286 / 387
届かない想いに身を寄せて
否定
しおりを挟む
レイナさんの足元に、魔方陣が展開されていく。青く輝くそれは、暗い城の中を照らしていた。
そういえばアリアさん、言ってたな。耳が聞こえなくて上手く詠唱できない分、レイナさんは、魔法を詠唱なしで使えるすごい人だって。
ふっ……と、目を開く。瞬間、辺り一面に氷の結晶が数えきれないほど現れる。もちろん、目に見えないほど小さいわけではない。大体3cmくらいの結晶だ。
レイナさんが指を真っ直ぐとブリスに向ける。すると、結晶は一気に速度をあげ、まるで小さな槍が幾本もあるかのように見えた。
その一つ一つは恐ろしく小さい。ブリスも、全てを避け、落とすことは出来ない。すぐに溶けてしまうため、スキルに利用することも出来ないようだ。
「……すごい」
「ダストクリスタル。非常に高度な、氷魔法だ。……あれを詠唱なしで使うとは」
「姉さん、なかなかやれるでしょ?」
ロインがどこか嬉しそうに言う。もちろん、ブリスはそれだけでは止められない。もっと手を尽くさなくてはいけない。
「今度は僕が」
ロインはそう笑うと、手を優しく右へと薙ぐ。するとその線をなぞるように光が集まり、やがて、一振りの光輝く刀となった。そして、それを振りかぶり、振り下ろす勢いに乗せて魔法を放つ。
……ロインも、レイナさんも、思っていたのの何倍も強い。すごい。
「圧倒されてばかりはいられないな」
アリアさんがそう言って笑う。僕はそれに、笑顔で返した。
「そうですね。……ドラくん!」
「任された」
ドラくんの背にまたがり、剣をしっかりと握る。……『勇気』が発動していないとき、それはすごく怖いのだ。そもそも高いところだってそんなに得意じゃない。だけども、そんなことでピーピー言ってられないのだ。
「こうもわらわらと……いい加減面倒だ」
あからさまに苛立ったように、ブリスは短く舌打ちする。そして、瞳の奥を赤く光らせた。
「こんなことしても……だーれもお前らの言葉なんて信じないんだぜ? なぁ?」
「何言ってるんだ。ここはクラーミル。そもそもこの反乱の原因は、クラーミルの国王と女王、二人がマルティネスに殺されたと言う勘違いから起こった怒りによるものだ。
二人が顔を出して、収まらないはずがない」
アリアさんは、そう反論する。……実際、僕だってそうだと思う。二人はこの国の人に信頼されていたはずだ。それは、確かだった。だから戦争になろうとしているのだ。
「……それはどうかな」
「……お主、何が言いたい?」
怪しく光るその瞳に、ゾッと背筋が凍る。なにを言おうとしているのか……考えることすら、阻まれてしまうようだった。
「何が言いたい……? そのままのことさ。
良いかよく聞け! 国民はなぁ、お前ら二人の生死なんてどーでもいいんだよ! ただな、そのせいで国の経済やら政治やら治安やらが傾いて、自分等が過ごしにくくなるのが嫌なのさ! それだけなんだよ!」
「違う! 二人はそんな風に思われてなんかいなかった! もっと大切にされていた! だからクラーミルの人は」
僕の言葉を跳ね返すように、ブリスは叫ぶ。
「はっ、本気でそう思うのか?
考えても見ろ。そもそも国の頂点に立つ人物が二人いるのは、男女平等であり、出来るだけ広くの声を聞くため……とかだったか? 全く、反吐が出る。
そんな目的で二人いるのにも関わらず、一人は耳が聞こえずほとんど国民の前に出てこない。行政をするのはほぼロイン一人のみ。何を言いたいのか、何を考えてるのかすら分からない女王に、国民はついていきたいと思うか? あ?」
「っ…………」
「レイナ……! 違う。レイナは」
「何が違う? 現に耳が聞こえずに行政が出来ていたか? 国民の声は聞こえていたか? さっぱりだろう! 俺はこれでもそばにいたからな。その様がよーく分かるんだよ。
レイナ・クラーミルが消えたところで、死んだところで、国民は反乱を起こしたかね? 本当に? それだけの価値はその女にあるのか?」
僕は、気がついた。ブリスの目的は、僕らを揺さぶることじゃない。後悔させることじゃない。その先にある。
心を揺さぶって、後悔させて、絶望させて、僕らをとことん否定して……その過程を経て、僕らに『してはいけないこと』をさせようとしている。
「あーあ、本当に。……この国に女王なんて必要なのかなぁ?」
「レイナさん!」
僕の声は、少し、遅かったようだ。
「……わ、たし…………」
『もしかしたら私は……生まれてこない方が、よかった?』
……遅かった。
やってしまった。
もっと早く、伝えておけばよかった。
僕の表情から、アリアさんはその事実をどうやら掴み取ったように見えた。ハッとしたように僕を見て、それから、レイナさんに一歩近づいた。
「姉さん、大丈夫? あんなやつの言うことなんか聞かなくて良いから!」
「……あ……あぁ…………」
ブリスの口角が、上がる。彼にとって、最高の舞台が出来上がったのだ。レイナ・クラーミルを餌として、僕らを、ロインを釣るという、最高の舞台が。
「……いいねぇ。良い反応だ」
真っ黒い檻が、レイナさんの足元から現れる。それは氷の美しい魔方陣をも飲み込んで、レイナさんを中に閉じ込める。
「…………!」
「姉さん!」
「レイナさん! ……ドラくん!」
「やってみよう」
ドラくんが勢いよく体当たりしたが、その黒は、レイナさん以外なにも受け付けなかった。そして、完全に彼女を飲み込む。
レイナさんはしてはいけないこと……『自分を否定』してしまったのだ。
そういえばアリアさん、言ってたな。耳が聞こえなくて上手く詠唱できない分、レイナさんは、魔法を詠唱なしで使えるすごい人だって。
ふっ……と、目を開く。瞬間、辺り一面に氷の結晶が数えきれないほど現れる。もちろん、目に見えないほど小さいわけではない。大体3cmくらいの結晶だ。
レイナさんが指を真っ直ぐとブリスに向ける。すると、結晶は一気に速度をあげ、まるで小さな槍が幾本もあるかのように見えた。
その一つ一つは恐ろしく小さい。ブリスも、全てを避け、落とすことは出来ない。すぐに溶けてしまうため、スキルに利用することも出来ないようだ。
「……すごい」
「ダストクリスタル。非常に高度な、氷魔法だ。……あれを詠唱なしで使うとは」
「姉さん、なかなかやれるでしょ?」
ロインがどこか嬉しそうに言う。もちろん、ブリスはそれだけでは止められない。もっと手を尽くさなくてはいけない。
「今度は僕が」
ロインはそう笑うと、手を優しく右へと薙ぐ。するとその線をなぞるように光が集まり、やがて、一振りの光輝く刀となった。そして、それを振りかぶり、振り下ろす勢いに乗せて魔法を放つ。
……ロインも、レイナさんも、思っていたのの何倍も強い。すごい。
「圧倒されてばかりはいられないな」
アリアさんがそう言って笑う。僕はそれに、笑顔で返した。
「そうですね。……ドラくん!」
「任された」
ドラくんの背にまたがり、剣をしっかりと握る。……『勇気』が発動していないとき、それはすごく怖いのだ。そもそも高いところだってそんなに得意じゃない。だけども、そんなことでピーピー言ってられないのだ。
「こうもわらわらと……いい加減面倒だ」
あからさまに苛立ったように、ブリスは短く舌打ちする。そして、瞳の奥を赤く光らせた。
「こんなことしても……だーれもお前らの言葉なんて信じないんだぜ? なぁ?」
「何言ってるんだ。ここはクラーミル。そもそもこの反乱の原因は、クラーミルの国王と女王、二人がマルティネスに殺されたと言う勘違いから起こった怒りによるものだ。
二人が顔を出して、収まらないはずがない」
アリアさんは、そう反論する。……実際、僕だってそうだと思う。二人はこの国の人に信頼されていたはずだ。それは、確かだった。だから戦争になろうとしているのだ。
「……それはどうかな」
「……お主、何が言いたい?」
怪しく光るその瞳に、ゾッと背筋が凍る。なにを言おうとしているのか……考えることすら、阻まれてしまうようだった。
「何が言いたい……? そのままのことさ。
良いかよく聞け! 国民はなぁ、お前ら二人の生死なんてどーでもいいんだよ! ただな、そのせいで国の経済やら政治やら治安やらが傾いて、自分等が過ごしにくくなるのが嫌なのさ! それだけなんだよ!」
「違う! 二人はそんな風に思われてなんかいなかった! もっと大切にされていた! だからクラーミルの人は」
僕の言葉を跳ね返すように、ブリスは叫ぶ。
「はっ、本気でそう思うのか?
考えても見ろ。そもそも国の頂点に立つ人物が二人いるのは、男女平等であり、出来るだけ広くの声を聞くため……とかだったか? 全く、反吐が出る。
そんな目的で二人いるのにも関わらず、一人は耳が聞こえずほとんど国民の前に出てこない。行政をするのはほぼロイン一人のみ。何を言いたいのか、何を考えてるのかすら分からない女王に、国民はついていきたいと思うか? あ?」
「っ…………」
「レイナ……! 違う。レイナは」
「何が違う? 現に耳が聞こえずに行政が出来ていたか? 国民の声は聞こえていたか? さっぱりだろう! 俺はこれでもそばにいたからな。その様がよーく分かるんだよ。
レイナ・クラーミルが消えたところで、死んだところで、国民は反乱を起こしたかね? 本当に? それだけの価値はその女にあるのか?」
僕は、気がついた。ブリスの目的は、僕らを揺さぶることじゃない。後悔させることじゃない。その先にある。
心を揺さぶって、後悔させて、絶望させて、僕らをとことん否定して……その過程を経て、僕らに『してはいけないこと』をさせようとしている。
「あーあ、本当に。……この国に女王なんて必要なのかなぁ?」
「レイナさん!」
僕の声は、少し、遅かったようだ。
「……わ、たし…………」
『もしかしたら私は……生まれてこない方が、よかった?』
……遅かった。
やってしまった。
もっと早く、伝えておけばよかった。
僕の表情から、アリアさんはその事実をどうやら掴み取ったように見えた。ハッとしたように僕を見て、それから、レイナさんに一歩近づいた。
「姉さん、大丈夫? あんなやつの言うことなんか聞かなくて良いから!」
「……あ……あぁ…………」
ブリスの口角が、上がる。彼にとって、最高の舞台が出来上がったのだ。レイナ・クラーミルを餌として、僕らを、ロインを釣るという、最高の舞台が。
「……いいねぇ。良い反応だ」
真っ黒い檻が、レイナさんの足元から現れる。それは氷の美しい魔方陣をも飲み込んで、レイナさんを中に閉じ込める。
「…………!」
「姉さん!」
「レイナさん! ……ドラくん!」
「やってみよう」
ドラくんが勢いよく体当たりしたが、その黒は、レイナさん以外なにも受け付けなかった。そして、完全に彼女を飲み込む。
レイナさんはしてはいけないこと……『自分を否定』してしまったのだ。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
収納持ちのコレクターは、仲間と幸せに暮らしたい。~スキルがなくて追放された自称「か弱い女の子」の元辺境伯令嬢。実は無自覚チートで世界最強⁉~
SHEILA
ファンタジー
生まれた時から、両親に嫌われていた。
物心ついた時には、毎日両親から暴力を受けていた。
4年後に生まれた妹は、生まれた時から、両親に可愛がられた。
そして、物心ついた妹からも、虐めや暴力を受けるようになった。
現代日本では考えられないような環境で育った私は、ある日妹に殺され、<選択の間>に呼ばれた。
異世界の創造神に、地球の輪廻の輪に戻るか異世界に転生するかを選べると言われ、迷わず転生することを選んだ。
けれど、転生先でも両親に愛されることはなくて……
お読みいただきありがとうございます。
のんびり不定期更新です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる