
子供たちに対するものや、かつての妻に感じたものとは異なる、ただひたすらに穏やかな、相手の幸せを祈る感情だ。

雅哉にとって、祐正は哀れな若者だ。
彼は何一つ悪くないのに、ただ悪戯な神の気まぐれに幸福を奪われた運命の被害者だ。
せめて運命の番など知らなければ、ここまで不幸を感じずにいられたのだろうに。

祐正は雅哉とは違う。
己の手で運命を壊し、不幸を作り出してしまった雅哉とは違う。
彼には罪はないのだ。
だから、これから先の人生を、どうか幸せに暮らして欲しい。
その手助けを出来るのならば、悪いことではないと思われた。

うなじさえ噛まなければ、法律上の離縁だけならば、いくらでも可能なのだ。
アルファとオメガの婚姻は、基本的に番関係の契約がベースだ。
だから、離婚が困難だとされている。
番の解消は困難で、特にオメガ側にはあらゆる弊害がつきまとうからだ。
だがそれも、番になっていなければ問題ない。
法律上の夫婦として、同じ傷を持つ者同士、静かな日常を送るのだ。
祐正に愛する人間が出来た時に離してやればよい。
それまでは二人で傷を舐めあい、癒し合いながら、穏やかに暮らしていくのも悪くない。

祐正に、かつて妻に抱いたような激情や執着はない。
けれど、確かに大切なのだと、雅哉は感じていた。

(これが、情が移ったということなのかな)

静かな午後の日差しの下。
口数の少ない者同士でゆったりと言葉を交わしながら、雅哉は穏やかに微笑んだ。




ゆるやかな交流が半年ほど続き、そろそろ正式に結婚を考えなければならないだろうと思い始めた雅哉は、祐正に切り出した。

「祐正くんは、本当に私と結婚してもよろしいのですか?」

結婚したいのか、とは聞かなかった。
雅哉と、……運命の番であった東條の翁以外の男と結婚したいのか、というのは、あまりに心無い問いだと思ったのだ。
その問いに迷いなく頷けるほど、彼の傷は浅くないし、彼の中で東條の翁の存在は小さくない。
雅哉にとっても、前の妻に対するような、強迫観念にも似た強さで祐正との婚姻を望んでいるわけではない。
ただ、祐正となら穏やかな日々を送ることが出来そうだと感じ、彼が良いと言うのならば、共に暮らしたいと、そう考えているだけなのだ。
それが結婚相手に対して抱く感情として、一般的に正解なのかどうかはよく分からないままだ。

雅哉の問いかけに、ぱちくりと驚いた顔で瞬きをした祐正は、くしゃりと幼く表情を崩した。

「ふふふっ、今更なご質問ですね。……もちろん、よろしゅうございますよ。雅哉様さえよろしければ」
「私は、……祐正くんさえ良ければ」

互いに相手へ決定権を譲り合い、困った目を見合わせて、同時に破顔する。

「……では、結婚、致しましょうか」
「はい。よろしくお願い申し上げます」

すっと背筋を伸ばし、指を膝に揃えて、祐正は座ったまま美しい礼をする。
雅哉も同じように静かに頭を下げた。

こうして二人の再婚が決まった。
ひたすらに穏やかな、日常のひとつのようなプロポーズだった。



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