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闇夜に舞う者は

変わらないな

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「…………変わらないなぁ、お前は」


 男は、そう笑いながら後ろを振り向きもせずに言った。


「……あなたもな。髪はかなり白くなったが」

「どうしてここが分かった?」

「…………」

「『奥の手』を使ったか」


 そのドラゴンは、自らの手を強く握りしめた。……自分のスキルを、今の主人が鑑定したことがないのを知っていたのだ。それを、あえて利用した。その力を利用すれば自分は彼……ニエルへたどり着けるが、大切な人たちが、そこにたどり着くことはない。そう思っていたから。


「……あなたに使ったスキルが、こんなところで役に立つとは思わなかった」

「お前は、優しいドラゴン……だからなぁ? 俺を殺すなんて簡単なこともしなかった」


 そこで彼はようやく振り返り、ドラゴンの金色の瞳と目を合わせる。その暗い隻眼に、ドラゴンは思わずといった感じで視線をそらす。
 それを面白がるようにニエルは笑い、馬鹿にするように言う。


「全く……。本当に変わらない。愚かなほどにな。俺のことを未だに『あなた』と呼ぶのか、そんなに恐ろしいか? ん?」

「……願いがあってここに来た」

「ほう?」


 ニエルの問いかけには答えず、ドラゴンは言葉を紡ぐ。


「Unfinishedというパーティー……知っているな?」

「……あぁ、お前が今遣えているやつの。物好きだよなぁお前も。自分よりあれだけ下のやつに遣えるなんてさぁ」

「ウタ殿は」

「まぁ……。俺の気配にいち早く気がついて、言葉を最後まで言わせなかったところには感心するけどな」


 ドラゴンは、なにも言えずに黙り込む。……確かに、普段のウタは、自分に比べてはるかに弱いのだ。しかし、遣えている理由を言ってしまえば、彼に手の内を見せてしまうことになる。……必然的に、大切な主人が危険にさらされる。


「……その、Unfinishedに手を出さないでほしい」

「……一応理由を聞いておこうか?」

「大切、だからだ」

「大切……」


 その言葉を租借するように反復したニエルは、やがてくつくつと笑いだした。そしてドラゴンを指差しながら、最大の皮肉をぶつける。


「大切……大切か! へぇ、その大切のために、お前は俺のところに捨て身の覚悟で来たわけだ?
 ……バカだなぁ? その『大切』を奪われる顔が見たいから俺が人を殺してること……知らなかったか?」

「いや、知っていたさ。あなたは、いつだって孤児やひねくれたやつは狙わずに、幸せな家庭の、幸せな子供を殺していた。……子供を奪われて苦しむ親の姿見たさに」

「なのに俺にそういうのか? はっ……面白いな。やめるわけないだろう?」


 その言葉を聞くと、ドラゴンは大きく息を吐き出した。そして目をつむり、静かに呟く。


「……ならばこれは『お願い』じゃない」


 そして、目を開くと共に、本来の姿を取り戻す。漆黒の巨体、それを露にしニエルへと襲いかかる。


「我からの……惜別の言葉だ」

「なるほど?」


 ニエルはそれを見ると、一本のナイフを取り出した。


「つまり……これはどちらかが死ぬまで終わらない戦い。死んだ方が負け。お互いに命と生き甲斐を失う。そういうことか?」


 ニエルが振りかざしたナイフを、大きな体を器用に曲げ交わしながら、ドラゴンは小さく首を振った。


「……違う」

「ほう?」

「死ぬまでは、続かない。どちらかが諦めるまでの戦いだ。
 それに……どちらか、というのもある意味では間違いだ」

「二人とも諦めると? 馬鹿馬鹿しい」


 ドラゴンは、その言葉にも、心のなかでかぶりを振った。
 心のどこかで……彼は、まだ信じていた。まだ生きたいと思っていた。まだ彼らも……自分と生きたいと思ってくれていると、思っていた。信じていた。


「……あなたは、我のことを変わっていないと言ったな」

「お前は変わったと思うのか? 臆病で、無駄に優しくて、小さな命を庇ってばかりの愚か者が」

「……否定する気はない」


 影が鋭い刃物となりニエルへ襲いかかるが、彼はそれをナイフ一本で受け流していく。相変わらずの腕前と身軽さだ……そう感心してしまう一方で、ドラゴンははっきりと告げる。


「我は臆病で、弱く、愚かだ。ここまで『死』を恐れるドラゴンなど他にはいないだろう。だからこそ、自分が遣えていたあなたが殺人鬼であることを、仲間のドラゴンにも隠した」

「そうだなぁ?」

「…………だが、」


 ドラゴンの頭によぎるのは、大切な存在。


「彼らは、我とは違う。
 人の死を乗り越え、自らの運命を乗り越え、苦しみから抜け出し、自我を探し、大切なもののために成長する。未完成だからこそ、成長している。……Unfinishedは、成長するんだ。変わっていく。最初に会ったときと今では……変わっていないのは、我だけだ」

「……だから?」

「だから…………」


 ドラゴンにナイフが迫る。それをドラゴンは避けずに、闇魔法で作り出したナイフを『手』に握り、受け止めた。


「…………」

「二つの力、二つの姿、二つの存在……。彼らも、それと戦っている。過去と現在の、二つの自分に」


 彼はそれを押し返す。すぐさまドラゴンは地を蹴った。


「我も変わろうと思う。――お主から、本当に大切な存在を守るために」
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