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自分の声は聞こえますか?
柳原羽汰《2》
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……それが起きたのは、高校二年に上がるかどうかってときだった。学校こそ一緒だったけれど、クラスも部活も別々だった僕らは、話す機会がだんだんと少なくなっていった。
とはいえ、僕も多少は成長していた。友達も何人かはいたし、充希とだってたまに遊びに出掛けたり、ご飯を食べたりしていた。毎日、そこそこに楽しく過ごせていた……と、思う。今は、もう……覚えていない。
……まだ寒い日だった。部活が休みで、充希と一緒に帰る約束をしていたのだ。充希の教室の前に来ると、クラスメイトと話している充希の声が聞こえた。内容は聞き取れなかったけど、楽しげだと言うことは分かった。
僕よりもずっと仲間や友達が多かった充希は、いつも誰かに囲まれていた。それが僕は羨ましくて、何となく誇らしかった。
その日充希と話してたのは、少しがたいのいい三人。ピアスとかあけてて、僕は少し苦手だった。でも、充希とは仲が良かったから……普通に、声をかけようとしたのだ。
「充――」
「お前なぁ、それはないわ」
聞こえてないようだった。もう一度声をかけようとして、声が出せなくなった。
「羽汰だろ? それはないって。誘うだけ無駄だよ」
「でも充希、あいつと仲良いだろ?」
「仲良いってか……腐れ縁みたいなやつだよ、腐れ縁。いいじゃん、クラス違うし、俺らだけで行こうぜ?」
「まー、ちょっと女々しいけどな、あいつ」
「女々しいなんてもんじゃないって。自分で言うくらいのヘタレだぞ? 俺が面倒みてるってわけ。一緒にいて面白くもねーし、友達でもなんでもないからさ」
……僕はその言葉を、そのまま受け取った。そして、普通に、ショックを受けた。友達だと思っていたのは僕だけなのかと。僕と一緒にいたのは、『仕方なく』だったのかと。僕は、充希を疑った。
言葉を失って立ち尽くす僕に、充希が気づいた。そして、その表情を曇らせる。
「羽汰……? お前、いつから聞いて」
「あー、そりゃショックだよなー。お前は充希と友達だと思ってたんだろ?」
「俺らから見てそうだったんだからな」
「いや、それは……」
「ごめん充希。……ずっと、我慢させてたんだね」
「ちが……とりあえずほら、一緒に帰ろうよ。な?」
「いいって。クラスの人とさ……一緒に帰りなよ。僕はほら、一人でも平気だから」
「ちょ、待て……羽汰っ!」
僕は充希に背を向けて、早足で歩き始めた。早足は小走りに変わり、そして、気がついたときには、無我夢中で走っていた。
信じたくなかった。信じていたのに、裏切られた……。でも、今ならわかる。最初に信じるのをやめて、疑い、裏切ったのは、間違いなく僕の方だ。
電車に乗り、僕の住んでいた町へ。家には帰る気になれず、色んなところを歩き回った。何度も何度も、スマホが鳴った。メールもLINEも、何通も来た。全部充希からだった。僕はそれを全部無視していた。
今さらどんな言葉を聞いても、言い訳にしか聞こえないはずだと決めつけて、聞こうとすらしなかった。自分勝手な判断で充希の声をシャットアウトした。
……本当に、バカだった。
充希と別れてから……いや、僕が充希から逃げてから、三時間ほど経った。電話も、メールも、LINEも、来なくなった。諦めたのか、もうどうでもいいと思ったのか……どちらでもよかった。河川敷で、ぼんやりと空を眺めていたら、不意に、着信音が鳴り響いた。相手を見れば、姉ちゃんからだった。
「…………なに」
僕の小さくかすれた声を聞くと、姉ちゃんは電話の向こうで怒鳴った。
「あんた今どこにいるの!?」
「……河川敷だけど」
「今すぐ家に帰ってきて! 今すぐ!」
「何かあった?」
……嫌に鮮明に、言葉は響いた。
「充希くんが亡くなったの」
「――――え」
「スマホ見ながら歩いてて、事故に遭ったみたいでさ。ママさんが、さっき家にも連絡くれたの」
「…………」
「充希くん、ずっとあんたと連絡とろうとしてたみたいだけど、電話でた? LINEとか通知来てないの?」
……ずっと遠くで、その声が響いているみたいだった。姉ちゃんに、たった一言も返せないままでいた。見かねた姉ちゃんが、僕を迎えに来てくれて、そのまま、充希が運ばれた病院に向かった。
『死』を、ここまで強く感じたのは初めてだった。つい数時間前まで、普通に話していた、笑っていたのに……今はもう、ピクリとも動かない。
「……ありがとね」
充希のお母さんが、僕の肩に、優しく手を置いた。その瞳は……あまりにも……。
「充希、友達は多いんだけど、本当に親友って呼べるのは、羽汰くんくらいだったから」
「……そんな…………」
そんなことを、今更知ったって……仕方ないのに。
…………あとから、充希の別のクラスメイトに聞いた。あの日、クラスで話していたのは、新入生をカツアゲしに行くという話だったらしい。それに、僕も誘おうとした時に、充希が言った言葉だった。
僕は、そんな優しい充希の声を、聞こうとしなかった。
無視し続けた。
僕が殺したも……同然だ。
とはいえ、僕も多少は成長していた。友達も何人かはいたし、充希とだってたまに遊びに出掛けたり、ご飯を食べたりしていた。毎日、そこそこに楽しく過ごせていた……と、思う。今は、もう……覚えていない。
……まだ寒い日だった。部活が休みで、充希と一緒に帰る約束をしていたのだ。充希の教室の前に来ると、クラスメイトと話している充希の声が聞こえた。内容は聞き取れなかったけど、楽しげだと言うことは分かった。
僕よりもずっと仲間や友達が多かった充希は、いつも誰かに囲まれていた。それが僕は羨ましくて、何となく誇らしかった。
その日充希と話してたのは、少しがたいのいい三人。ピアスとかあけてて、僕は少し苦手だった。でも、充希とは仲が良かったから……普通に、声をかけようとしたのだ。
「充――」
「お前なぁ、それはないわ」
聞こえてないようだった。もう一度声をかけようとして、声が出せなくなった。
「羽汰だろ? それはないって。誘うだけ無駄だよ」
「でも充希、あいつと仲良いだろ?」
「仲良いってか……腐れ縁みたいなやつだよ、腐れ縁。いいじゃん、クラス違うし、俺らだけで行こうぜ?」
「まー、ちょっと女々しいけどな、あいつ」
「女々しいなんてもんじゃないって。自分で言うくらいのヘタレだぞ? 俺が面倒みてるってわけ。一緒にいて面白くもねーし、友達でもなんでもないからさ」
……僕はその言葉を、そのまま受け取った。そして、普通に、ショックを受けた。友達だと思っていたのは僕だけなのかと。僕と一緒にいたのは、『仕方なく』だったのかと。僕は、充希を疑った。
言葉を失って立ち尽くす僕に、充希が気づいた。そして、その表情を曇らせる。
「羽汰……? お前、いつから聞いて」
「あー、そりゃショックだよなー。お前は充希と友達だと思ってたんだろ?」
「俺らから見てそうだったんだからな」
「いや、それは……」
「ごめん充希。……ずっと、我慢させてたんだね」
「ちが……とりあえずほら、一緒に帰ろうよ。な?」
「いいって。クラスの人とさ……一緒に帰りなよ。僕はほら、一人でも平気だから」
「ちょ、待て……羽汰っ!」
僕は充希に背を向けて、早足で歩き始めた。早足は小走りに変わり、そして、気がついたときには、無我夢中で走っていた。
信じたくなかった。信じていたのに、裏切られた……。でも、今ならわかる。最初に信じるのをやめて、疑い、裏切ったのは、間違いなく僕の方だ。
電車に乗り、僕の住んでいた町へ。家には帰る気になれず、色んなところを歩き回った。何度も何度も、スマホが鳴った。メールもLINEも、何通も来た。全部充希からだった。僕はそれを全部無視していた。
今さらどんな言葉を聞いても、言い訳にしか聞こえないはずだと決めつけて、聞こうとすらしなかった。自分勝手な判断で充希の声をシャットアウトした。
……本当に、バカだった。
充希と別れてから……いや、僕が充希から逃げてから、三時間ほど経った。電話も、メールも、LINEも、来なくなった。諦めたのか、もうどうでもいいと思ったのか……どちらでもよかった。河川敷で、ぼんやりと空を眺めていたら、不意に、着信音が鳴り響いた。相手を見れば、姉ちゃんからだった。
「…………なに」
僕の小さくかすれた声を聞くと、姉ちゃんは電話の向こうで怒鳴った。
「あんた今どこにいるの!?」
「……河川敷だけど」
「今すぐ家に帰ってきて! 今すぐ!」
「何かあった?」
……嫌に鮮明に、言葉は響いた。
「充希くんが亡くなったの」
「――――え」
「スマホ見ながら歩いてて、事故に遭ったみたいでさ。ママさんが、さっき家にも連絡くれたの」
「…………」
「充希くん、ずっとあんたと連絡とろうとしてたみたいだけど、電話でた? LINEとか通知来てないの?」
……ずっと遠くで、その声が響いているみたいだった。姉ちゃんに、たった一言も返せないままでいた。見かねた姉ちゃんが、僕を迎えに来てくれて、そのまま、充希が運ばれた病院に向かった。
『死』を、ここまで強く感じたのは初めてだった。つい数時間前まで、普通に話していた、笑っていたのに……今はもう、ピクリとも動かない。
「……ありがとね」
充希のお母さんが、僕の肩に、優しく手を置いた。その瞳は……あまりにも……。
「充希、友達は多いんだけど、本当に親友って呼べるのは、羽汰くんくらいだったから」
「……そんな…………」
そんなことを、今更知ったって……仕方ないのに。
…………あとから、充希の別のクラスメイトに聞いた。あの日、クラスで話していたのは、新入生をカツアゲしに行くという話だったらしい。それに、僕も誘おうとした時に、充希が言った言葉だった。
僕は、そんな優しい充希の声を、聞こうとしなかった。
無視し続けた。
僕が殺したも……同然だ。
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