いつか幸せを抱きしめて~運命の番に捨てられたαと運命の番を亡くしたΩ~

トウ子

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いつかアナタのモノにして~運命を信じないαに恋したΩの話~

運命との出会い

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出逢った時、一目で分かった。
彼が僕の運命だと。



***



その日は朝からラッキーだった。
朝ごはんは僕の卵だけ二黄卵だったし、やけに青く澄んだ空には虹がかかっていたし、目の前を綺麗な揚羽蝶が二羽仲良く並んで翔んでいた。
そんな世界から祝福されたような朝を迎えて、僕は確信に近い予感を抱いていた。

今日はきっと、何か僕の人生を変えるような、特別なことが起こるだろう、と。

そう、例えば。
運命の相手に出会うとか。






颯斗はやと、ご挨拶周りの間、ちゃんとおとなしくしているんだよ」
「はぁい、分かってるってば」
「こら、みっともなくキョロキョロしない!……はぁ、いつになく落ち着きがないな」

心配そうな顔の父に手を繋がれて、僕は大きなお屋敷の広間に入った。
連れて行かれたのは『偉い大人達』の集まるパーティーだ。
頭の上の方では、父が似たような格好のおじさんやお爺さん達に挨拶をしている。

「おや、笈川おいかわ様。可愛らしい方をお連れで」
「うちの長男の颯斗と申します。颯斗、旭様にご挨拶なさい」
「はいっ、笈川颯斗ともうします。初めまして、あさひさま」

元気よく名乗ってにこっと笑いかければ、たいていの大人たちは笑い返してくれた。
頭を撫でてくれる他人の手が、僕は好きだった。
その瞬間、世界に僕のことを好きな人が、一人増えるのだから。

「可愛らしい御子だ。笈川様も、長生きせねばなりませんなぁ」
「いやぁ、やんちゃ坊主で困っておりますよ」
「うちの孫娘がアルファでね。年の頃もちょうど良い。今度颯斗くんを連れて遊びに来てくださいな」
「これはありがとうございます。またいずれ、ぜひ」

人の良さそうなお爺さんの誘いを、父が嬉しそうに受けているのを上の空で聞き流しながら、僕はずっと、会場のどこかから感じる甘い気配に気を取られていた。
ドキドキと、心臓が妙に高鳴っている。

きっと、僕の『運命』はここにいる。
そう思った。



だから、彼を見つけた時。
僕は迷わずに駆け出したのだ。



「っ、見つけた!」
「へ?こ、こら颯斗!どこに行くんだ!」

人混みの中、頭半分飛び抜けた長身痩躯に、一際煌めくオーラを纏う男が目に飛び込んでくる。
急激に甘さを増した香りの発生源に向かって、僕はまだ短い足を全力で動かして駆け寄った。

「つかまえたっ」
「うわっ、な、んだい君は。どこのお家の子?」

近くの男の人と話をしていた彼は、突然自分の足にしがみついてきた小さな僕に目を丸くした。
けれど僕は興奮のあまり、彼の問いかけに答えることもできず、一息に言い放った。

「はじめまして、結婚して下さい!」
「……はぁ?」

唐突に告げた僕に、彼は一瞬の無言の後、思い切り怪訝そうに鼻白んだ。

「はっ、颯斗!?お前は何をっ。も、申し訳ありません、久遠くどう様」

足早に追いかけてきた父は僕の体を捕まえると、慌てて抱え上げる。

「誠に失礼いたしました」
「いえ、笈川様、幼い子供の言うことですから、お気になさらず」
「ありがとうございます」

丸い顔に汗の粒を浮かべながら謝罪する父に、彼は綺麗な笑みを浮かべて首を振る。
あっさりとなかったことにされそうな気配を察知して、慌てた僕は、目の前の『運命の相手』に向かって必死にアピールした。

「お兄さん、くどうさまって言うの?僕は笈川颯斗、七歳です!結婚してください!僕をくどうにしてください!」
「はははははははやとっ!お前はもう黙りなさい!!」

悲鳴のような声で僕を窘め、黙らせようとする父に穏やかに笑いかけ、彼はさらりと話を変えた。

「はっはっは、笈川様のところのご長男は面白いお子さんですね。お姉様の凛華りんか様はしっかり者でしたが」
「はい、跡取りの長女はしっかり者のアルファでしたが、この子は上の子と八つも離れた子で、私も妻も甘やかしてしまったためか、どうにも奔放な甘えっ子でして。失礼を致しました」
「親に甘えられるのは幸せな子供の証拠ですよ。可愛らしい子じゃないですか」

だらだらと汗を流す父に、彼は肩を竦めてにこやかに、けれど明らかに作り笑いと分かる表情で話しかけた。
彼が完全に僕を無視して、僕を抱いている父にのみ話しかけていることがとても悔しくて、腹が立った。
だから僕は、その綺麗な顔をこちらに向けたくて、大人達の会話に、大きな声でハキハキと割り込んだ。

「オススメ商品です!ぜひお持ち帰りして下さい!」
「……私に十歳下のお子様を持ち帰る趣味はありませんよ」

ピクリと眉を動かしてバッサリと切り捨てた彼に、僕はパァッと表情を明るくする。
思ったより全然年上じゃなかった。
イケる、お似合い夫婦になれる、これはもらった!

「あ、十歳しか違わないんですね!ぴったりの年の差です!結婚しましょう!」
「はやとぉおおおおお」

しつこく続くプロポーズに、父は夕食抜きを言い渡された時の僕みたいな顔をした。
つまり、今にも気絶しそうな顔だ。
僕を抱き上げている腕にはガチガチに力が入り、一歩間違えば絞め殺されそうなほどだ。

「……坊やの勇気と度胸に敬意を表して、一応訊ねましょう。なぜ、そんなに君は僕と結婚したいんですか?」

どうにも引く気のなさそうな僕にため息をつくと、彼は年端もいかない子供の戯言に付き合ってやるか、とでも言いたげな、大人じみた顔で僕を見下ろした。
けれど。

「僕があなたの運命の番だからです!」

僕が言い切った途端、彼の顔から表情が消えた。

「ははっ、か……馬鹿馬鹿しい」

それまでの社交的な振る舞いが嘘のように、彼はいっそ年相応なほど苛立ちをあらわにして吐き捨てる。
そして、あからさまな侮蔑を隠しもせず、真冬のような冷たい顔で僕を見下ろした。

「夢見がちなお子様はもう寝る時間です。お帰りになったらいかがですか?」
「はいっ!大きくなったら一緒に寝てくださいね!っむぐ」

けれど限りなく前向きは僕は、満面の笑みのまま言い切った。
真っ白な顔をした父に口を押さえられながら、僕はキラキラの眼差しのまま、情熱を込めて目の前の彼を見上げていた。
へこたれる様子のない僕に、彼は冷たい目でにっこりと笑った。

「……笈川様の教育は随分ご立派なようで。尊敬申し上げます」

氷点下の眼差しで僕たち親子を見下ろす十歳上の運命に、僕は立ち向かうことを決めたのだ。


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