上 下
262 / 387
信じるべきは君か悪魔か

こんばんは

しおりを挟む
 クラーミル国内の、とある、暗い暗い場所。一年中じめじめとして、一日中日も当たらない。誰かが来ることなんて、まず、普通ならあり得ない場所。

 そこに、悪魔はたたずんでいた。
 この場所の陰りの原因となっているであろう高い塀。それに背中を預けて、ゆっくりとタバコをふかした。彼の目の前にあがる、白く細い煙。それは、不意に吹いた強い風によってどこかに流れていってしまった。
 一年中じめじめとしている場所……というのはもちろん、風通しも悪い場所だ。こう強い風が吹くことは珍しい。いや、あり得ないことであろう。例えば、


「…………」


 誰もいないはずのそこに人がいて、その人はタバコが嫌いだった……とかでない限り。


「こんばんは」

「……あぁ、あなたですか。どうもこんばんは」

「今さらそんな、敬語とか使わなくてもいいのに」

「……あいつらを、助けたらしいな」

「私じゃないけどね、助けたのは」


 朗らかに……なんて表現とは程遠い笑みを浮かべながら、個性の塊'sリーダー、ジュノンは笑う。悪魔はそれを一瞥し、はぁっと大きくため息をついた。


「……なんのつもりだ?」

「なんのつもりって?」

「わざわざ俺と接触して……どういうつもりなのかと聞いている」

「どういうつもりだと思う?」

「少なくとも、いい気分ではないな」


 ジュノンはすっと悪魔に近づきタバコを奪うと、地面に落とし、静かに踏み潰す。地面にタバコが押し付けられ、火が消える音がする。


「まぁ、何がどうって訳でもないんだけどさ? 言うこと聞くとも思えないし。でも、一応警告しておくよ。
 ……これ以上、Unfinishedとレイナ、ロイン・クラーミルに関わるのはやめておきな」

「……ほう?」


 少し興味を持ったのか、悪魔は顔をあげ、ジュノンを見つめる。ジュノンはその視線を感じたのか、クスリと小さく笑い、悪魔の次の言葉を待つ。


「…………理由は?」

「そうだねぇ……死ぬから?」


 少し驚いたようにも見えた悪魔だったが、やがて笑いだし、ジュノンに詰め寄る。それに少しも物怖じすることなく、ジュノンは笑っている。


「おいおい……。あんたら塊'sならともかく、俺がUnfinishedに負ける? そういうことを言っているのか?」

「簡単に言えばそうだね」

「なんだぁ? ……ついにお前までバカになったのか? ジュノンさんよ。個性の塊'sリーダーってのは、もっと賢いと思ってたぜ?」

「まぁ、賢いよ? お前よりは」

「言ってくれるな。俺があんな雑魚に負けるとか言ってるくせによ」


 しかし、ジュノンが意見を変えることはない。


「事実だよ?」


 そのジュノンの態度に、悪魔の表情が一瞬曇る。それは、とある『可能性』を見いだしたからだろう。


「……まさか、お前らが力を貸すのか? 神に動きを制限されているはずの、お前らがか?」

「いや、それはないよ。めんどくさいし。そこまで手を貸す義理はない」

「……無慈悲だな」

「そうかな? 私は情ある優しい女の子だよ?」


 どこか安心したように悪魔が笑う。それを見て、ジュノンは嘲笑うように悪魔を見る。


「……それに、これは悪魔さんに対する慈悲のつもりなんだけどなぁ?」

「はぁ? 本気で言ってるのか? 俺が、あんなへなちょこどもに負けるなんて。
 確かにあのドラゴンは強かった。だが主人を潰してしまえば大したことない」

「その『主人』を……本当に潰せるの?」


 いよいよ、悪魔は笑いだした。声をあげて、腹を抱えて。ジュノンは少しも表情を変えないまま、それをじっと見つめていた。


「俺が!? あっはは! 俺があいつを殺せないと!? 俺があのへなちょこを殺せないと!? ジュノン様が言うような言葉に思えねぇなぁ!
 ……お前には俺は勝てないさ。それは分かる。でも、あいつには勝てる。

 『勇気』……だっけな? あのスキルは。あの程度、俺の敵じゃない。『封じて』しまえば全く問題じゃないのさ」


 その様子を見てジュノンはあきれたようにため息をつき、「じゃ、もういいよ」と踵をかえした。


「どうなっても、知らないからね」

「……おい待て」


 悪魔がジュノンに声をかける。ジュノンは目だけをそちらに向ける。悪魔はその彼女の腕を掴み、軽く引き寄せると笑った。


「……なぁ、一応聞くが、どこまで知っている?」

「…………」

「お前は『こっち側』に来る気はないのか? 歓迎するぜ?」


 どこまで……か。
 ジュノンは思考を巡らせた。推測を含むならば、ほぼ全て。確信だけならば80%程度。だからこそ悪魔のいう『こっち側』を理解できているわけだが。


「……ふぅん、面白いこと言うね」


 しかし、どんな形になったところで、ジュノンの本分は『勇者』であった。そして、何より大切なのは、Unfinishedのことでも、国のことでもない。

 自分自身の、仲間であった。

 ジュノンは悪魔の手を強く振り払うと同時に闇魔法で鎌を造りだし、それを悪魔の首もとに突きつけ、嗤った。


「――死にたいのかな?」

「…………」

「……じゃあ、おやすみなさい。次会うときに、生きてるといいね? 
 せいぜい生きてみろ」


 ジュノンはそう言い残して、闇夜に消えた。
 彼女がUnfinishedの味方をするのは、ヤナギハラ・ウタに興味を持ったのはもちろんのこと、個性の塊'sの他のメンバーがUnfinishedを気にかけているのが大きかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑
恋愛
婚約者に大事にされていなかったので記憶喪失のフリをしたら、婚約者がヘタレて溺愛され始めた話です。 2/27 完結

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました

上野佐栁
ファンタジー
 前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

処理中です...