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それは一輪の花のように
花
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「…………なん、で?」
ディランさんが絶望に満ちた顔で僕を見た。……僕が振り上げた剣が、ディランさんを貫くことはなかった。
僕の剣が貫いたのは……僕自身だ。
「――羽汰っ!?」
アリアさんが僕を見て叫び、一瞬ディランさんをみてから、僕に駆け寄る。
「何やってるんだ! バカなのか!? なんでっ……なんでまた、ここじゃ! まともに回復魔法使えるかも分からないんだぞ!?」
「あ、はは……大丈夫ですよ……。ちゃんと、加減……しましたから」
「は、春の」
「フローラ、ダメだよ。ここで春の息吹は使っちゃダメだ……。対象が『全員』なんだから、フローラは、ダメージを受けちゃう……」
「でもっ……」
フローラを止めれば、僕は、ディランさんの方を見た。そして、あの巾着袋を取りだした。
中の花はほんの少しも萎れておらず、綺麗だ。……きっと、ディランさんか、なにか魔法でもかけていたのだろう。淡くキラキラと、この暗い空間で輝いていた。
「……ディランさん、どうか、戻ってきてください。世界が滅びる心配なんて、しなくていいんですよ。だって……僕はここで死にます。『ディラン・キャンベルを救う』という一つの使命を全うして、ここで、死にます」
「そん……な…………、羽汰、君は、僕がどんな状態なのか、分かってないのか……? こうして話すだけで精一杯なんだ。今にも心が崩れ落ちそうで……怖くて、苦しくて、たまらないんだ。いつ大切な人を……アリアを、手にかけてしまうかもしれない恐怖、君にならわかるだろう……? 羽汰…………」
大切な人を傷つける恐怖。そしてそのまま失ってしまうかもしれないという恐怖。それは僕が、痛いほどにわかっていた。
痛いほどにわかっていたからこそ……僕は、その花を差し出したのだ。小さく儚く、強い花を。
「ディランさん……まだ、この花を好きだと、綺麗だと思う心があるなら…………それは、まだディランさんが、『ディラン・キャンベル』として存在している証拠なんですよ」
苦しみながら手渡してくれたこの『おまもり』の強さを、美しさを、ディランさんはきちんと分かっているはずだ。そしてそのおまもりを作り、与えた『神』が、何を一番にのぞんでいたのかも、ディランさんにはよくわかっていただろう。
「大丈夫、僕がいなくったって、アリアさんは大丈夫です。だって、ディランさんがいる。Unfinishedのみんなもいる。ディランさんは絶対に、自分を取り戻せる……その、『自己防衛』の勇気から解放されて、もとの優しいディランさんになれる」
「そんな確証なんかどこもないっ……! 今ここで、僕のことを殺してくれれば、みんな、確実に助かる! なのに……どうしてそんな、不確定な事実に頼るんだよ!」
思ったよりも傷が痛む。傷口を軽く手で押さえながら呻き、僕はディランさんに微笑んだ。……優しい人だ。こんな状態になっても、アリアさんや僕らのことを考えてくれている。
「大丈夫、ディランさんなら……っ」
痛みに、思わず体を震わせた。体勢を崩す僕に、ポロンくんが駆け寄り、手のひらを向けた。
「ヒール……! ウタ兄…………、おいらは、嫌だからな! そんなの絶対、いや、だからな…………」
「……ポロンくん……」
「おいらはっ、世界が助かっても、ウタ兄がいないなんて絶対嫌だからな!」
ふと、別の手が僕に触れる。そちらを見れば、スラちゃんが青い瞳でじっと僕を見つめていた。
「ヒールっ!」
「…………」
「ぼくはね、ウタ……ウタがいなきゃ、ダメなんだよ……」
「ヒール」
「ドラくん……」
「我も、お主以外に遣えることはない。一生な」
そして、フローラも僕の手を握る。
「ヒール……ウタさん、嫌です。私は諦めません。絶対に、ウタさんを助けますから……!」
「…………なぁ、ディラン」
ポツリとアリアさんは呟けば、僕に手のひらを向ける。そして一言「ケアル」と詠唱する。
「これをみて、何も思わないような……ディランじゃないだろう?」
「…………」
「ディラン……」
僕の傷は、いっこうに塞がらない。それどころか、どんどん酷くなっていく。それは回復魔法のせいではなく、単純に、この空間に僕が蝕まれているだけだ。
「ディランさん……大丈夫、自信を持ってください。僕はもう、ここでいなくなってしまうけど……でも…………」
「…………」
ふと、ディランさんが黙りこんだ。そして、ゆっくりと立ち上がれば、よろよろと僕らの方に歩みよってくる。一瞬警戒した様子を見せたみんなだったが、アリアさんの反応を見て、敵意はないと判断したのか、じっとその姿を見守っている。
「……羽汰、君は本当に、バカだよ。僕なんかのことを信じて、本当にそれが正しいと思ってるの……? 個性の塊'sにも、言われたんでしょ? ちゃんと考えて行動しろって」
「……うん、言われた……」
ディランさんは呆れたような顔をして、僕に近づけば、手のひらをこちらへと向けた。
「……僕だって、君に死んでほしくないよ、羽汰。生きてほしい」
そういえば、「ケアル」と一言呟いた。
ディランさんが絶望に満ちた顔で僕を見た。……僕が振り上げた剣が、ディランさんを貫くことはなかった。
僕の剣が貫いたのは……僕自身だ。
「――羽汰っ!?」
アリアさんが僕を見て叫び、一瞬ディランさんをみてから、僕に駆け寄る。
「何やってるんだ! バカなのか!? なんでっ……なんでまた、ここじゃ! まともに回復魔法使えるかも分からないんだぞ!?」
「あ、はは……大丈夫ですよ……。ちゃんと、加減……しましたから」
「は、春の」
「フローラ、ダメだよ。ここで春の息吹は使っちゃダメだ……。対象が『全員』なんだから、フローラは、ダメージを受けちゃう……」
「でもっ……」
フローラを止めれば、僕は、ディランさんの方を見た。そして、あの巾着袋を取りだした。
中の花はほんの少しも萎れておらず、綺麗だ。……きっと、ディランさんか、なにか魔法でもかけていたのだろう。淡くキラキラと、この暗い空間で輝いていた。
「……ディランさん、どうか、戻ってきてください。世界が滅びる心配なんて、しなくていいんですよ。だって……僕はここで死にます。『ディラン・キャンベルを救う』という一つの使命を全うして、ここで、死にます」
「そん……な…………、羽汰、君は、僕がどんな状態なのか、分かってないのか……? こうして話すだけで精一杯なんだ。今にも心が崩れ落ちそうで……怖くて、苦しくて、たまらないんだ。いつ大切な人を……アリアを、手にかけてしまうかもしれない恐怖、君にならわかるだろう……? 羽汰…………」
大切な人を傷つける恐怖。そしてそのまま失ってしまうかもしれないという恐怖。それは僕が、痛いほどにわかっていた。
痛いほどにわかっていたからこそ……僕は、その花を差し出したのだ。小さく儚く、強い花を。
「ディランさん……まだ、この花を好きだと、綺麗だと思う心があるなら…………それは、まだディランさんが、『ディラン・キャンベル』として存在している証拠なんですよ」
苦しみながら手渡してくれたこの『おまもり』の強さを、美しさを、ディランさんはきちんと分かっているはずだ。そしてそのおまもりを作り、与えた『神』が、何を一番にのぞんでいたのかも、ディランさんにはよくわかっていただろう。
「大丈夫、僕がいなくったって、アリアさんは大丈夫です。だって、ディランさんがいる。Unfinishedのみんなもいる。ディランさんは絶対に、自分を取り戻せる……その、『自己防衛』の勇気から解放されて、もとの優しいディランさんになれる」
「そんな確証なんかどこもないっ……! 今ここで、僕のことを殺してくれれば、みんな、確実に助かる! なのに……どうしてそんな、不確定な事実に頼るんだよ!」
思ったよりも傷が痛む。傷口を軽く手で押さえながら呻き、僕はディランさんに微笑んだ。……優しい人だ。こんな状態になっても、アリアさんや僕らのことを考えてくれている。
「大丈夫、ディランさんなら……っ」
痛みに、思わず体を震わせた。体勢を崩す僕に、ポロンくんが駆け寄り、手のひらを向けた。
「ヒール……! ウタ兄…………、おいらは、嫌だからな! そんなの絶対、いや、だからな…………」
「……ポロンくん……」
「おいらはっ、世界が助かっても、ウタ兄がいないなんて絶対嫌だからな!」
ふと、別の手が僕に触れる。そちらを見れば、スラちゃんが青い瞳でじっと僕を見つめていた。
「ヒールっ!」
「…………」
「ぼくはね、ウタ……ウタがいなきゃ、ダメなんだよ……」
「ヒール」
「ドラくん……」
「我も、お主以外に遣えることはない。一生な」
そして、フローラも僕の手を握る。
「ヒール……ウタさん、嫌です。私は諦めません。絶対に、ウタさんを助けますから……!」
「…………なぁ、ディラン」
ポツリとアリアさんは呟けば、僕に手のひらを向ける。そして一言「ケアル」と詠唱する。
「これをみて、何も思わないような……ディランじゃないだろう?」
「…………」
「ディラン……」
僕の傷は、いっこうに塞がらない。それどころか、どんどん酷くなっていく。それは回復魔法のせいではなく、単純に、この空間に僕が蝕まれているだけだ。
「ディランさん……大丈夫、自信を持ってください。僕はもう、ここでいなくなってしまうけど……でも…………」
「…………」
ふと、ディランさんが黙りこんだ。そして、ゆっくりと立ち上がれば、よろよろと僕らの方に歩みよってくる。一瞬警戒した様子を見せたみんなだったが、アリアさんの反応を見て、敵意はないと判断したのか、じっとその姿を見守っている。
「……羽汰、君は本当に、バカだよ。僕なんかのことを信じて、本当にそれが正しいと思ってるの……? 個性の塊'sにも、言われたんでしょ? ちゃんと考えて行動しろって」
「……うん、言われた……」
ディランさんは呆れたような顔をして、僕に近づけば、手のひらをこちらへと向けた。
「……僕だって、君に死んでほしくないよ、羽汰。生きてほしい」
そういえば、「ケアル」と一言呟いた。
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