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届かない想いに身を寄せて

抗ってみる?

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「――…………やーめた」


 振り下ろされた鎌は、僕の首元でピタリと止まり、僕を殺すことはなかった。無意識に閉じていた瞳を開け、ジュノンさんを見上げれば、鎌を消し、後ろに向かって声をかけていた。


「みんなー、……やっぱ、いいよ。治してあげてよ」

「……ジュノン」

「いいのー? ジュノンー」

「ん、いいよ」

「……話すの?」

「話さないわけにもねぇ」


 言いながらジュノンさんは、アイテムボックスからなにかを取りだし、僕の口に突っ込む。


「んぐっ?!」

(すっっっぱい!)

「回復薬……我慢してよ、酸味に勝って、ほらほらー」


 ごくごくとはとても飲めない酸っぱさの液体を飲み干し、僕は大きく息をついた。……アリアさん、ドラくん…………。二人もアイリーンさんに治療を受け、無事に立ち上がった。しかし、個性の塊'sがここまでして本気で僕を殺そうとするなんて……一体、何が


「ウタくん、それよりも……ほら、当初の目的、忘れてなーい?」

「あっ……今なら!」


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


 僕らは上へと駆け上がり、バルコニーに、レイナさんとロイン、そしてアリアさんが立った。


「ひとまず……誤解を解いてこようか」

「待ってます」


 とはいえ……僕は、あまり集中してアリアさんたちの話を聞いていられなかった。個性の塊'sとのことが、気がかりすぎたのだ。
 本気で僕を、ディランさんを殺そうとしていた個性の塊's。僕とディランさんの共通点と言えば、『勇気』というスキル。そしてジュノンさんの『個性の塊'sより強いと証明した』という言葉。前に、僕の力は個性の塊'sを越えると言っていたにしてはおかしな言葉だ。

 ……分からないことが、多すぎる。


「……い……ウタ兄!」

「ポロンくん?」

「私たち、ずっと声かけてたんですよ?」

「ウタ、大丈夫……?」


 心配そうに僕を見る三人……。ポロンくんたちはその場にいなかったから、あとからドラくんがそのことを説明したらしい。僕は正直、それどころじゃなかった。


「大丈夫だよ……って、流石に言えないかな」

「そもそも、なんで今まで助けてくれていたのに、殺そうとしてくるんでしょうか……?」

「ジュノンだけならまだ分からなくもないけどね、攻撃、味方にも当ててるもん」

「でも、アリア姉を蔦と毒で引き留めたのはテラーで、ドラくんを斬ったのはおさくとドロウで、ロインとレイナを止めたのはアイリーン……なんだろ? だとしたら……個性の塊's全体で、そうしようって方針があったってことじゃないのか?」

「それも、ある程度の理解を得て、ですよね。そうでなきゃ、そんなことは……」


 と、そんなことを話していたら、向こうが一段落ついたようだ。
 このクラーミルとマルティネスの一件は……僕に、一つだけ心残りを与えた。

 ブリスは、助けられなかったのだろうか、と。


「終わったよ」

「お疲れさま、ロイン。レイナさんも、アリアさんも、お疲れ様です」

「お疲れ」

『無事終わった』

「さーて、じゃ、ジュノンのところ行くか」

「行かなくても」


 ふと響いた声に振り向けば、個性の塊'sが僕らの後ろに立っていた。少し離れたところにいたドラくんは、それを確認すると、僕らと塊'sの間にスッと入り込み、静かに見据えた。


「そんなに警戒しなくても、今は何もしないよ」

「ジュノン、それたぶん、今いっても説得力ないから」

「そう?」

「そりゃそうだよー、チョコ食べる?」

「食べるー!」


 いつも通りの、ちょっと力が抜けるような個性の塊's独特のやり取り。それを見てほっとしつつも、先程の出来事が頭をチラチラとよぎり、全く集中出来ない。
 今までで培ってきた信用が、ゆらゆらと揺れている。……どうしてだ。


「……テラー」

「おっけ」


 テラーさんが手をパンっと叩くと、そこはいつかのジュノンさんの研究室。大きめのテーブルにみんなで腰掛けると、目の前にはいつかのように紅茶かコーヒーが置かれた。


「砂糖いる人?」

「あ、はい」

「おいらも」

「はーい」

「はいはい、いる人は手挙げといてね。スクロース」


 ころん、と音をたてて角砂糖が転がる。それをカップに投げ入れて、かき混ぜ、飲む。今さら毒はないと思っていた。


「……さて。さすがに理由がなくて君を殺そうとなんてしていないんだな、私ら」

「今まで人を殺したこと、ないしね!」

「まぁ! さすがですわ奥様!」

「奥様こそ、その精神、私としても」

「ネタを挟まない」

「怒られた」

「いや、でしょうね」

「……あのけ」


 と、ジュノンさんは切り出した。カップからは湯気がまだ立ち上ぼり、ジュノンさんの表情をふんわりと隠す。読み取ること府、出来ない。


「ウタくんの力『勇気』は、私たちの力を越えた。予測はしていたけど……正直、越えないでほしいなって気持ちが強かった。いや、前までは越えてよかったんだけど」

「……越えちゃいけない理由が?」


 ふと、テラーさんが小さな小さなシエルトを出した。


「フローラ、これにダークネス、当ててみて」

「え、はい……ダークネス」


 ほんの一瞬ダークネスに触れただけで、シエルトは消えてしまった。


「……そう、シエルトは闇魔法に弱い。そのシエルトで私の魔法を受けとめたんだから、ウタくんは私たちより強い。

 そうしたら私たちは……ウタくんを殺さなくちゃならない。なぜなら、生きていれば世界が滅びるから」


 ……脳が、思考を停止する。


「ねぇ、この運命……抗ってみる? 抗ってみる気、ある?
 もしも無いなら」


 ジュノンさんが、僕の背後に回って、ナイフを首筋に突きつけていた。


「ウタくんのこと、殺さなきゃいけないんだ」
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