上 下
21 / 46
いつかアナタのモノにして~運命を信じないαに恋したΩの話~

少しずつ近づく距離

しおりを挟む

僕は毎日由貴さんへ手紙を書いた。
ほとんど日記のようなそれを、彼が読んでいるのか捨てているのか、僕は知らない。
けれど、どちらでも良いと思っていた。

僕が毎日由貴さんを思い、ラブレターを綴っているということが大切なのだ。
由貴さんに僕の恋が本物だと信じてもらうために。



そんな健気な努力を続けた年の暮れ。
母がふと僕に尋ねた。

「颯斗、あなたも由貴くんに年賀状書く?」
「え?」
「あなた、まだ一度もお返事もらえてないでしょう?」

唐突な提案に首を傾げる僕に、母はなんでもないことのように告げた。

「お手紙の返事は来ないかもしれないけど、年賀状は『お付き合い』だから。礼儀を重んじる久遠家のご子息なら、返してくれるかもしれないわよ?」
「うーん……」

僕としては、策を弄しすぎて由貴さんに嫌われたくはなかったから、おとなしく手紙を書くだけでも十分だと思われた。
けれど、そんな僕の心情を見抜いたかのように、ぴらぴらと年賀状専用の葉書を揺らしながら、母は愉快そうに笑った。

「由貴くんが書いた颯斗の名前、見てみたくない?」
「っ、見たい!僕も年賀状書く!」



果たして小細工は成功して、僕は由貴さんから年賀状のお返しを手に入れた。

「うふふっ、由貴さんのお返事……!」

年賀状にはいつものようにたくさんの愛の言葉とそして一つだけ、質問を載せていた。

『由貴さんはどんな子が好きですか』

年賀状に書かれた返事は、由貴らしい端正に整った楷書で一文。

『私は馬鹿は嫌いです』

その一文を何度も読み返し、「くぅううっ」と唸った僕は、感動に耐えかねて拳でベッドを叩いた。

「まったくもうっ、由貴さんてばツンデレなんだからっ」

まだデレられたことはなかったけれど、僕はそう確信して、雄叫びをあげながら悶えた。

「待っててね!僕、誰よりも賢くなるから!」

その後、手紙には一切返事をしてくれないくせに、毎年年賀状だけは律儀に元旦に届くようになった。
嬉しい反面、家族公開での質問が出来なくなり、僕が舌打ちしたのは内緒の話だ。



***



「あっ、見つけた!由貴さぁーん!」
「あぁもうっ、いつもいつも、君は声も動きもうるさいんですよ!」
「えへへー、久しぶりに会ったから嬉しくて」

犬なら千切れるほど尻尾を振っているだろうな、と思いながら、僕は由貴さんに飛びついた。
久遠家の花見の宴に招かれた両親に強請りに強請って、僕はついてきたのだ。

「やっぱり由貴さんは綺麗だから、桜が似合うね!」

さらさらの黒髪に、切れ長の二重、通った鼻筋、薄い唇。
桜が象徴する日本的な美と、由貴さんの硬質な美しさはとても相性が良い。

「由貴さん、桜の木の精みたい!」
「……はぁ。自分こそ、黙っていれば妖精みたいな綺麗な顔をしているくせに」

ぼそりと呟かれた言葉は、あまりにも僕に都合がよすぎて幻聴だと思った。

「え?ちょ、も、もう一回言って!」
「いえ、なにも言ってませんよ」
「うそだ!」

しれっと流そうとする由貴さんに、僕は教えて教えて、としつこく粘った。
どうしても口を開こうとしないので、僕が最終手段として地団駄を踏もうかと足を振り上げると、由貴さんがとうとう諦めた。

「まったくしつこい……だから、美の才能を持っているオメガに言われると複雑だ、っと言ったんですよ。君の方が桜は似合うでしょう。黙っていれば、ですけどね」
「んふふ」

由貴さんの悔しげな言いぶりに、どうやらぽろりと溢した本音だったらしい、と思って僕はすっかり機嫌が良くなる。

「由貴さん、黙っていたら、僕は綺麗?僕の顔は好み?」
「……君は黙っていないでしょう。だからその仮定は無意味です」

容姿については否定をしない由貴さんに、僕は「そっかぁ~」と呟き、俯いて顔のにやつきを隠した。
オメガの特徴とされる線の細さも、華奢な手足も、全体的に繊細すぎる作りの目鼻立ちも、由貴さんとは似ても似つかないから好きじゃなかったけれど、由貴さんが綺麗だと思ってくれるなら、悪くない。

「よし、僕、この顔と体に磨きをかけるから!期待しててね!あと由貴さんの好みも教えてくれると助かるな!なるべくそこを目指していくからね!」
「……君とマトモに会話しようと思うことが間違いなのだと、やっと気がつきました」

重たいため息をついて、由貴さんが僕を眺める。
その目に浮かぶのは呆れと諦めと、少しの苦笑。

「とりあえず静かにしていなさい」と言ってぽん、と頭に乗せられた手は温かくて、僕は嬉しくて仕方なくなった。

「ねぇ、由貴さんは頭の良い子が好きなんでしょ?僕、たぶん割と頭悪くはないよ?どう?お買い得だよ?」

桜の下を歩きながら、すれ違う人々に優雅に挨拶をしていく由貴さんの周りを、僕はくるくると回りながら語りかけた。
周りの大人達は、僕を見て微笑ましそうにクスクスと笑っている。
これはもしや、公認の関係、というやつじゃないだろうか。

「私は『馬鹿が嫌い』だと言ったのです。ある程度の知性がないと、会話すら成り立ちませんからね。君は頭の回転は速いけれど、突飛なことを言ってばかりで、会話が成立しません。だからアウトです」
「ちぇー」

唇を尖らせて不服を訴えれば、行儀が悪い、と叱られた。

「私は無礼な人とマナーの悪い人は好きませんよ」
「僕すごく礼儀正しくてお作法もちゃんとした人になるよ!」

由貴さんの言葉に、僕は彼の前に飛び出して、拳を握りしめて宣言した。
僕の猛アピールに一瞬戸惑った後、由貴さんはプイと他所を向いて歩き出す。

「……それは良いことです」
「うん!頑張るから、見ててね!」

由貴さんに好かれるため、僕はお行儀良くアプローチすることに決めた。



***



僕は由貴さんと、順調に距離を縮めていった。
毎日愛の手紙を書き、パーティーなどの機会には必ず出向く。
由貴さんが家の仕事を手伝うようになってからは、由貴さんのスケジュールを入手して、あちらこちらでに出逢うようにした。
その甲斐あって、しだいに僕は由貴さんと軽口を叩き合う程度には親しくなった。



十歳を過ぎた頃。
会えばすぐに飛びついて、纏わり付き続ける僕に、由貴さんは「もう大きくなったのだから、もう少し節度を持ちなさい」と叱った。

既に僕の身長は小柄な女性よりは大きく、周囲の目も『無邪気な幼い子供』を見るものではなくなってきていた。
『憧れのアルファを慕う幼いオメガ』ではなく、『将来有望なアルファに付き纏うはしたないオメガ』を見るような蔑みの目が、現れ始めていたのだ。

そして、ある日。

「君は良家の子息で、かつ自分の容姿がそれなりに美しく人目を引くということを、もう少し自覚すべきです」

道端で偶然出逢った由貴さんに、僕は喜びのあまり反射的に抱きついてしまった。
その結果、大いに周囲の注目と顰蹙を買い、通りがかりの厳格そうなお爺様に「最近の若者は人前で求愛をするのか!破廉恥にも程があるぞ!」とお叱りを受けたのだ。

「はい……面目ありません……」

そして今、僕は由貴さんに本気で叱られ、打ちひしがれている。
返す言葉もない、と僕は由貴さんの怒りが収まるまで、おとなしくお説教を聞いているつもりだった。
けれど。

「まったく、慎みのない……。オメガがあからさまな求愛行動をするなど恥じらいがないと思いませんか」
「なっ」

由貴さんの言葉が信じられなくて、僕は目を見開いて絶句した。

当然のように告げられた言葉の根にあるのは、『動物のように』発情期を有し、『本能的に好色』で『生物的にはしたない』オメガこそ、禁欲的に己を律し、慎み深くあらねばならない、という、上流階級の常識的価値観だ。

それは、笈川の家で育てられた僕には到底受け入れ難いもので、僕は初めて由貴さんに反発した。

「そんなのサベツです!性別で行動を変えるべきだなんておかしいよ!」
「颯斗、くん?」

顔を真っ赤にして主張する僕のあまりの勢いに、由貴さんは怒りも忘れてキョトンとしていた。
由貴さんにとっては、あまりにも当然の考えで、きっと僕が何に怒っているのか分からなかったのだろう。
戸惑ったように僕を見つめていた。
黒曜石のような瞳を睨むように見返しながら、僕は堂々と言い切った。

「さっきのお爺様が言っていたみたいに、人前で破廉恥なことするな、って話なら分かるよ。でも、オメガだからはしたないって、そんなの変でしょ!性別で常識や道徳やマナーが変わるなんておかしいよ!」

幼い子供の、闇雲な反論だ。
賢い由貴さんなら、言い負かすことことなど容易だっただろう。
けれど由貴さんは、口に手を当てて、考え込むように僕の言葉を聞いていた。

「僕はベータでもアルファでも、絶対由貴さんに全力で求愛するし、全力で抱きつくよ!オメガだからやめなさいなんて、絶対やだ!……だって大好きなんだもん!」
「……なるほど」

いっそ屁理屈のような僕の主張をきちんと聞き終わり、由貴さんは頷いた。
そして何度か目を瞬いた後に、「確かに、そうですね」と呟いて、恥ずかしげに視線を下げた。

「今のは失言でした。申し訳ありません。オメガであることは、あなたの行動を制約する理由にはなりません。…… TPOを弁えるべきだ、という苦言に留めましょう」

苦笑して肩をすくめながら、由貴さんは「本当に君は賢いですねぇ」と目を細める。
そして、どこか嬉しそうな顔でヨシヨシと頭を撫でてくれた。

「…… 自分で考え、判断するのは立派で、難しいことです。颯斗くんは偉いですね」

由貴さんは躊躇わずに間違いを認め、正面から子供の僕に向き合ってくれる。
そんなことが、たまらないほど嬉しくて。
僕は由貴さんを、ますます好きになった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

番犬αは決して噛まない。

切羽未依
BL
 血筋の良いΩが、つまらぬαに番われることのないように護衛するαたち。αでありながら、Ωに仕える彼らは「番犬」と呼ばれた。  自分を救ってくれたΩに従順に仕えるα。Ωの弟に翻弄されるαの兄。美しく聡明なΩと鋭い牙を隠したα。  全三話ですが、それぞれ一話で完結しているので、登場人物紹介と各一話だけ読んでいただいても、だいじょうぶです。

落ちこぼれβの恋の諦め方

めろめろす
BL
 αやΩへの劣等感により、幼少時からひたすら努力してきたβの男、山口尚幸。  努力の甲斐あって、一流商社に就職し、営業成績トップを走り続けていた。しかし、新入社員であり極上のαである瀬尾時宗に一目惚れしてしまう。  世話役に立候補し、彼をサポートしていたが、徐々に体調の悪さを感じる山口。成績も落ち、瀬尾からは「もうあの人から何も学ぶことはない」と言われる始末。  失恋から仕事も辞めてしまおうとするが引き止められたい結果、新設のデータベース部に異動することに。そこには美しいΩ三目海里がいた。彼は山口を嫌っているようで中々上手くいかなかったが、ある事件をきっかけに随分と懐いてきて…。  しかも、瀬尾も黙っていなくなった山口を探しているようで。見つけられた山口は瀬尾に捕まってしまい。  あれ?俺、βなはずなにのどうしてフェロモン感じるんだ…?  コンプレックスの固まりの男が、αとΩにデロデロに甘やかされて幸せになるお話です。  小説家になろうにも掲載。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

【完結】ブルームーンを君に(改稿版)

水樹風
BL
【約束のカクテルは『ブルームーン』】  祖父に売られるようにして、二十歳以上年上の藤堂財閥の当主・貴文の後妻となったオメガの悠(はるか)。  形だけの結婚も、実は悠にとって都合のいいものだった。  十年前、たった一度だけキスをしたアルファと交わした不確かな『約束』。  その『約束』をどこか諦めながらも胸に抱き、想い出のジャズバー【Sheets of Sounds】でピアノを弾き続ける悠。  そんな悠の隣には、執着にも近い献身で彼を支え続ける、ベータの執事・徳永がいた。  絡み合う過去とそれぞれの想い。  やがて、アメリカで仕事をしていた貴文の息子・恭一が帰国したことで、過去と今が交わり解けだす……。 ◇ この作品は、以前投稿していた同名作品を、一人称視点から三人称一元視点に改稿・加筆したもので、エピソードも若干異なります。

ハコ入りオメガの結婚

朝顔
BL
オメガの諒は、ひとり車に揺られてある男の元へ向かった。 大昔に家同士の間で交わされた結婚の約束があって、諒の代になって向こうから求婚の連絡がきた。 結婚に了承する意思を伝えるために、直接相手に会いに行くことになった。 この結婚は傾いていた会社にとって大きな利益になる話だった。 家のために諒は自分が結婚しなければと決めたが、それには大きな問題があった。 重い気持ちでいた諒の前に現れたのは、見たことがないほど美しい男だった。 冷遇されるどころか、事情を知っても温かく接してくれて、あるきっかけで二人の距離は近いものとなり……。 一途な美人攻め×ハコ入り美人受け オメガバースの設定をお借りして、独自要素を入れています。 洋風、和風でタイプの違う美人をイメージしています。 特に大きな事件はなく、二人の気持ちが近づいて、結ばれて幸せになる、という流れのお話です。 全十四話で完結しました。 番外編二話追加。 他サイトでも同時投稿しています。

【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話

十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。 ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。 失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。 蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。 初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。

もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(‪α‬)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。 まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。 水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。 そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。

処理中です...