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ルシウスは名案を思いついた。1

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シュッ、シュッ、シュッ

うららかな春の日差しの中。
孤児院の畑の隅の木陰では、小刀が木を削る音がかすかに聞こえていた。
そこへ。

「ネローーーーっ!」
「っ、うわぁッ!飛びつくな馬鹿!危ないだろ!」

ネロが小刀から手を離した瞬間を狙い澄ましたように、ルシウスが飛びついてきた。
ヒヤリとしながら慌てて小刀を片付けたネロが、眉を顰めて叱りつけるが、ルシウスは気にせずポケットから奇妙な色合いの物体を取り出した。

「はいっ、今日のプレゼント!南から入ってきた謎の果物!」
「気色悪りぃモン出すな!なんだその色!」
「ちょっとグロテスクだけど、おいしいから!」
「う、わ、なんか臭っ、臭い!やめろ!」
「高級品なのにぃ!」

唇を尖らせながらも、ルシウスは手を引っ込める。
皮を剥くために内ポケットから取り出した果物ナイフも、そのまましまった。
今回のプレゼントは、ネロのお気に召さなかったようだ。
嫌がるものを贈っても仕方ないと諦めて、ルシウスはネロの隣に腰掛けた。

「いい日差しだねぇ」
「何呑気な顔してんだよ!お前から変な匂いするんだよ!さっきの気色悪い果物どっか置いてこい!」
「えー」

鼻を押さえて顔を顰めるネロに、ルシウスは頬を膨らませながらも、少し離れた木の下に向かった。
ポケットから取り出した袋に果物を入れて口を結び、そっと地面に置いた。
もしかしたら蟻に食われてしまうかもしれないが、それよりもネロとの心地良い時間が大切だ。

「まったくもう、珍しい果物なのに、食わず嫌いだなぁ」
「……おい、アレ、そんなに高級品なのか?お前、店の商品をそんなにポンポン持ち出して怒られねぇのか?」

珍しく食い下がるルシウスに、ネロは眉を寄せて考え込み、そして恐る恐る尋ねた。

「ん?商品というか、うん、まぁ、これは僕のおやつだから平気だよ」
「ほほぉ、金持ちの家は違うなぁ」

ネロは感心したような顔でため息をついた。
ルシウスがから持って来ていると思っているのだ。
まさかルシウスが、いつも帝都で一番有名な青果店で、ネロへのお土産を購入して来ているとは思うはずもない。



平民の格好で街に降りている時のルシウスは、一応がある。

帝都で五番目に大きい商会の会長の息子、という設定だ。
会長は驚くほど子沢山で、正妻の子が十人、妾腹の子が二十六人いるという。噂では、正式に認知していない子も含めると、もっと多いらしい。
若い女に目がない好色家だが、商売のうまい剛毅な男で、アノルウス公爵家とも縁が深い。
正妻の長男、つまり次期商会長は、ルシウスの乳母の娘の嫁ぎ先でもある。
そのため、ルシウスの「勉強」および「街遊び」に協力してくれているのだ。





「ねぇ、ネロ、来月には十二歳でしょ?どこへ奉公に行くか決まった?」
再び小刀を取り出して木を削り始めたネロに、ルシウスは何気ない様子で尋ねた。
視線は、ネロの手元に釘付けだ。
いつもながら迷いのない手つきは、まるで木の中に埋まっているモノを掘り出しているかのようだ。

「あぁ、彫刻とか、陶磁器とか、あと宝飾品の金具とか、色んなモンを扱ってるでっかい工房に下働きとして、住み込みで雇ってもらえることになったよ。めちゃくちゃ有名なところだぜ?やっぱ孤児院の院長センセの口利きって大きいんだな、ビックリしたよ」
「ふふ、それはよかった!」

ネロを、アノルウス公爵家に所縁のある工房に斡旋するよう、密かに院長に働きかけていたルシウスはにんまりと笑った。

「僕、ネロの作る作品、とっても素敵だと思ってたもの。前にもらった獅子の彫刻も、まるで生きているみたいだったし。立派な職人さんになってね!」
「えぇー?小刀使って作ってたアレのこと言ってんのか?」

いつもののお礼にと、ネロが作ってくれた木彫りの獅子は、ルシウスの寝室の一番目立つところに置いてある。
生気漲る顔つきの、今にも動き出しそうな躍動感のある獅子だ。
家族や使用人には、邪気を祓うお守りだ、と嘯いて、大切に飾っている。
なにせ人生で初めてもらった、友達がくれてプレゼント、だ。

「あんなんオモチャだろ。一流になるには、目を肥してないとダメなんだってさ。浮浪児出身の俺なんかには、土台無理な話さ」

肩を竦め、斜に構えて笑ってみせるネロだが、かつてとは違い、その声に諦めの色は濃くない。
未来への希望を抱いているのだ。

「なんにせよ、手に職つけておいて悪いことはないからな」
「ふふ、本当は、物を作るの好きなくせに」
「へへっ、まぁな!」

珍しくルシウスの言葉に素直な返事を返して、ネロはニコリと無邪気に笑う。
そしてルシウスの目を真っ直ぐ見て、口を開いた。

「二年前、孤児院に連れてきてくれてありがとうな、ルシウス」
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