上 下
370 / 387
それは一輪の花のように

破滅

しおりを挟む
 ……どういう、ことだ?
 私の身体を抱く羽汰の背後には、ディランがたっていた。振りかぶった剣を、羽汰は避ける気も、受け止める気もないようで。

 もうダメだと思った。体は痛いし、血は出てるし、ディランは完全に向こう側へ『堕ちて』しまっているし。そんな心情のなかでそれを見ていたから、もういいかと、思ってしまった。もう……ここで終わりにしても、悔いはないんじゃないかって。

 しかし、剣は弾かれた。
 何が起こったのかと驚いて羽汰を見れば、羽汰は、小さくなにかを呟いていた。小さな声でしかしはっきりと、


「レイナル」


 と。
 そして、私の意識はどこかへとおちていった。


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


 そして次に目を覚ましたとき、私が最初に聞き取ったのは、小さくうめくような嗚咽だった。場所は、洞穴か洞窟か、そんなような場所。何処か薄暗く音が反響するそこで、
 身体をそっと起こして調べてみれば、傷ひとつないことに気づいた。……また長い間眠ってしまったのだろうか? だとしたら、ウタはどこだ? そんな思いから周りを見渡した。

 洞窟は入り組んでいて、外は見えない。嗚咽の聞こえる方へ、慎重に向かってみる。

 近づいてみれば、聞こえてくる鳴き声には、聞き覚えがあることに気づいた。ずっと一緒に行動してきたのだ。聞き間違えるはずがない。
 だとすると……だと、すると……。


「ポロン……フローラ、スラちゃん、ドラくん……」

「あ……!」

「……アリア殿」

「アリアさんっ…………」

「…………アリア姉……」

「……『それ』って、なんだ?」


 四人が囲んでいるのは、一人の人間。体格や体つきからは『ヤナギハラ・ウタ』を連想させ、その連想が現実になる。


「え……ウタ、なの、か……?」


 そっと近づいてみれば、その顔は青白く、目は閉ざされていた。恐る恐る頬に触れてみれば……ゾッとするほど冷たく、背筋が震えた。
 ステータスを見るのが怖い。それを見てしまったら、数値として受け入れてしまうことになるだろうから。


「…………い」

「……アリア殿」

「私は……認めない、からな」

「アリ」

「絶対認めないぞ! だって……刺されたのは私だ! ディランに殺されたのは私だ! ウタが……ウタが死ぬはずないだろう!?」


 思わず感情敵になり叫ぶ。みんな、認めたくないのは同じだというのに。なんでだ。だって、仮にそうだったとしても、ウタには『女神の加護』があるはずだ。こんなことで、あっさり…………そんなはずない。


「――理由は二つ」


 ふと、達観した声が聞こえた。反射的に、すがるようにそちらへ目をやれば、淡く紫に光る瞳と、目があった。


「ジュノン……!」

「まず一つは、あの瞬間に発動したスキル、『破滅』の効果」

「…………」

「『破滅』は、自分自身を犠牲にして、それ以外の全てを守る力。絶望し、生への希望が見えなくなった瞬間、発動する。自分自身の『生への執着心』を犠牲にして、どんな相手からも大切なものを守り、救う。……命が尽きていなければ」


 ジュノンは、そっと後ろを振り向く。そこには、個性の塊's全員が立っていた。……みんな、普通の目をしていた。あの、何かに取り憑かれたような目ではない。いつも通りの目だ。


「見ての通りなんだけど」

「私たちも助けられちゃったー」

「……たぶん、あの人も、助けられてる」


 あの人……ディランか。ディランも助けられてるのなら……正気に、戻っているのだろうか。


「で、もう一つの理由。『スキルは、その人の意思がなければ発動しない』」

「……どういうことだ」

「そのまんま。どんなスキルも、本能的に『生きたい』とか、『強くなりたい』とかいう気持ちがあるからこそ、そのスキルは発動する。
 『女神の加護』に必要な意思は、もちろん生きたいという、生への執着。ウタくんはそれを、直前に発動させた『破滅』で完全に失っていた。だから発動しなかった」


 ……ウタが、生き返らない理由はわかった。でも、なんでそもそも、ウタが死んでいる? ……ウタが最後に呟いた言葉のせいか?


「……ジュノン」

「『生命力の転化』……だよ?」

「…………ぇ」

「レイナルっていうのは、生命力転化の呪文。相手に、自分のHPを分け与える呪文。……カプリチオの傷を全快させる程度のHPっていったら……わかるよね」


 回復魔法の類いが全て意味をなさなくなるカプリチオ。大量のHPを付与すれば、そりゃ回復はするだろうが、微々たるものだ。
 ……つまり、ウタは自分のHPを全て私に付与して、そのせいで死んだということだ。


「……助け、られ、ないのか……?」

「…………」


 スラちゃんが、ぎゅっと私の手を握る。その手は、震えていた。……主人を失ったのだ。行く場所がなくさ迷うことになる。それは、ドラくんも同じだし、ポロンやフローラだって、大きなものを失ったのだ。
 ……私も。


「無くはないよ、助ける方法」


 ジュノンが言う。が、その方法を聞こうとした私を遮るようにして、こう付け足す。


「どうなっても構わないなら」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑
恋愛
婚約者に大事にされていなかったので記憶喪失のフリをしたら、婚約者がヘタレて溺愛され始めた話です。 2/27 完結

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました

上野佐栁
ファンタジー
 前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。

どーでもいいからさっさと勘当して

恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。 妹に婚約者?あたしの婚約者だった人? 姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。 うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。 ※ザマアに期待しないでください

処理中です...