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おばけ? 妖怪? 違います!

人成らざる者

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 馬車に揺られて一時間ほど。僕らはカロックに到着した。
 確かに大きな街で、人も行き交い、賑やかだ。馬車を降りると、ロインが僕らにこう提案した。


「よければ、僕らと同じ宿屋に。もう少し話したいっていうのと、この辺、六人も泊まれるような大きな部屋がある宿はほとんどないんだ。探すのも困るだろうし」


 僕ら……特に僕とアリアさんは、喜んでそれを受け入れた。国同士の付き合いではない。友人として、僕らを気遣ってくれているのがひしひしと伝わってきたからた。
 そもそも冷え込んでいたというマルティネスとクラーミルの仲だが、これを機に関係がよくなることを純粋に願った。

 ……それを影から見つめる人物に気づかずに。


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


 ……と、思ったのだけど、


「しまった六人部屋だと必然的にアリアさんと同じ部屋じゃん……」


 ふ、不覚だ……。男女で別れて3、3でよかったはずなのに、六人部屋を受け入れてしまった。


「あれ? 姉さんから聞いたんだけどな。最初の街からほぼずっと同じ部屋だって」

「事故に事故が重なっただけなんだよ……。僕はそれなりにアリアさんを意識してるからひやひやして……」

「そうだったんだ……。ごめん、そうとは知らずに」

「いや、ロインのせいじゃないし、大丈夫だよ! どちらかというとアリアさんのせい……。
 それにこの部屋……」


 僕は案内された部屋を改めて見渡す。
 備え付けられた大きなキッチン。頭上には大きなシャンデリア。フカフカのソファーにベッド。正面には大きな窓があり、そもそも部屋が五つある。なんだこの部屋。すごい。


「豪気すぎない?」

「そうかな?」

「しかも宿代いらないって……それは、申し訳ないというかなんというか」

「僕はアリア姫やウタと話せるだけで嬉しいからね。それは……姉さんも同じみたいだし」


 ロインが視線を向ける先、そこにはアリアさんと二人でにこやかに手話でやり取りするレイナ様の姿があった。


「あんなに嬉しそうなの、久しぶりに見たよ」

「……そっか」

「ウタ兄! 来てみろよ! このベッドふっかふか!」

「ウタさん! あ、あれ! なんですか!?」

「行ってあげなよ」

「そうだね。うん! 今行くから!」


 ロインはアリアさんとレイナ様の会話に混ざり、僕は二人のもとへと向かう。そうして話していると、ふと、もう二人が見当たらないことに気がついた。


「あれ?」

「どうしたのウタ兄」

「スラちゃんとドラくんは?」

「それならさっき、お風呂を見に行きましたよ」

「ありがとう。ちょっと行ってくるね」


 僕はバスルームに続く扉を開く。ロインが、トイレは個室になっていると言っていたから、それに関して心配することはないだろう。
 そうして中に入ると、不意に二人の声が聞こえてきた。


「……自分が人でないことを、気にしているのか?」


 そう言うドラくんの声に、思わず足を止めた。その声からしばらくして、乾いた小さな笑いが聞こえる。


「あはは……まぁね。ぼくは、ウタたちと同じ人じゃない……。ドラくんみたいに強くもない。この間も守られて、怪我させちゃった」

「ウタ殿は、人でないことなど気にしないと思うが? どうあがいても我らはスライムとドラゴン。それは退けることの出来ない事実だ。
 それに……ウタ殿は、我よりも強い。だからこそ、我も守りきることが出来ない。お主だけが気負う必要はない」

「でも」

「それと……これは前から聞きたかったのだが、お主はレベル1のウタ殿に使役された。つまりその瞬間、お主はレベル1だった。
 ……自然界には、レベル1の魔物など、生まれたての赤子でもほぼあり得ないというのに、お主はレベル1だった」

「…………」


 ……僕は影で息をのんだ。僕はずっと、スラちゃんは、自然界からアリアさんがつれてきて、僕の訓練のためにと出してきたのだと思っていた。しかし、違うのか……?


「……お主は、何者だ? ただのスライムではあるまい。そもそも知能の低いスライムが、ここまで人の言葉を理解できるのも不思議なものだ」

「……ドラくんは、どう思う?」

「我か? 我はそうだな……一番簡単に考えられるのは『実験』というやつだな。
 近頃、人の知能を魔物に植え付けて味方に出来ないかという実験が行われていると聞いた。まぁ極一部の連中だが。それで実験するとすれば、まずは攻撃力の低い、スライムから、とかになるだろうな」

「…………」

「どうだ?」


 顔は見えない。しかし、泣いているのかもしれないと思った。次に聞こえてきた声は、酷く震えていた。


「……さすが、だね」

「…………」

「ぼくは……人じゃないし、スライムだったのかも……もう、よく分からない。人の知能を植え付けられて、それでも人にはなれなくて、その違いが苦しくて……」

「そうか」

「でも、ウタはぼくを、受け入れてくれたから。だからぼくは……ウタのこと、守りたいって思って。ウタとずっと一緒にいたいって……」

「あぁ」

「ウタは……こんなぼくでも、受け入れてくれるかな」


 当たり前だ。そう言おうとしたのよりほんの一瞬早く、ドラくんが言う。


「当たり前だろう。我らが遣えている主だ。……なぁ、ウタ殿」

「……え」

「聞いていたのだろう? 我はこれでも耳がよいのでな」

「ウタ……?」


 隠れていた気まずさでスゴスゴと出ていくと、スラちゃんが泣きはらした目をこちらに向けた。ドラくんはその頭に手をやり、優しく撫でていた。


「……その、ぼく…………」

「受け入れないわけないじゃん」

「……いいの? だって」

「スラちゃんはスラちゃんなんだから、人でも人じゃなくても、スライムでもスライムじゃなくても、僕は受け入れるよ」


 そのあと、スラちゃんは僕に抱きついてわっと泣き出してしまったので、結局みんなにも気づかれ、一通りを話すことになったのだった。
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