いつか幸せを抱きしめて~運命の番に捨てられたαと運命の番を亡くしたΩ~

トウ子

文字の大きさ
上 下
18 / 46
いつかアナタのモノにして~運命を信じないαに恋したΩの話~

運命との出会い

しおりを挟む



出逢った時、一目で分かった。
彼が僕の運命だと。



***



その日は朝からラッキーだった。
朝ごはんは僕の卵だけ二黄卵だったし、やけに青く澄んだ空には虹がかかっていたし、目の前を綺麗な揚羽蝶が二羽仲良く並んで翔んでいた。
そんな世界から祝福されたような朝を迎えて、僕は確信に近い予感を抱いていた。

今日はきっと、何か僕の人生を変えるような、特別なことが起こるだろう、と。

そう、例えば。
運命の相手に出会うとか。






颯斗はやと、ご挨拶周りの間、ちゃんとおとなしくしているんだよ」
「はぁい、分かってるってば」
「こら、みっともなくキョロキョロしない!……はぁ、いつになく落ち着きがないな」

心配そうな顔の父に手を繋がれて、僕は大きなお屋敷の広間に入った。
連れて行かれたのは『偉い大人達』の集まるパーティーだ。
頭の上の方では、父が似たような格好のおじさんやお爺さん達に挨拶をしている。

「おや、笈川おいかわ様。可愛らしい方をお連れで」
「うちの長男の颯斗と申します。颯斗、旭様にご挨拶なさい」
「はいっ、笈川颯斗ともうします。初めまして、あさひさま」

元気よく名乗ってにこっと笑いかければ、たいていの大人たちは笑い返してくれた。
頭を撫でてくれる他人の手が、僕は好きだった。
その瞬間、世界に僕のことを好きな人が、一人増えるのだから。

「可愛らしい御子だ。笈川様も、長生きせねばなりませんなぁ」
「いやぁ、やんちゃ坊主で困っておりますよ」
「うちの孫娘がアルファでね。年の頃もちょうど良い。今度颯斗くんを連れて遊びに来てくださいな」
「これはありがとうございます。またいずれ、ぜひ」

人の良さそうなお爺さんの誘いを、父が嬉しそうに受けているのを上の空で聞き流しながら、僕はずっと、会場のどこかから感じる甘い気配に気を取られていた。
ドキドキと、心臓が妙に高鳴っている。

きっと、僕の『運命』はここにいる。
そう思った。



だから、彼を見つけた時。
僕は迷わずに駆け出したのだ。



「っ、見つけた!」
「へ?こ、こら颯斗!どこに行くんだ!」

人混みの中、頭半分飛び抜けた長身痩躯に、一際煌めくオーラを纏う男が目に飛び込んでくる。
急激に甘さを増した香りの発生源に向かって、僕はまだ短い足を全力で動かして駆け寄った。

「つかまえたっ」
「うわっ、な、んだい君は。どこのお家の子?」

近くの男の人と話をしていた彼は、突然自分の足にしがみついてきた小さな僕に目を丸くした。
けれど僕は興奮のあまり、彼の問いかけに答えることもできず、一息に言い放った。

「はじめまして、結婚して下さい!」
「……はぁ?」

唐突に告げた僕に、彼は一瞬の無言の後、思い切り怪訝そうに鼻白んだ。

「はっ、颯斗!?お前は何をっ。も、申し訳ありません、久遠くどう様」

足早に追いかけてきた父は僕の体を捕まえると、慌てて抱え上げる。

「誠に失礼いたしました」
「いえ、笈川様、幼い子供の言うことですから、お気になさらず」
「ありがとうございます」

丸い顔に汗の粒を浮かべながら謝罪する父に、彼は綺麗な笑みを浮かべて首を振る。
あっさりとなかったことにされそうな気配を察知して、慌てた僕は、目の前の『運命の相手』に向かって必死にアピールした。

「お兄さん、くどうさまって言うの?僕は笈川颯斗、七歳です!結婚してください!僕をくどうにしてください!」
「はははははははやとっ!お前はもう黙りなさい!!」

悲鳴のような声で僕を窘め、黙らせようとする父に穏やかに笑いかけ、彼はさらりと話を変えた。

「はっはっは、笈川様のところのご長男は面白いお子さんですね。お姉様の凛華りんか様はしっかり者でしたが」
「はい、跡取りの長女はしっかり者のアルファでしたが、この子は上の子と八つも離れた子で、私も妻も甘やかしてしまったためか、どうにも奔放な甘えっ子でして。失礼を致しました」
「親に甘えられるのは幸せな子供の証拠ですよ。可愛らしい子じゃないですか」

だらだらと汗を流す父に、彼は肩を竦めてにこやかに、けれど明らかに作り笑いと分かる表情で話しかけた。
彼が完全に僕を無視して、僕を抱いている父にのみ話しかけていることがとても悔しくて、腹が立った。
だから僕は、その綺麗な顔をこちらに向けたくて、大人達の会話に、大きな声でハキハキと割り込んだ。

「オススメ商品です!ぜひお持ち帰りして下さい!」
「……私に十歳下のお子様を持ち帰る趣味はありませんよ」

ピクリと眉を動かしてバッサリと切り捨てた彼に、僕はパァッと表情を明るくする。
思ったより全然年上じゃなかった。
イケる、お似合い夫婦になれる、これはもらった!

「あ、十歳しか違わないんですね!ぴったりの年の差です!結婚しましょう!」
「はやとぉおおおおお」

しつこく続くプロポーズに、父は夕食抜きを言い渡された時の僕みたいな顔をした。
つまり、今にも気絶しそうな顔だ。
僕を抱き上げている腕にはガチガチに力が入り、一歩間違えば絞め殺されそうなほどだ。

「……坊やの勇気と度胸に敬意を表して、一応訊ねましょう。なぜ、そんなに君は僕と結婚したいんですか?」

どうにも引く気のなさそうな僕にため息をつくと、彼は年端もいかない子供の戯言に付き合ってやるか、とでも言いたげな、大人じみた顔で僕を見下ろした。
けれど。

「僕があなたの運命の番だからです!」

僕が言い切った途端、彼の顔から表情が消えた。

「ははっ、か……馬鹿馬鹿しい」

それまでの社交的な振る舞いが嘘のように、彼はいっそ年相応なほど苛立ちをあらわにして吐き捨てる。
そして、あからさまな侮蔑を隠しもせず、真冬のような冷たい顔で僕を見下ろした。

「夢見がちなお子様はもう寝る時間です。お帰りになったらいかがですか?」
「はいっ!大きくなったら一緒に寝てくださいね!っむぐ」

けれど限りなく前向きは僕は、満面の笑みのまま言い切った。
真っ白な顔をした父に口を押さえられながら、僕はキラキラの眼差しのまま、情熱を込めて目の前の彼を見上げていた。
へこたれる様子のない僕に、彼は冷たい目でにっこりと笑った。

「……笈川様の教育は随分ご立派なようで。尊敬申し上げます」

氷点下の眼差しで僕たち親子を見下ろす十歳上の運命に、僕は立ち向かうことを決めたのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

運命の番は姉の婚約者

riiko
BL
オメガの爽はある日偶然、運命のアルファを見つけてしまった。 しかし彼は姉の婚約者だったことがわかり、運命に自分の存在を知られる前に、運命を諦める決意をする。 結婚式で彼と対面したら、大好きな姉を前にその場で「運命の男」に発情する未来しか見えない。婚約者に「運命の番」がいることを知らずに、ベータの姉にはただ幸せな花嫁になってもらいたい。 運命と出会っても発情しない方法を探る中、ある男に出会い、策略の中に翻弄されていく爽。最後にはいったい…どんな結末が。 姉の幸せを願うがために取る対処法は、様々な人を巻き込みながらも運命と対峙して、無事に幸せを掴むまでのそんなお話です。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけますのでご注意くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう
BL
▲ オメガバース の設定をお借りしている & おそらく勝手に付け足したかもしれない設定もあるかも 設定書くの難しすぎたのでオメガバース知ってる方は1話目は流し読み推奨です▲ 捨てられたΩの末路は悲惨だ。 Ωはαに捨てられないように必死に生きなきゃいけない。 僕が結婚する相手には好きな人がいる。僕のことが気に食わない彼を、それでも僕は愛してる。 いつか捨てられるその日が来るまでは、そばに居てもいいですか。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

番犬αは決して噛まない。

切羽未依
BL
 血筋の良いΩが、つまらぬαに番われることのないように護衛するαたち。αでありながら、Ωに仕える彼らは「番犬」と呼ばれた。  自分を救ってくれたΩに従順に仕えるα。Ωの弟に翻弄されるαの兄。美しく聡明なΩと鋭い牙を隠したα。  全三話ですが、それぞれ一話で完結しているので、登場人物紹介と各一話だけ読んでいただいても、だいじょうぶです。

処理中です...