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声にならない声を聞いて
いいんじゃないですか?
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僕らはドラくんに乗り、王都を目指した。まだ本調子でないのか、ドラくんのスピードは遅い。
アリアさんと僕の『勇気』はちょっと前に解けてしまった。
アリアさんはどこか遠くを見つめながら、そっと呟く。
「……もし、私が旅を止めると言ったら、どうする?」
「……どうする、ですか?」
「あぁ。……お前なら、どうする? 私を助けたこと…………後悔するか?」
「それは絶対ないです」
僕は、その部分だけは強く否定した。もし、アリアさんが旅をやめたいと言ったら、僕にそれを止める資格はない。だって、アリアさんの人生だし、そもそも僕は、アリアさんの好きにしたらいいと言ったことだってある。
でも、アリアさんを助けたことを後悔するなんて、そんなことありえない。
「……そうか。後悔しないのか。
私がお前だったら、ちょっと後悔するかもしれないけどな」
「あれ? 後悔しちゃいます?」
「ま、しないけどな。『後悔をしない』ことが、父上との最後の約束だ。……破りかけたけど、お前が引き留めてくれた」
「…………アリアさん、旅、止めたいんですか?」
アリアさんはゆっくりと首を振る。そして、少し目を伏せた。
「やめたくは、ない。ウタと、ポロンと、フローラと、ドラくんと、スラちゃんと……まだ、行ってない場所が山ほどある。見てないものが山ほどある。……行ってみたい。見てみたい。せっかく貰ったチャンスを、無駄にしたくない。
それに、ディランだって、見つかっていないんだ。一人で国に戻ったって……」
でも、と、ひどく迷った様子で言う。
「私は、やっぱり、マルティネスの姫なんだ。それだけは、消せない事実なんだ。
父上がいなくなった今、王位継承者は私しかいない。本来なら、迷うという選択肢すらない。国に戻らないといけない。
……っ、でも! 私は、みんなとまだ一緒に旅を続けたい!」
「…………」
「……それが、」
本来認められないことだとしても。
と、そうアリアさんは付け足す。確かに、本来なら決して認められることがないわがままだろう。
「……アリアさん、」
でも、この人ならば、案外簡単に認められてしまうこともあるのだ。
「え?」
「ほら……見てみてくださいよ」
視線の先。そこからは、森の木々が割れて、隙間から街がほんの少しだけ見えていた。アリアさんはその先の景色を見て、必死に何かをこらえるように、僕の袖をぎゅっと握りしめた。
「ウタ……なん、だ、あれ……」
「多分ですけど……あれが、答えなんじゃないですか? アリアさんの迷いを断ちきるための、答え」
アリアさんの瞳から、涙が溢れ出す。隠しもせず、拭いもせず、気づいてすらいないようだった。無意識に涙を溢れさせつつも、アリアさんは笑っていた。
僕らの視線の先、そこは、アリアさんの帰りを待ち望んでいた人で溢れかえっていた。彼ら一人一人の顔が見えてくると、アリアさんはハッとして横を向き、ごしごしと涙をぬぐう。それでも止まらないのか、困ったように目を泳がせる。
僕はその手を、なるべく優しく制した。驚いたようにこちらを見るアリアさんに、ちょっと笑って見せた。
「……あんまり擦っちゃダメですよ。目、腫れちゃいますから。ほどほどにしてください」
「だ、だって、あんな状況でハンカチなんて持ってこなかったし、こんな顔……見せられない。強くあらなきゃいけないのに……」
「強くなくていいんですよ」
「……え?」
その言葉が意外だったのか、アリアさんはキョトンとしたような顔で僕を見上げる。その目はすでに赤く腫れていて、ちょっと痛そうだった。
泣き止んだら回復魔法をかけよう。そう思いながら、僕は言う。
「強くなくて、いいです。泣いてください、アリアさん。
あそこにいる人たちは、みんな、アリアさんのことが大好きな人です。ちょっとアリアさんが泣いたからって、アリアさんのこと嫌いになったりしないです。だから……この人たちの前でくらい、泣いてもいいんじゃないですか?」
「…………」
アリアさんは涙を拭うのを止め、真っ直ぐに自分を愛する人を見て、微笑んだ。
「……変わったな、お前も」
「僕も……ですか?」
アリアさんはうなずくと、ちょっとした思い出話をする。
「ほら、私たちがこの街を出る前、私が催涙スプレーでやらかしたことがあっただろう?」
「あー、ありましたね」
「あのとき、お前なんて言ったか覚えてるか?」
「えー? えっ……と…………」
「泣いたら! 塩分不足になります! 熱中症予防! ミネラル補給! だから、ダメです! ってな」
あー、そういえばそんなこと言ってたような……って、
「や、止めてください! なんかすごく恥ずかしい!」
「目が腫れますから! 赤くなりますから! 痛いですから! よけい泣いちゃいますから! ダメです!」
「あぅ……」
「あはは! そしてあげくには、私が泣いたらお前も泣くって言って、本当に泣いてたもんな」
「穴があったら入りたい……」
「ほら、分からないか?」
「…………?」
「前は『泣いちゃダメです』って言ってたのに、今は『泣いてください』って言ってるんだよ」
……そういえば、そうだなぁ。前は、アリアさんに泣かれて、どうしたらいいのか分からなくて、混乱して、それであんなことになった訳だけど……。今は、冷静だ。
「……そっか」
僕も、成長してるのか。
そう思った僕は、アリアさんの手を握った。
「ウタ?」
「早く行きましょ! みんな待ってます!」
「……あぁ! ドラくん! 飛ばしてくれ!」
「安全にいくぞ」
これでようやく、いつも通りに戻る。やっと……。
アリアさんと僕の『勇気』はちょっと前に解けてしまった。
アリアさんはどこか遠くを見つめながら、そっと呟く。
「……もし、私が旅を止めると言ったら、どうする?」
「……どうする、ですか?」
「あぁ。……お前なら、どうする? 私を助けたこと…………後悔するか?」
「それは絶対ないです」
僕は、その部分だけは強く否定した。もし、アリアさんが旅をやめたいと言ったら、僕にそれを止める資格はない。だって、アリアさんの人生だし、そもそも僕は、アリアさんの好きにしたらいいと言ったことだってある。
でも、アリアさんを助けたことを後悔するなんて、そんなことありえない。
「……そうか。後悔しないのか。
私がお前だったら、ちょっと後悔するかもしれないけどな」
「あれ? 後悔しちゃいます?」
「ま、しないけどな。『後悔をしない』ことが、父上との最後の約束だ。……破りかけたけど、お前が引き留めてくれた」
「…………アリアさん、旅、止めたいんですか?」
アリアさんはゆっくりと首を振る。そして、少し目を伏せた。
「やめたくは、ない。ウタと、ポロンと、フローラと、ドラくんと、スラちゃんと……まだ、行ってない場所が山ほどある。見てないものが山ほどある。……行ってみたい。見てみたい。せっかく貰ったチャンスを、無駄にしたくない。
それに、ディランだって、見つかっていないんだ。一人で国に戻ったって……」
でも、と、ひどく迷った様子で言う。
「私は、やっぱり、マルティネスの姫なんだ。それだけは、消せない事実なんだ。
父上がいなくなった今、王位継承者は私しかいない。本来なら、迷うという選択肢すらない。国に戻らないといけない。
……っ、でも! 私は、みんなとまだ一緒に旅を続けたい!」
「…………」
「……それが、」
本来認められないことだとしても。
と、そうアリアさんは付け足す。確かに、本来なら決して認められることがないわがままだろう。
「……アリアさん、」
でも、この人ならば、案外簡単に認められてしまうこともあるのだ。
「え?」
「ほら……見てみてくださいよ」
視線の先。そこからは、森の木々が割れて、隙間から街がほんの少しだけ見えていた。アリアさんはその先の景色を見て、必死に何かをこらえるように、僕の袖をぎゅっと握りしめた。
「ウタ……なん、だ、あれ……」
「多分ですけど……あれが、答えなんじゃないですか? アリアさんの迷いを断ちきるための、答え」
アリアさんの瞳から、涙が溢れ出す。隠しもせず、拭いもせず、気づいてすらいないようだった。無意識に涙を溢れさせつつも、アリアさんは笑っていた。
僕らの視線の先、そこは、アリアさんの帰りを待ち望んでいた人で溢れかえっていた。彼ら一人一人の顔が見えてくると、アリアさんはハッとして横を向き、ごしごしと涙をぬぐう。それでも止まらないのか、困ったように目を泳がせる。
僕はその手を、なるべく優しく制した。驚いたようにこちらを見るアリアさんに、ちょっと笑って見せた。
「……あんまり擦っちゃダメですよ。目、腫れちゃいますから。ほどほどにしてください」
「だ、だって、あんな状況でハンカチなんて持ってこなかったし、こんな顔……見せられない。強くあらなきゃいけないのに……」
「強くなくていいんですよ」
「……え?」
その言葉が意外だったのか、アリアさんはキョトンとしたような顔で僕を見上げる。その目はすでに赤く腫れていて、ちょっと痛そうだった。
泣き止んだら回復魔法をかけよう。そう思いながら、僕は言う。
「強くなくて、いいです。泣いてください、アリアさん。
あそこにいる人たちは、みんな、アリアさんのことが大好きな人です。ちょっとアリアさんが泣いたからって、アリアさんのこと嫌いになったりしないです。だから……この人たちの前でくらい、泣いてもいいんじゃないですか?」
「…………」
アリアさんは涙を拭うのを止め、真っ直ぐに自分を愛する人を見て、微笑んだ。
「……変わったな、お前も」
「僕も……ですか?」
アリアさんはうなずくと、ちょっとした思い出話をする。
「ほら、私たちがこの街を出る前、私が催涙スプレーでやらかしたことがあっただろう?」
「あー、ありましたね」
「あのとき、お前なんて言ったか覚えてるか?」
「えー? えっ……と…………」
「泣いたら! 塩分不足になります! 熱中症予防! ミネラル補給! だから、ダメです! ってな」
あー、そういえばそんなこと言ってたような……って、
「や、止めてください! なんかすごく恥ずかしい!」
「目が腫れますから! 赤くなりますから! 痛いですから! よけい泣いちゃいますから! ダメです!」
「あぅ……」
「あはは! そしてあげくには、私が泣いたらお前も泣くって言って、本当に泣いてたもんな」
「穴があったら入りたい……」
「ほら、分からないか?」
「…………?」
「前は『泣いちゃダメです』って言ってたのに、今は『泣いてください』って言ってるんだよ」
……そういえば、そうだなぁ。前は、アリアさんに泣かれて、どうしたらいいのか分からなくて、混乱して、それであんなことになった訳だけど……。今は、冷静だ。
「……そっか」
僕も、成長してるのか。
そう思った僕は、アリアさんの手を握った。
「ウタ?」
「早く行きましょ! みんな待ってます!」
「……あぁ! ドラくん! 飛ばしてくれ!」
「安全にいくぞ」
これでようやく、いつも通りに戻る。やっと……。
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