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自分の声は聞こえますか?
壁
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「…………」
研究所から漆黒に向かう道中、僕は何度も、報告書に目を通した。何度も何度も読んだ。そして、読むたびに混乱していった。
神様さまが神様じゃなくて、蘇生師が神様で、でも蘇生師は神様より強い何かで、目的を果たすには『あと少し』必要で……。なにも分からないままだった。
「……大丈夫か? ウタ」
「……正直、あまり大丈夫じゃないです」
「そうか。……私もだよ」
馬車を借り、漆黒へ向かう。途中からは船に乗り換えなくてはならないが、とりあえずクラーミルの最南端まで行ったら、一泊して、海を渡るつもりだ。あまり時間はないが……気持ちに整理はつけなければならない。
「…………ウタ、ウタ」
「ん……? どうしたの? スラちゃん」
不意にスラちゃんが僕とアリアさんの間にやって来てちょこんと座った。そして、アリアさんの方に頭を預け、僕を見上げてくる。
「……あのね、ウタ、アリア。僕の勘違いかもしれないんだけど……というか、勘違いの可能性の方が高いんだけど」
「試しに言ってみな? 間違ってたって私たちは怒らない」
「……うん」
スラちゃんは少しだけ伏せ目がちに呟く。
「あのね……なんか、嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感?」
こくりとうなずいたスラちゃんは、スッと前を見据える。
「このまま進んだら……なんか、すごい壁に当たっちゃう気がするんだ」
「壁か……」
「壁……」
壁なんて、たくさんあったけれど……なんだろう。次はどんな壁なんだ。スラちゃんは勘違いかもしれないって言ってるけど、今までこんなこと一言も言わなかったスラちゃんだ。……ただ聞き流すわけにもいかなかった。
そしてこのスラちゃんの予感は、見事に的中する。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「っ?! なんだっ?!」
馬車が、止まる。御者さんが驚いたような声をあげる。何かと思って前を見て、絶句した。
「なんだ……?!」
「大丈夫ですか?!」
「あ……あれを!」
御者さんが指差す先を見れば、そこには、大きな壁があった。文字通りの『壁』があった。大きな、氷の壁。その奥に見える、四つの人影。それに、僕らは見覚えがあった。
「エマにサラ姉さん……?! それにエドに、アキヒト……?!」
「……久しぶりね、アリア。それに、ウタくんたちも。そっちにいるのは、スラちゃんとドラくん? 本当に人になっていたのね」
「みんな……なんでここに」
「それはな、ウタ」
サラさんが僕を見る。……いつかと同じ目をしていた。
「私たちは、お前らを止めに来たんだ」
「おいらたちを……止めに……?」
「……どういうことだ、お主」
「ま、そのまんまだよ」
彰人さんはいつもと変わらない様子でそう言ったかと思うと、ぱちんと指をならす。とたんに、氷の壁は消えてなくなった。
「え……今の、アキヒトさんが……?!」
いや、それはおかしい……。だって、彰人さんは完全に『戦力外』になったと、前に話してくれた。あれが嘘だったなんて思えないし、思いたくもない。そんな僕の様子を見て、エドさんが小さく呟く。
「……とんだ隠れ玉だったな。まぁデメリットはあるが……このアキヒトって男は、流石、エヴァン様の旧友なだけある」
「旧友だなんて言うな。はずいじゃねぇか」
「それにしたって……なんでぼくたちのこと、止めようとするの? エマたちは、ぼくたちの味方じゃないの?」
スラちゃんの問いかけに、エマさんは小さく微笑んで、答える。
「味方よ……だって、アリアのこと、ウタくんのこと、一番よく知っているのは、きっと私たちなんだもの」
「ならなんで」
「だからこそ、だ」
エドさんが剣を抜く。ほんの少しだけ赤を反射するそれは、強く輝いていた。
「俺らは、Unfinishedの戦力を熟知している。レベル、スキル、経験、過去……ダンジョンを突破したことだって、魔王を倒したことだって、クラーミルで殺人犯として追われていたことだって、知っている。だからこそ、止める」
「……私たちは、お前らを『守る』ためにここにいる。……前は突破されてしまったが、今度はそうはいかない」
がたいのいいエドさんたちに並ぶと、サラさんの小ささが際立つ。……しかし、本当の意味で『小さい』なんて、僕らは微塵も思っていなかった。むしろ大きい。……大きすぎる存在だ。
「……まー、あれだ。羽汰。分かるな?」
彰人さんはエマさんの隣に歩み寄っていき、その肩にぽんと手を置いた。そして、僕を見る。
……その瞳は、料理人のものではなかった。何かを強く守ろうとする意思。何かを救い、助けようとする意思。そのために命を削る意思。……それを、ひしひしと感じる、騎士の瞳だった。
「このまま行けば、お前らは死ぬ。だから俺たちは止める。簡単に勝てると思ってるか?
羽汰の勇気が発動すりゃ、それは俺らにとっては確かに脅威になる。下手すりゃここで死ぬかもしれない。……だけどな、生半可な気持ちでかかってくるのはやめた方がいいぜ?」
彰人さんは……短剣を二本、構えた。
「Unfinishedが完成に向かっているとき、俺らが何もしていなかったと思ったら、大間違いだぜ?」
研究所から漆黒に向かう道中、僕は何度も、報告書に目を通した。何度も何度も読んだ。そして、読むたびに混乱していった。
神様さまが神様じゃなくて、蘇生師が神様で、でも蘇生師は神様より強い何かで、目的を果たすには『あと少し』必要で……。なにも分からないままだった。
「……大丈夫か? ウタ」
「……正直、あまり大丈夫じゃないです」
「そうか。……私もだよ」
馬車を借り、漆黒へ向かう。途中からは船に乗り換えなくてはならないが、とりあえずクラーミルの最南端まで行ったら、一泊して、海を渡るつもりだ。あまり時間はないが……気持ちに整理はつけなければならない。
「…………ウタ、ウタ」
「ん……? どうしたの? スラちゃん」
不意にスラちゃんが僕とアリアさんの間にやって来てちょこんと座った。そして、アリアさんの方に頭を預け、僕を見上げてくる。
「……あのね、ウタ、アリア。僕の勘違いかもしれないんだけど……というか、勘違いの可能性の方が高いんだけど」
「試しに言ってみな? 間違ってたって私たちは怒らない」
「……うん」
スラちゃんは少しだけ伏せ目がちに呟く。
「あのね……なんか、嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感?」
こくりとうなずいたスラちゃんは、スッと前を見据える。
「このまま進んだら……なんか、すごい壁に当たっちゃう気がするんだ」
「壁か……」
「壁……」
壁なんて、たくさんあったけれど……なんだろう。次はどんな壁なんだ。スラちゃんは勘違いかもしれないって言ってるけど、今までこんなこと一言も言わなかったスラちゃんだ。……ただ聞き流すわけにもいかなかった。
そしてこのスラちゃんの予感は、見事に的中する。
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「っ?! なんだっ?!」
馬車が、止まる。御者さんが驚いたような声をあげる。何かと思って前を見て、絶句した。
「なんだ……?!」
「大丈夫ですか?!」
「あ……あれを!」
御者さんが指差す先を見れば、そこには、大きな壁があった。文字通りの『壁』があった。大きな、氷の壁。その奥に見える、四つの人影。それに、僕らは見覚えがあった。
「エマにサラ姉さん……?! それにエドに、アキヒト……?!」
「……久しぶりね、アリア。それに、ウタくんたちも。そっちにいるのは、スラちゃんとドラくん? 本当に人になっていたのね」
「みんな……なんでここに」
「それはな、ウタ」
サラさんが僕を見る。……いつかと同じ目をしていた。
「私たちは、お前らを止めに来たんだ」
「おいらたちを……止めに……?」
「……どういうことだ、お主」
「ま、そのまんまだよ」
彰人さんはいつもと変わらない様子でそう言ったかと思うと、ぱちんと指をならす。とたんに、氷の壁は消えてなくなった。
「え……今の、アキヒトさんが……?!」
いや、それはおかしい……。だって、彰人さんは完全に『戦力外』になったと、前に話してくれた。あれが嘘だったなんて思えないし、思いたくもない。そんな僕の様子を見て、エドさんが小さく呟く。
「……とんだ隠れ玉だったな。まぁデメリットはあるが……このアキヒトって男は、流石、エヴァン様の旧友なだけある」
「旧友だなんて言うな。はずいじゃねぇか」
「それにしたって……なんでぼくたちのこと、止めようとするの? エマたちは、ぼくたちの味方じゃないの?」
スラちゃんの問いかけに、エマさんは小さく微笑んで、答える。
「味方よ……だって、アリアのこと、ウタくんのこと、一番よく知っているのは、きっと私たちなんだもの」
「ならなんで」
「だからこそ、だ」
エドさんが剣を抜く。ほんの少しだけ赤を反射するそれは、強く輝いていた。
「俺らは、Unfinishedの戦力を熟知している。レベル、スキル、経験、過去……ダンジョンを突破したことだって、魔王を倒したことだって、クラーミルで殺人犯として追われていたことだって、知っている。だからこそ、止める」
「……私たちは、お前らを『守る』ためにここにいる。……前は突破されてしまったが、今度はそうはいかない」
がたいのいいエドさんたちに並ぶと、サラさんの小ささが際立つ。……しかし、本当の意味で『小さい』なんて、僕らは微塵も思っていなかった。むしろ大きい。……大きすぎる存在だ。
「……まー、あれだ。羽汰。分かるな?」
彰人さんはエマさんの隣に歩み寄っていき、その肩にぽんと手を置いた。そして、僕を見る。
……その瞳は、料理人のものではなかった。何かを強く守ろうとする意思。何かを救い、助けようとする意思。そのために命を削る意思。……それを、ひしひしと感じる、騎士の瞳だった。
「このまま行けば、お前らは死ぬ。だから俺たちは止める。簡単に勝てると思ってるか?
羽汰の勇気が発動すりゃ、それは俺らにとっては確かに脅威になる。下手すりゃここで死ぬかもしれない。……だけどな、生半可な気持ちでかかってくるのはやめた方がいいぜ?」
彰人さんは……短剣を二本、構えた。
「Unfinishedが完成に向かっているとき、俺らが何もしていなかったと思ったら、大間違いだぜ?」
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