上 下
311 / 387
闇夜に舞う者は

嫌だ

しおりを挟む
「……あ、れか…………」


 僕はフローラを抱えて走り続け、ようやく、声が聞こえないところまで来た。目の前にはひときわ大きな建物があり、それがパレルのお城だと気づくのは容易かった。


「う、ウタさん……もう、私、歩きますよ?」

「いや、中に入るまで」

「でも」

「お願いだから。……僕が、心配で仕方なくなるから。ね?」

「…………分かりました」


 しぶしぶ、といった感じでフローラがうなずく。そして、それならばといった感じで、僕に軽くしがみついた。
 僕はそれを確認すると、その体制のままお城の前へ行き、門番の人に声をかける。


「すみません、Unfinishedの柳原羽汰とセリエ・フローラです。先にアリアさんたちが入ってると思うんですけど、入れていただけませんか?」

「確認をとりますので、少々お待ちください」


 そう言って中に入ったその人はすぐに出てきて、僕らを中へと促した。そこで僕はやっとフローラを下ろし、先に進むことにした。


「……ウタさん、さっきは、その……やっぱり、いたんですか?」


 誰が、とは聞かずにフローラが聞いてくる。僕はそれに、確かにうなずいた。


「……うん」

「…………」


 重苦しくなった空気を嫌ったのか、不意にフローラが声をあげる。


「あ、そういえば」

「ん?」

「ウタさん、私のこと抱き上げられるくらいに筋肉あったんですね」

「えぇっ?! 逆にないと思われてた!?」

「だってウタさんですし」

「さ、さすがに僕だって、フローラくらいは持てるって! ど、ドラくんは無理かもしれないけど、女性一人くらいなら」

「アリアさんもですか?」

「別の意味で無理だけど多分できる」


 フローラはクスクス笑いながら、いたずらっぽく、僕にこんなことを訊ねてきた。


「ウタさん」

「なに?」

「ウタさんは、アリアさんのこと好きですか?」

「そりゃ好きだけど」

「そうじゃなくて、恋愛的な意味として、ですよ」

「恋愛的…………ん、ん?」

「どうなんですかー?」

「え、えー……待って、考えたことなかったっていうか考えをあえて排除していた問題っていうかなんというか……!」


 ぎ、逆に考えろ柳原羽汰! アリアさんはめっちゃ美人で、ちょいちょいかわいくて天然っぽくて、優しくて、頼りになって、助けてくれて、激しく鈍感だ。
 こういう女性が、いるとする。いやいるんだけど……目の前にいたとして、好きにならないってこと……ある? ないよねぇ?
 でもなんか、こう、付き合いたい的な想いというか、そういうの……抱いたこと…………ないな、うん。無いはず。


「……激しく思案してますね」

「恋愛の方の好き……で、は、ない……はず」

「多分?」

「き、きっと」

「もしかして」

「フローラ……不確かにしないで……」


 ……そんなフローラとの話に、ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。そしてそのままの気持ちで、二階に上がる。確か、二階の突き当たりといっていたはずだ。そちらに視線を向けてみれば、前に兵士が二人立っている、周りと比べてかなり豪華で頑丈そうな扉が見えた。
 僕らがそちらに近づくと、兵士の一人が僕に声をかけた。


「ヤナギハラ・ウタか」

「はい」

「すまないが、本人であると確認するためにアリア姫から一つ問題を出してもらった。これに答えてもらう」

「……はい」


 僕なら答えられる問題だってことだろう。逆に、僕じゃなきゃ答えられない問題なのかもしれないが。


「声を取り戻したときに、姫が最初に使った呪文、が問題だそうだ」

「…………」

「……ウタさん?」


 簡単だ。簡単すぎる。あの声を……あのときのアリアさんの声を、忘れろと言う方が無理がある。
 忘れられるわけがない……大切な人の、叫びを。僕を助けてくれた魔法を。


「セイントエレキテル……です」

「……なるほど。正解だ。
 確かにあなたはヤナギハラ・ウタ本人のようだな。中へ」

「あ、あの、私はいいんですか?」

「『ウタが本人なのにフローラが偽物なはずがない、あいつはそれくらい見抜ける』……だそうだ」

「…………」


 そのまま僕らは促されるように、扉を開けて中に入った。瞬間、アリアさんの声が響く。


「それは嫌だ!」

「しかし姫、確実な方法となると」

「でもそれは嫌だ。なにか……確実じゃなくてもいい、なにか別に方法はないのか!?」

「あ、アリアさん……! どうしたんですか?」

「あ、フローラ! ウタ兄!」


 扉の先、僕らが最初に見たのは必死に国王に何かを訴えるアリアさんと、それを止めるドラくん。そして驚き固まっていたポロンくんとスラちゃん、そして青い顔をして立っているリードくんだった。


「……ウタ。実は」

「君がウタくんか」

「……国王陛下、ですね。一体何が……僕の主観になってしまうかもしれませんが、アリアさんが目上の人に向かってこんなに声を荒らげるって言うのはなかなかないっていうか……異常、っていうか」


 国王陛下は、青い瞳をゆっくりとこちらへ向け、そして告げた。


「ニエルのことを聞かれてな。奴は神出鬼没で、捕まえることなんて出来ない。本気でどうにかするならそこにいる子供を囮にすればいいと言った。
 リードというその少年は、自分では家出したと言っているが……あまりの出来の悪さに棄てられたことにも気づいていないバカだと」


 ……僕もアリアさんに続いて叫びそうになった、が、それを押し止めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑
恋愛
婚約者に大事にされていなかったので記憶喪失のフリをしたら、婚約者がヘタレて溺愛され始めた話です。 2/27 完結

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました

上野佐栁
ファンタジー
 前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。

どーでもいいからさっさと勘当して

恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。 妹に婚約者?あたしの婚約者だった人? 姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。 うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。 ※ザマアに期待しないでください

処理中です...