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ルシウスは運命と出逢った。1

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「君、そんなもの食べたらお腹を壊すよ?」

路地裏で生ゴミを漁っている少年を見つけ、ルシウスは思わず声をかけた。
自分と同じくらいの背丈の子供が、腐った生肉の切れ端を拾って食べようとしていたからだ。
腹を下してからでは遅いと忠告したが、少年は一瞬手を止めたものの、振り返りもせず、ルシウスの声を無視した。

(……聞こえていないのかな?)

耳が悪いのかもしれないと、もう一歩近づき、少し大きな声で話し掛けた。

「体に悪いから、食べない方がいいよ!」
「……チッ」

明らかな舌打ち。
敢えて無視しているらしい少年に、ルシウスは眉を顰めた。

(聴こえているのならば、返事くらいすればいいのに)

別に、謁見の場のように、平伏して話せというつもりはない。
平民の格好をしているルシウスを、貴族として敬わないからといって機嫌を損ねるつもりもない。
今のルシウスを見て、名門貴族の嫡子だと見抜くのはほとんど不可能だ。
誰もがルシウスを「ちょっと裕福な家の平民の子」だと思って対応するだろうし、そのようにして人々の実際の暮らしぶりを知ることが、ルシウスの目的でもある。
貴族として暮らしているだけでは見えないものを見るための、城下視察なのだから。

市場、料理屋、教会、学校、孤児院。
父親とともに視察に向かったことのある場所もあったが、「平民の少年」として訪れると違った印象を受けた。
何より人々の対応がまるで違うのだ。
気軽に話しかけてくる店主、注文を増やせと絡んでくる店員、ありふれた内容を自慢げに説教する若い神父、面倒くさそうに授業をする高圧的な教師、少額の寄付金でも目を輝かせて捧げ持つ孤児院長。

公爵家令息のルシウスの前で取り繕われていた素顔が晒け出され、ルシウスはこれまで経験のないような粗雑な、あるいは軽んじた対応をされた。
けれどルシウスが腹を立てることはなかった。
ただ「面白い」と思った。
ルシウスにとって平民達から受ける対応の全てが新鮮で、興味深く、愉快だったのだ。

けれど、身分など関係なく、少年の態度はよろしくないと感じられた。
彼は、声をかけた相手を振り返ることすらしていない。
それは非常に礼儀知らずな行動だと感じたのだ。
反論するならともかく、完全な無視、なのだから。

(なんて失礼なんだろう)

自分は心配して、教えてあげようとしているのに。
善意からの言葉を無視する少年に焦れて、ルシウスは悲しみと苛立ちを覚えた。

「……ねぇ、きみ」

けれど、更に言葉を重ねようを口を開いた時、ルシウスはそっと肩を叩かれた。

「……ルシウス様」

無言で横に控えていたノーメンが、ルシウスを嗜めるように名を呼んだ。
明らかに浮浪児とわかる風体の子供に、これ以上公爵家の大事な嫡男を近づけたくはなかったのだろう。
逆上した浮浪児が何をするか分からない。
ノーメンからすれば簡単に押さえ込める相手ではあったが、騒ぎを起こすのは避けた方が良いのだから。

「あの少年は、聞こえていないようです。もう行きましょう」
「でも、あんなお肉食べたら、絶対お腹を壊してしまうよ」
「ですが……」

眉を顰めて訴えるルシウスに、ノーメンは困ったように口籠もる。
ルシウスの言葉が純白の正義感から発されているものだからこそ、対応に悩んだ。
けれど、ノーメンがルシウスを説得するために口を開くよりも先に、うんざりした怒り混じりの声が投げ返された。

「けっ、うるっせぇな!」

振り向いた少年は、ルシウスと同じくらいの年齢と思われた。けれどその瞳は幼さを感じさせず、爛々と輝いて苛烈な光を浮かべている。

「善人面してうざってぇんだよ!」
「善人面なんて……」
「してるだろーがよ!……無視してやってるうちに、とっととどっかに消えやがれ!」

初めて浴びたむき出しの敵意。
それは、心臓を鷲掴みにされたような衝撃だった。

ルドルフの心を撃ち抜いたのは、まるで凶暴な野良猫のような少年だった。
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