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それは一輪の花のように

『よかった』

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「羽汰、私のスキルについて説明する。この状況だ。一度しか言えないからよーく聞いとけよ!」


 アリアさんは魔王の攻撃を避けながら叫ぶ。僕はそれに耳を傾けながら、静かにうなずいた。


「私のスキル、『起死回生』は、全てのものを救う力だ。全ての病を治し、全ての傷を癒し、全ての人を、国を、世界を救う力……。発動中に呪文を発動させれば威力は何倍にもなるし、もしかしたら、それ以上のことも出来るかもしれない」

「…………」

「代償はある。一度この力を使えば、10年は一切の魔法を使えなくなる。発動時間は24時間が限界だ」

「十年……」


 決して、短くない年数だ。魔法が使えなくなる。元々魔法があって当たり前の世界で魔法が使えなくなるということが、どれだけのことか、考えるのは簡単だ。
 それでも、おそらくは躊躇いなくその力をアリアさんは発動させた。ならば答えなくては。


「どれだけ傷を負っても私が癒す。どんな闇が襲っても、私が先を照らす。だから、その剣を振るい続けろ。それが今できる、最大限のことだ」

「……もし、」

「もしものことは考えるな! 考えている間に、相手はこちらを叩きのめすぞ」


 ……それもそうだ。
 剣を握り直し、大きく振るった。光が放たれ、魔王へ向かう。簡単に防がれる。


「奥の手を使ったとて、こんなものか。マルティネス、勇者、聞いて呆れる。こんなもので私を倒そうなど、100年あろうと無理だろうな」

「羽汰、離れろ」


 アリアさんの言葉を聞いて、僕はその場から一瞬距離をとる。


「……全ての闇を光へ、全てを天へ還せ。ジャッジメント!」


 真っ白な光が当たりを照らす。そして、辺り一帯を包み込んだ。……白い空間に、僕らだけ取り残されたみたいだ。
 真っ白い空、そこを、雷のような何かが轟いた。かと思うと、一点、魔王にそれは集中し、一気に降り注ぐ。


「ダークネスエクステンド!」


 魔王が闇を手から生み出し、それを打ち消そうとする。しかし、段々とそれは光へ飲まれていく。……元々強力なジャッジメント、起死回生の力で、どれだけの物になったのか。


「羽汰! 今なら行ける!」


 アリアさんの声。……強くて、優しい声だ。


「陰陽進退!」


 剣を振るい、迫る闇を切り裂いていく。……怖くは無い。なぜか、今は。


「お前だって……その想いはあるはずだ!」


 剣の切っ先を逃れた闇が僕を包む。一瞬剣を手放しそうになったが、何とか握りしめた。


「生きたいと思う気持ち、自己防衛の勇気、自分のために振るう力、それがないとは言わせないぞ。その想いに忠実になれ、その想いで、自己犠牲を呑み込め!」


 ……何も自己犠牲が、いいこととは思っていない。自己犠牲は……自己犠牲の勇気は、自分だけじゃなくて、他の人の思いも犠牲にすることがある。もう一度死んで、僕は痛いほど分かった。
 ある意味ではそれは身勝手で、望まれていないことで、独りよがり。ただのエゴ。
 それでも、僕がいいと言ってくれる人がいるから……僕は、僕らは、死ぬ訳にはいかない。


「…………僕だって、生きたい」


 一瞬、闇の勢いが増した。


「でもそれ以上に……アリアさんを、みんなを、生かしたい。僕を望んでくれた、僕の生を望んでくれた、みんなを生かしたい!」


 その闇は、聖剣が放つ光に飲み込まれ、消えていった。
 魔王の表情が変わる。僕は足を進めた。あと、少しで届く。あともう少し、もう少し……。


「なら……っ、こいつを先に殺せば!」


 魔王の手はアリアさんに伸びる。しかし、今のアリアさんに、その手が届くとは、到底思えなかった。


「フラッシュランス!」


 何十本の光の槍が、伸びてきた黒い手を返り討ちにする。奪われないように、もう二度と。


「私だって、生かしたいんだ」


 その言葉は、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも綺麗で……僕は、少しだけ悲しくなった。


「……っ、アリアさん!」

「あぁ、一緒にやろう!」

「一緒なら、きっと!」


 特出した技なんて、持ってない。僕が持っているのは、一振の剣と、ほんの少しの、みんなを生かしたいと思う、そんな勇気だけ。
 僕らは剣を構え、左右から同時に、魔王へ振りかぶった。魔王が張ったガーディアは簡単に砕け、僕らの刃をその首へ届かせる。


「……はは、お前は」


 アリアさんが、少しだけ震えた、小さくか細い声で、呟いた。


「すっかり変わったな。……羽汰」


※※※


 あぁ、終わる。
 これで、全てが終わる。

 私たちの刃はこのまま、間違いなく魔王に届くだろう。そして、魔王が倒れれば、ドラゴンたちの異常やこの闇も消滅する。
 ただ一つを除いて、魔王が操ってきたものは全て消えるのだ。

 ただ一つ……自己防衛の勇気を除いては。

 自己防衛の勇気は消えないだろう。当たり前だ。生きたいと思う気持ちは、誰だって持ちあわせている。それを魔王は利用したのだから。
 またきっと、魔王のような、そんな存在が生まれるのだろう。

 だけど……自己防衛が無くならないように、自己犠牲も、きっと無くなりはしない。
 自己犠牲は、美しくて、強くて、けれど脆くて酷く悲しい。ただそれは、自分よりも誰かのことを心から想った、愛の証でもあるのだろう。

 だからきっと、大丈夫。
 自己犠牲と自己防衛は、これから、きっと共存していく。愛を要として。


「すっかり変わったな。……羽汰」


 よかった。これで、本当に終わる。
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