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「俺らはこういうモン食って生きてんだ、黙ってろ!」
「でも、腐りかけの、生肉なんて……」
「うるせーよ」

威嚇するような怒声にわずかばかりたじろぎながらも、ルシウスは言葉を重ねようとした。
けれど少年は鬱陶しそうにルシウスを遮る。

「いつもイイモンばっかり食ってる、あんたみたいなお坊ちゃんなら、そうかもしんねぇけどな?泥とゴミの中で生きてる俺らはそんなヤワな腹してねぇんだよ」

うんざりとため息をついて、少年は再びルシウスに背を向ける。
もう話すことはないと言わんばかりの態度に、ルシウスはずきりと胸が痛んだ。
ルシウスなど、会話をする価値がないと宣言されたように感じたのだ。
もう一度こちらに振り向いて欲しくて、ルシウスは諦め悪く、同じような台詞を繰り返した。

「でも、お腹が悪くなってしまうよ……それに、ゴミ箱から、なんて……」
「意地汚い犬みたい、ってか?そんなもんだよ」
「犬って……君は、人間じゃないか」

卑下する意図すらなく、単なる事実のように少年が口にした言葉に、ルシウスは傷ついて唇を噛む。
国で最も栄えた帝都にすら、残飯を漁り飢えたのように暮らす臣民がいるということに。
これは貴族の怠慢だ、と感じたルシウスは、ひどく落ち込んだ。

「はぁー、食うのに困ったことのねぇ奴にはピンとこねぇのかもしれねーけどな、人間ってのは食わなきゃ死ぬんだ。黙ってろ。ヒトのことなんか放っとけよ」
「っ、だって……」

振り返り、ルシウスが悲しげな顔をしていることに気づいた少年は、舌打ちを一つして「ったく、めんどくせぇ坊ちゃんに捕まったぜ」と呟いた。
心底面倒臭そうな顔で、少年はゴミを漁りながらルシウスと会話を続ける。
物分かりの悪いルシウスが諦めるまで付き合うことにしたのだろう。

「なんであんたが泣きそうなんだよ」
「だって、なんだか申し訳ないし、恥ずかしくて。ごめんね」
「別にあんたが申し訳なく思う必要はねぇだろ。俺が浮浪児なのは、お前のせいじゃねぇし。ま、今現在、すげぇ邪魔ではあるけどな」

なぜか慰められるような形になり、ルシウスはますます恥ずかしさで居た堪れなくなる。
グッとジャケットの裾を握りしめると、拳大の塊の感触があり、ルシウスはポケットの中に入っていたものを思い出した。

「あ」

取り出したの、張りのある橙色の皮に包まれた、瑞々しい果実だ。
明るい表情になったルシウスは、弾かれたように少年に駆け寄った。

「あの!……オレンジ、食べない?さっき買ったんだ」
「は?今の流れで、なんでそうなるんだよ」

しばらく無言だったと思ったら、急に近づいてきて、オレンジを差し出したルシウスに、少年はいっそ気味が悪いと言いたげに顔を歪める。
けれどルシウスは気にせず、笑顔を浮かべて告げた。

「君に食べて欲しいんだ!」






(なに、こいつ)

おかしな奴に捕まってしまった、と少年は心の底から思った。
そもそも、小綺麗な格好をした裕福な坊ちゃんが、汚らしい浮浪児に近づこうとするの自体、おかしいのだ。
その証拠に、ルシウスが駆け出した瞬間、お付きの青年は、ギョッと顔をこわばらせていた。

「……ほんと、何なの、あんた」
「僕、ルシウスだよ。ただのルシウス。何も出来なくて、ごめんね」
「何がごめんなんだよ」

落ち込んでいる様子で謝罪を重ねるルシウスに、少年は面食らったまま、まじまじと見つめる。
綺麗な顔に、手入れの行き届いた髪と肌、アイロンのかけられた上等の服。

(変なやつ)

少年は心の中で呟いて、ルシウスをまじまじと観察した。
の感覚では、奇妙極まりないルシウスの行動に、少年はペースを崩されて困惑するしかなかった。

(意味わかんねぇ……けど、ちょっと面白いな)

思わず、くすりと笑みが溢れそうなる。
戸惑い混じりに唇を綻ばせる表情は、これまで見せてきたものと比べて、随分と年相応の子供の顔だった。

「今持ってるの、これだけだし。よかったら、食べて」
「……くれるってんなら、ありがたく貰うけどよぉ」

ルシウスが押し付けるオレンジを、少年は戸惑いつつも受け取った。
そして、思い切りくしゃりと顔を歪める。

「ははっ、あんた、変わりもんのお坊っちゃんだな」

肩をすくめながら告げ、その場でオレンジの皮を剥いてかぶりついた。
誰かに奪われる前に腹の中に入れるのが、浮浪児たちの生きる知恵だ。

「お、うめぇじゃん。高いオレンジだな」

ニカっと鮮やかに笑って、少年はルシウスにオレンジを持つ手をあげた。

「ありがとよ!あんた、身ぐるみ剥がれないうちに帰りなよ。まぁ、そっちのお兄さんがそこそこ強いんだろうけど、このへん治安わりぃからさ」

心ばかりの助言を口にすると、少年は話は終わりだと背を向けて、裏路地に足を進める。
もう会うこともないだろうけど、面白い奴だったな、などと心の中で思って。

まさか、暫く呆然と、……いやと少年の笑みに見惚れていたルシウスが、目を輝かせて裏路地を駆け抜けてくるなどとは、思いもしないで。



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