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自分の声は聞こえますか?
敗北
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「っ……はぁ……は…………」
『……まだ生きてるんだ。しぶといね。女神の加護ってのは、それだけ強いんだ?』
……もはや、言葉を返すだけの余裕もない。指先を動かすのも辛い。ほんの少し身じろぎするだけで、全身を痛みが駆け抜ける。
『……俺のこと、どう思ってる? まぁどう思ってても構わないんだけど。俺は……憎たらしくて仕方ないかな』
「ぅ…………」
充希は僕を見下ろして、にこにこと生前のように微笑んでいた。その微笑みに、ぞくりと背筋が震えた。しかし向けられる冷たい視線も……逃げる権利は、僕にはない。
『俺が死んだときは、悲しんでくれたよね。泣いて泣いて、そのまま過呼吸で倒れちまってさ』
「……だ…………って……」
『でも、俺のことは、お前が殺した。お前は死んだとき、俺のことなんて少しも考えなかった。ただ、自分のことだけ考えてた! 結局俺のことなんてどうでもよかったんだ!』
「ちが」
『違わない!』
力の入らない腕に、ナイフが突き立てられた。喉も渇れていて、たいした声ももう出せない。
『……一人で、孤独で、死んだあとでもずっと苦しんだ俺に比べて、お前はなんだ? 加護をもらって、転生して、仲間をつくって……? 挙げ句の果てには、俺のことを秘密にして、忘れようとした!』
「……っ…………」
『そりゃあな? 俺だって忘れたいさ。俺だって逃げたいさ。あんな世界……親友に裏切られたあんな世界! 二度と戻るもんか!』
違う……。裏切りたかった訳じゃない。そんなつもりじゃなかった。ただ……不安になっただけなんだ。事故なんだ。死んでほしくなんかなかった。違う。でも、違う……。僕が殺した。違う。
自分自身との押し問答が続いている。いっそ一思いに殺してほしかった。……そんな願いすら、充希は叶えてはくれなかった。
何度も何度も四肢を傷つけては……心臓や頭だけは、決して傷つけない。その苦しみを味わわせるかのように、じっくりと、痛め付ける。
『……あぁ、でも、もう、いいよ』
充希は、ナイフを手放した。カラカラと、金属が床に転がる音がする。
ぼんやりと充希の方へ目をやれば、横たえた僕の上に馬乗りになり、そして、ゆっくりと首に手を添えた。
『もう、終わらせようよ。お互い、苦しいだろ?』
手に力がこもる。指が、首にキリキリと食い込む。
痛い、痛い、痛い――。
でも苦しくはなかった。
このまま死ねたなら……どんなに幸せだろうか。どんなに楽になれるだろうか。全部忘れて。あの世界もこの世界も、全部全部忘れ去って、何もない無へと還る。……それも、いいかもしれない。
『……ばいばい、ヤナギハラ・ウタ』
頭が、真っ白になっていく。
「――タ、ウタ!」
「…………」
……あれ?
だれの、こえだったっけ?
たいせつなひとのはず。
たいせつな……だれだろう?
「聞こえるかウタ! 戻ってこい、ずっと待ってるんだ!」
まってる……? なにを?
ぼくがもどるのを……? どうして?
『……ほら、もうすぐ終わるよ。いいよね? それでいいんだよ、ウタ』
そう、もう、おわる。
もう……いい。
「思い出せ! お前は、私を救ってくれた! 弱い存在じゃない、無意味な存在じゃない!」
……いきる、りゆうなんて、ない。
ここで……このまま、しぬ。
しぬ…………。
……死ぬ、か。
「死ぬのは一瞬だって、お前言ったな? なぁ、一度死んだならわかるだろう? 死んだら本当に楽になるのか? お前は、死んだことで楽になったのか?!」
……答えは、NO。
死んでも楽にはならなかった。ずっと苦しんでいた。
そうわかっていたからこそ……僕は、彼女の自殺を止めた。必死に止めた。僕と同じ過ちをしないでほしかったから。
まだ、なんの罪もないアリアさんに、僕の苦しみを分からせてはいけないと思ったから。
「帰ってこい! ……話してくれなくていい、隠してていい。私は……お前のどんな過去でも、受け止める覚悟はしている! どんな過去を持ったお前でも、仲間として、大好きでいる自信がある!」
……マルティネス・アリア。
僕が、この世界で初めて出会い、そして助けられた人。
誰よりも強くて、弱い人。
『…………!』
僕は、首を絞める充希の手を掴んだ。その拍子に腕からはさらに血が流れたけど、今は関係ない。
『何してるんだよ……あとちょっとだったのに!』
「……よば、れ……てる、から……」
『……はぁ?』
「ぃ……かない、と…………」
『行く必要なんてないんだよ。お前には、その資格なんて』
「資格の問題じゃないんだ!」
充希を押し退けて、ふらふらと立ち上がった。まだ、目の前はチカチカと点滅していて、元気とはほど遠い。……死のうとしていたんだから。
「……待ってるんだ……こんな、僕のこと…………」
『……俺のことはとうでもいいってことなんだな? つまり、また逃げるのか! また俺から逃げて、それで』
「でも! ……僕に、授けられた、この力が……この『勇気』が、みんなを救うなら……。
…………僕はこの、充希への想いも、犠牲にする」
『…………』
充希は、僕が聖剣を握るのを止めなかった。そして僕が剣を振り下ろそうとして……やめると、僕の手に自分の手を重ね、
『……それでいい』
自らの首を、掻き切った。
……これの戦いは間違いなく、僕の敗北だ。
『……まだ生きてるんだ。しぶといね。女神の加護ってのは、それだけ強いんだ?』
……もはや、言葉を返すだけの余裕もない。指先を動かすのも辛い。ほんの少し身じろぎするだけで、全身を痛みが駆け抜ける。
『……俺のこと、どう思ってる? まぁどう思ってても構わないんだけど。俺は……憎たらしくて仕方ないかな』
「ぅ…………」
充希は僕を見下ろして、にこにこと生前のように微笑んでいた。その微笑みに、ぞくりと背筋が震えた。しかし向けられる冷たい視線も……逃げる権利は、僕にはない。
『俺が死んだときは、悲しんでくれたよね。泣いて泣いて、そのまま過呼吸で倒れちまってさ』
「……だ…………って……」
『でも、俺のことは、お前が殺した。お前は死んだとき、俺のことなんて少しも考えなかった。ただ、自分のことだけ考えてた! 結局俺のことなんてどうでもよかったんだ!』
「ちが」
『違わない!』
力の入らない腕に、ナイフが突き立てられた。喉も渇れていて、たいした声ももう出せない。
『……一人で、孤独で、死んだあとでもずっと苦しんだ俺に比べて、お前はなんだ? 加護をもらって、転生して、仲間をつくって……? 挙げ句の果てには、俺のことを秘密にして、忘れようとした!』
「……っ…………」
『そりゃあな? 俺だって忘れたいさ。俺だって逃げたいさ。あんな世界……親友に裏切られたあんな世界! 二度と戻るもんか!』
違う……。裏切りたかった訳じゃない。そんなつもりじゃなかった。ただ……不安になっただけなんだ。事故なんだ。死んでほしくなんかなかった。違う。でも、違う……。僕が殺した。違う。
自分自身との押し問答が続いている。いっそ一思いに殺してほしかった。……そんな願いすら、充希は叶えてはくれなかった。
何度も何度も四肢を傷つけては……心臓や頭だけは、決して傷つけない。その苦しみを味わわせるかのように、じっくりと、痛め付ける。
『……あぁ、でも、もう、いいよ』
充希は、ナイフを手放した。カラカラと、金属が床に転がる音がする。
ぼんやりと充希の方へ目をやれば、横たえた僕の上に馬乗りになり、そして、ゆっくりと首に手を添えた。
『もう、終わらせようよ。お互い、苦しいだろ?』
手に力がこもる。指が、首にキリキリと食い込む。
痛い、痛い、痛い――。
でも苦しくはなかった。
このまま死ねたなら……どんなに幸せだろうか。どんなに楽になれるだろうか。全部忘れて。あの世界もこの世界も、全部全部忘れ去って、何もない無へと還る。……それも、いいかもしれない。
『……ばいばい、ヤナギハラ・ウタ』
頭が、真っ白になっていく。
「――タ、ウタ!」
「…………」
……あれ?
だれの、こえだったっけ?
たいせつなひとのはず。
たいせつな……だれだろう?
「聞こえるかウタ! 戻ってこい、ずっと待ってるんだ!」
まってる……? なにを?
ぼくがもどるのを……? どうして?
『……ほら、もうすぐ終わるよ。いいよね? それでいいんだよ、ウタ』
そう、もう、おわる。
もう……いい。
「思い出せ! お前は、私を救ってくれた! 弱い存在じゃない、無意味な存在じゃない!」
……いきる、りゆうなんて、ない。
ここで……このまま、しぬ。
しぬ…………。
……死ぬ、か。
「死ぬのは一瞬だって、お前言ったな? なぁ、一度死んだならわかるだろう? 死んだら本当に楽になるのか? お前は、死んだことで楽になったのか?!」
……答えは、NO。
死んでも楽にはならなかった。ずっと苦しんでいた。
そうわかっていたからこそ……僕は、彼女の自殺を止めた。必死に止めた。僕と同じ過ちをしないでほしかったから。
まだ、なんの罪もないアリアさんに、僕の苦しみを分からせてはいけないと思ったから。
「帰ってこい! ……話してくれなくていい、隠してていい。私は……お前のどんな過去でも、受け止める覚悟はしている! どんな過去を持ったお前でも、仲間として、大好きでいる自信がある!」
……マルティネス・アリア。
僕が、この世界で初めて出会い、そして助けられた人。
誰よりも強くて、弱い人。
『…………!』
僕は、首を絞める充希の手を掴んだ。その拍子に腕からはさらに血が流れたけど、今は関係ない。
『何してるんだよ……あとちょっとだったのに!』
「……よば、れ……てる、から……」
『……はぁ?』
「ぃ……かない、と…………」
『行く必要なんてないんだよ。お前には、その資格なんて』
「資格の問題じゃないんだ!」
充希を押し退けて、ふらふらと立ち上がった。まだ、目の前はチカチカと点滅していて、元気とはほど遠い。……死のうとしていたんだから。
「……待ってるんだ……こんな、僕のこと…………」
『……俺のことはとうでもいいってことなんだな? つまり、また逃げるのか! また俺から逃げて、それで』
「でも! ……僕に、授けられた、この力が……この『勇気』が、みんなを救うなら……。
…………僕はこの、充希への想いも、犠牲にする」
『…………』
充希は、僕が聖剣を握るのを止めなかった。そして僕が剣を振り下ろそうとして……やめると、僕の手に自分の手を重ね、
『……それでいい』
自らの首を、掻き切った。
……これの戦いは間違いなく、僕の敗北だ。
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