289 / 387
届かない想いに身を寄せて
そんなに弱くない
しおりを挟む
僕がブリスに向かって駆け出す。それとほぼ同時に、背後でアリアさんが闇を切り裂く気配を感じた。
……大丈夫、アリアさんはきっと帰ってくる。そんなこと、僕にはとっくに分かっている。だから、振り向かずにブリスに剣を向けることができた。
「闇を……?!」
「ウタ殿! ……アリア殿は」
ロインもドラくんも、アリアさんがあの中に入れたことに、少なからず驚いていた。でも、僕はそんなに驚いてはいない。どちらかというと……安心が強かった。
――なんだ、あの闇はアリアさんやレイナさんが抱いた本当の闇に比べれば、大したことないんだ、と。
「……入れたところでなんだ。出てこれなきゃ意味がないだろう?」
まるで、あの二人が出てこれるわけないと言うかのように、ブリスは笑う。……僕は、そのブリスの考えを全否定しながら、剣を振りかぶった。
「少なくともアリアさんは……あなたが思っているほど、弱くないです。レイナさんだって、弱くない。
常に誰かに支えられなきゃ生きていけない。自分の闇に飲み込まれる。生を否定して死ぬことを望む……。二人は、そんなに弱くない」
振り下ろした剣を、ブリスは黒い剣で受けとめた。しかしそれでは受け止めきれなかったのか、勢いに負けて後ずさる。
その力にわずかに驚いたような表情を見せたが、僕がブリスの前で『勇気』を発動させるのは初めてじゃない。すぐに冷静になって、僕に魔法を放つ。
「カプリチオ!」
「…………」
それとほぼ同時か、少し早いくらいで、僕は聖剣に光魔法を宿した。
……カプリチオ。もはや懐かしい。あのときの僕を、アリアさんを、止めようとしたミーレスの魔法。触れてしまえば、回復魔法はほぼ無力となる。
(……狙っているのは、僕だけ。なら)
それならば、触れずに斬ってしまえばいい。
光を宿した剣で、僕に襲いかかる魔法を、すべて切り裂いた。ついでのように襲ってくる操影は、軽く手を薙いだだけで消えた。
「……ブリス、悪魔っていうのは、人の心に闇を植え付けるものなの?」
「…………あ?」
苛立ったように、ブリスが僕の言葉に反応する。そして、小さく舌打ちして、殺意を込めた目で僕を睨み付けた。
「……あぁ……あぁそうさ! それこそが悪魔の指名であり生きざまだ! そうすることで、俺は、ずっと生きてきたんだ!
それの何が悪い? 俺を完全悪として、お前らは違うのか!? 骨の髄まで真っ白か! あぁそうかそうか。それが人間様の偽善ってやつか。……反吐が出るね」
「……そっか」
僕は、自分でもびっくりするほど、それを、冷静に受けとめた。だから、自分の口から出た一言に、酷く冷たいものも感じたのだ。
「ならお前は、僕らに勝てない」
「なぜそう言いきれる? マルティネス・アリアとレイナ・クラーミル。その二人があそこから出てきたときに闇に呑まれていないと、なぜ言いきれる? お前に何が分かっている?」
……僕からすれば、とても、簡単な話だった。例えば中に入ったのが、ポロンくんやフローラ、ドラくんだったら、僕はもっと心配してるだろう。力の強弱じゃない。心の強弱じゃない。『経験』だ。きっとアリアさん以外は、その『経験』をしていないから。
「アリアさんは……もうずいぶん前に、闇を受け入れているから」
「…………」
「だから、呑み込まれることはない。受け入れるための方法も、きっとちゃんと分かっている。だから、二人は無事に出てくる。僕はそう思うんだ」
あのときは……知らなかった。
アリアさんは、闇を受け入れて、次に進むための方法もなにも知らなかった。だから、簡単に呑み込まれて、声を失った。
でも、二度は同じことは起きない。
「……感情で揺さぶることが出来なくたってなぁ、力でねじ伏せることはできんだよ」
ブリスは、足元に魔方陣を展開する。……見たことがない形だった。それを見たドラくんが僕に叫ぶ。
「ウタ殿! 元の姿に戻る。いいな!?」
「……うん、ロインはこっちに来て! 手伝って!」
「わ、わかった……」
僕らは、アリアさんたちが戻ってくるまでの間、耐えれば良い。個性の塊'sが戻ってくるまでの間……。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「……よかったの、ジュノン?」
「なにが?」
「なにがって……あいつの提案、受け入れちゃってさー」
おさくの言葉を聞きながら、ジュノンは下を見下ろす。
広がった闇。悪魔と対峙する少年。城の入り口付近で屯する国民と、その侵入を防ぐ人の姿。
「良くはないけどさ、ある意味でこれは、裏を示すことになるんじゃないかなって」
「どういうこと?」
はてなを浮かべる他のメンバーに、ジュノンは告げる。
「あいつは、二人の力が私たちを越えるなら、世界が滅びるって言ってた。それって逆に、二人の力が私たちを越えないなら、世界は滅びないってことじゃない?」
ま、裏が真でも命題が偽とは限らないけどね、とジュノンは言いつつ、可能性は確かに感じていた。
もし、二人の力が自分達を越えることが、ただの一瞬もないのなら……そもそも世界を滅ぼすだけの力は持ち合わせていないということになるのだから。
そして、もう一つ。……女神はあぁ言っていたが、個性の塊'sを『勇気』が越えるなら、二人はほぼ確実に世界を滅ぼすということではないか、と。
自分達でさえ、殺せない相手なのだから。
……大丈夫、アリアさんはきっと帰ってくる。そんなこと、僕にはとっくに分かっている。だから、振り向かずにブリスに剣を向けることができた。
「闇を……?!」
「ウタ殿! ……アリア殿は」
ロインもドラくんも、アリアさんがあの中に入れたことに、少なからず驚いていた。でも、僕はそんなに驚いてはいない。どちらかというと……安心が強かった。
――なんだ、あの闇はアリアさんやレイナさんが抱いた本当の闇に比べれば、大したことないんだ、と。
「……入れたところでなんだ。出てこれなきゃ意味がないだろう?」
まるで、あの二人が出てこれるわけないと言うかのように、ブリスは笑う。……僕は、そのブリスの考えを全否定しながら、剣を振りかぶった。
「少なくともアリアさんは……あなたが思っているほど、弱くないです。レイナさんだって、弱くない。
常に誰かに支えられなきゃ生きていけない。自分の闇に飲み込まれる。生を否定して死ぬことを望む……。二人は、そんなに弱くない」
振り下ろした剣を、ブリスは黒い剣で受けとめた。しかしそれでは受け止めきれなかったのか、勢いに負けて後ずさる。
その力にわずかに驚いたような表情を見せたが、僕がブリスの前で『勇気』を発動させるのは初めてじゃない。すぐに冷静になって、僕に魔法を放つ。
「カプリチオ!」
「…………」
それとほぼ同時か、少し早いくらいで、僕は聖剣に光魔法を宿した。
……カプリチオ。もはや懐かしい。あのときの僕を、アリアさんを、止めようとしたミーレスの魔法。触れてしまえば、回復魔法はほぼ無力となる。
(……狙っているのは、僕だけ。なら)
それならば、触れずに斬ってしまえばいい。
光を宿した剣で、僕に襲いかかる魔法を、すべて切り裂いた。ついでのように襲ってくる操影は、軽く手を薙いだだけで消えた。
「……ブリス、悪魔っていうのは、人の心に闇を植え付けるものなの?」
「…………あ?」
苛立ったように、ブリスが僕の言葉に反応する。そして、小さく舌打ちして、殺意を込めた目で僕を睨み付けた。
「……あぁ……あぁそうさ! それこそが悪魔の指名であり生きざまだ! そうすることで、俺は、ずっと生きてきたんだ!
それの何が悪い? 俺を完全悪として、お前らは違うのか!? 骨の髄まで真っ白か! あぁそうかそうか。それが人間様の偽善ってやつか。……反吐が出るね」
「……そっか」
僕は、自分でもびっくりするほど、それを、冷静に受けとめた。だから、自分の口から出た一言に、酷く冷たいものも感じたのだ。
「ならお前は、僕らに勝てない」
「なぜそう言いきれる? マルティネス・アリアとレイナ・クラーミル。その二人があそこから出てきたときに闇に呑まれていないと、なぜ言いきれる? お前に何が分かっている?」
……僕からすれば、とても、簡単な話だった。例えば中に入ったのが、ポロンくんやフローラ、ドラくんだったら、僕はもっと心配してるだろう。力の強弱じゃない。心の強弱じゃない。『経験』だ。きっとアリアさん以外は、その『経験』をしていないから。
「アリアさんは……もうずいぶん前に、闇を受け入れているから」
「…………」
「だから、呑み込まれることはない。受け入れるための方法も、きっとちゃんと分かっている。だから、二人は無事に出てくる。僕はそう思うんだ」
あのときは……知らなかった。
アリアさんは、闇を受け入れて、次に進むための方法もなにも知らなかった。だから、簡単に呑み込まれて、声を失った。
でも、二度は同じことは起きない。
「……感情で揺さぶることが出来なくたってなぁ、力でねじ伏せることはできんだよ」
ブリスは、足元に魔方陣を展開する。……見たことがない形だった。それを見たドラくんが僕に叫ぶ。
「ウタ殿! 元の姿に戻る。いいな!?」
「……うん、ロインはこっちに来て! 手伝って!」
「わ、わかった……」
僕らは、アリアさんたちが戻ってくるまでの間、耐えれば良い。個性の塊'sが戻ってくるまでの間……。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「……よかったの、ジュノン?」
「なにが?」
「なにがって……あいつの提案、受け入れちゃってさー」
おさくの言葉を聞きながら、ジュノンは下を見下ろす。
広がった闇。悪魔と対峙する少年。城の入り口付近で屯する国民と、その侵入を防ぐ人の姿。
「良くはないけどさ、ある意味でこれは、裏を示すことになるんじゃないかなって」
「どういうこと?」
はてなを浮かべる他のメンバーに、ジュノンは告げる。
「あいつは、二人の力が私たちを越えるなら、世界が滅びるって言ってた。それって逆に、二人の力が私たちを越えないなら、世界は滅びないってことじゃない?」
ま、裏が真でも命題が偽とは限らないけどね、とジュノンは言いつつ、可能性は確かに感じていた。
もし、二人の力が自分達を越えることが、ただの一瞬もないのなら……そもそも世界を滅ぼすだけの力は持ち合わせていないということになるのだから。
そして、もう一つ。……女神はあぁ言っていたが、個性の塊'sを『勇気』が越えるなら、二人はほぼ確実に世界を滅ぼすということではないか、と。
自分達でさえ、殺せない相手なのだから。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~
SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。
物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。
4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。
そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。
現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。
異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。
けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて……
お読みいただきありがとうございます。
のんびり不定期更新です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
皇女殿下は婚約破棄をお望みです!
ひよこ1号
ファンタジー
突然の王子からの破棄!と見せかけて、全て皇女様の掌の上でございます。
怒涛の婚約破棄&ざまぁの前に始まる、皇女殿下の回想の物語。
家族に溺愛され、努力も怠らない皇女の、ほのぼの有、涙有りの冒険?譚
生真面目な侍女の公爵令嬢、異世界転生した双子の伯爵令嬢など、脇役も愛してもらえたら嬉しいです。
※長編が終わったら書き始める予定です(すみません)
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる