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それは一輪の花のように
最後の勇気
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「……マルティネス・アリア……!」
魔王の表情が歪む。僕の隣に凛と立つアリアさんはどこまでも綺麗で……あの日のことを思い出させる。
「……遅いですよ、アリアさん。心配しちゃったじゃないですか」
「悪いな。ちょっとばかし話をしててな」
「話?」
「……ま、終わったら言うさ。まずは……分かってるな?」
「……はい」
魔王に視線を戻せば、嘲るような笑みを浮かべながら、魔王は僕らを見下ろしていた。……余裕の表情で、負けるなんて微塵も考えていないような顔だ。
「なるほど……確かに愚かな人間だ。大人しく闇に飲まれたままでいれば、楽に朽ち果てることができたというのに……わざわざ出てきて、余計に苦しもうとするなんて」
「余計に……? 余計なことだなんて思っていない。私たちは、お前を倒す。絶対に倒せるんだ、私たちなら、絶対」
「あまりに根拠のない自信だな、マルティネス・アリア。闇を打ち破ったその得たいの知れない『力』を信じるのか? いささか思い上がりすぎているような気もするな?」
「……羽汰」
アリアさんは、透き通った赤い瞳を、僕に向けた。じっと見つめられ、思わずはっと息を飲んだ。……不安げに揺れる瞳に、とりこまれそうになる。
「……私のこの判断が、合っているかどうか、分からないんだ。でも……信じて、ついてきてくれるか?」
「…………」
僕は、小さくため息をついた。
「アリアさんって、バカですよね?」
「……は?」
「バカですよね? めっちゃ大バカですよね!? だって、僕がいまさらアリアさんを疑うなんて、そんなことあり得ないことですからね!?」
「……羽汰」
アリアさんは、キョトンとしたような顔をして、それから、ぷっと吹き出した。それはまるで目の前に魔王なんていないような……それこそ、リビングで食事をとっているとき、些細なことで笑ってしまった……というような、そんな、柔らかい笑顔だった。
「お前っ……そんな、いつかみたいなこと言わなくていいんだぞ?」
「いつか……?」
「…………え、もしかして、気づいてないで言ってるのか? 羽汰お前……はじめてまともに戦ったときと同じこと言ってるぞ?」
「えっ……?」
「ほら、ドラくんと戦ったとき……私が羽汰に逃げろって言ったら、バカですよね? って言ってきただろ?」
……そういえば、そんなこともあった。あのときはただただ必死で、アリアさんを助けたくて……格上の相手に、ほぼ丸腰で立ち向かった。知識もなにもない状態で。
今のこの状況は……少しだけ、あのときと似ている。ただ一つ違うことがあるとすれば……僕もアリアさんも、逃げようとも、逃がそうともしていないことだ。
「……私が全力でサポートする、だから、お前は力の限り暴れればいい。絶対に負けることはない、だから、安心して剣を振るえ。いいな?」
「……はいっ!」
僕は剣に、光を宿す。そして、真っ直ぐに魔王に向かって駆け出す。
「……ふん、ダークネス」
闇が、視界を覆う。僕はそれを勢いよく切り裂いた。
「…………」
「僕はっ、絶対に負けない!」
「私たちは絶対に……この闇を消し去ってみせる!」
限界を越えろ――柳原羽汰!
(…………充希、今度こそちゃんと、僕の足で動くから。人のせいにはしない。だから……みててね)
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
私は、魔王をじっと見据えた。
……勝てる気がしない、あんなの。だって、あまりにもレベルが違いすぎる。私の攻撃なんて、簡単に弾き飛ばしてしまうだろう。
(……だけど、羽汰なら)
羽汰なら、きっとあの魔王を倒せる。その力がある。自己犠牲と自己防衛は反発するのだ。反発するその、大きな力を使えば……きっと、魔王をも打ち倒せるだろう。
しかし、反発するということは、羽汰にもダメージが入る可能性が高い。……最悪の場合、魔王を倒した瞬間、羽汰も……ということも、なくは、ない。
「…………」
母上が、その命を懸けて守り抜いた世界……。たくさんの人の、期待や希望を背負って立つ羽汰……。欲張りな私は、どちらも、失いたくない。
だから、守る。
(たくさんたくさん、守られてきたんだ……。少しくらい、私が守ったりしても、いいだろう? 羽汰……)
「……そうだ、いい忘れていた」
私は剣を抜き、魔王に向かおうとして、止まって、ゆっくりと振り向いた。何を言われるんだろうかとキョトンとした羽汰の顔が目に飛び込んでくる。
「アリアさん……?」
「大切なことだぞ」
羽汰は、いったい何を言われるのだろうとちょっとした緊張感のある顔で私のことをみる。……それど大したことではない。私にとっては、大切なことだが。
「……あのな、羽汰」
そして私は、この場でできるだけ明るく、笑ってみせた。
「たくさん、助けてくれてありがとう!」
「……アリアさん」
「また戦おう。……二人で!」
羽汰は、強く頷いて、差し出した私の手を、握り返してくれた。
「……助けられたのは、こっちの方です」
「…………」
「いきましょう!」
「あぁ!」
きっとこれが私たちの……最後の勇気。
魔王の表情が歪む。僕の隣に凛と立つアリアさんはどこまでも綺麗で……あの日のことを思い出させる。
「……遅いですよ、アリアさん。心配しちゃったじゃないですか」
「悪いな。ちょっとばかし話をしててな」
「話?」
「……ま、終わったら言うさ。まずは……分かってるな?」
「……はい」
魔王に視線を戻せば、嘲るような笑みを浮かべながら、魔王は僕らを見下ろしていた。……余裕の表情で、負けるなんて微塵も考えていないような顔だ。
「なるほど……確かに愚かな人間だ。大人しく闇に飲まれたままでいれば、楽に朽ち果てることができたというのに……わざわざ出てきて、余計に苦しもうとするなんて」
「余計に……? 余計なことだなんて思っていない。私たちは、お前を倒す。絶対に倒せるんだ、私たちなら、絶対」
「あまりに根拠のない自信だな、マルティネス・アリア。闇を打ち破ったその得たいの知れない『力』を信じるのか? いささか思い上がりすぎているような気もするな?」
「……羽汰」
アリアさんは、透き通った赤い瞳を、僕に向けた。じっと見つめられ、思わずはっと息を飲んだ。……不安げに揺れる瞳に、とりこまれそうになる。
「……私のこの判断が、合っているかどうか、分からないんだ。でも……信じて、ついてきてくれるか?」
「…………」
僕は、小さくため息をついた。
「アリアさんって、バカですよね?」
「……は?」
「バカですよね? めっちゃ大バカですよね!? だって、僕がいまさらアリアさんを疑うなんて、そんなことあり得ないことですからね!?」
「……羽汰」
アリアさんは、キョトンとしたような顔をして、それから、ぷっと吹き出した。それはまるで目の前に魔王なんていないような……それこそ、リビングで食事をとっているとき、些細なことで笑ってしまった……というような、そんな、柔らかい笑顔だった。
「お前っ……そんな、いつかみたいなこと言わなくていいんだぞ?」
「いつか……?」
「…………え、もしかして、気づいてないで言ってるのか? 羽汰お前……はじめてまともに戦ったときと同じこと言ってるぞ?」
「えっ……?」
「ほら、ドラくんと戦ったとき……私が羽汰に逃げろって言ったら、バカですよね? って言ってきただろ?」
……そういえば、そんなこともあった。あのときはただただ必死で、アリアさんを助けたくて……格上の相手に、ほぼ丸腰で立ち向かった。知識もなにもない状態で。
今のこの状況は……少しだけ、あのときと似ている。ただ一つ違うことがあるとすれば……僕もアリアさんも、逃げようとも、逃がそうともしていないことだ。
「……私が全力でサポートする、だから、お前は力の限り暴れればいい。絶対に負けることはない、だから、安心して剣を振るえ。いいな?」
「……はいっ!」
僕は剣に、光を宿す。そして、真っ直ぐに魔王に向かって駆け出す。
「……ふん、ダークネス」
闇が、視界を覆う。僕はそれを勢いよく切り裂いた。
「…………」
「僕はっ、絶対に負けない!」
「私たちは絶対に……この闇を消し去ってみせる!」
限界を越えろ――柳原羽汰!
(…………充希、今度こそちゃんと、僕の足で動くから。人のせいにはしない。だから……みててね)
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私は、魔王をじっと見据えた。
……勝てる気がしない、あんなの。だって、あまりにもレベルが違いすぎる。私の攻撃なんて、簡単に弾き飛ばしてしまうだろう。
(……だけど、羽汰なら)
羽汰なら、きっとあの魔王を倒せる。その力がある。自己犠牲と自己防衛は反発するのだ。反発するその、大きな力を使えば……きっと、魔王をも打ち倒せるだろう。
しかし、反発するということは、羽汰にもダメージが入る可能性が高い。……最悪の場合、魔王を倒した瞬間、羽汰も……ということも、なくは、ない。
「…………」
母上が、その命を懸けて守り抜いた世界……。たくさんの人の、期待や希望を背負って立つ羽汰……。欲張りな私は、どちらも、失いたくない。
だから、守る。
(たくさんたくさん、守られてきたんだ……。少しくらい、私が守ったりしても、いいだろう? 羽汰……)
「……そうだ、いい忘れていた」
私は剣を抜き、魔王に向かおうとして、止まって、ゆっくりと振り向いた。何を言われるんだろうかとキョトンとした羽汰の顔が目に飛び込んでくる。
「アリアさん……?」
「大切なことだぞ」
羽汰は、いったい何を言われるのだろうとちょっとした緊張感のある顔で私のことをみる。……それど大したことではない。私にとっては、大切なことだが。
「……あのな、羽汰」
そして私は、この場でできるだけ明るく、笑ってみせた。
「たくさん、助けてくれてありがとう!」
「……アリアさん」
「また戦おう。……二人で!」
羽汰は、強く頷いて、差し出した私の手を、握り返してくれた。
「……助けられたのは、こっちの方です」
「…………」
「いきましょう!」
「あぁ!」
きっとこれが私たちの……最後の勇気。
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