149 / 387
声にならない声を聞いて
最終選択
しおりを挟む
「アリアが教えた……? なにか合図か? それとも魔法?」
ミーレスが混乱したように問いただす。僕はミーレスに背を向けないようにしつつアリアさんに目を向ける。
その瞳は、恐怖に満ちていた。震えながら僕とミーレスを交互に見て、なにか言いたげに目を伏せた。
今の時点では怪我はないようだ。腕につけられている鎖もたいして頑丈なものではなく、隙さえあれば壊せそうだ。
しかし……服が少し破け、真っ赤に汚れているところをみると、相当痛めつけられたようだ。見ているだけで心が苦しくなってきて、息が詰まった。
「どれでもないですよ。僕はただ、アリアさんの声を聞いたから、それに従っただけです」
「声……? 声を失っているアリアの声を聞いたのか? 幻聴とかじゃないのかなぁ。だって、音として存在していないのに、聞こえるわけないじゃないか!」
「僕には聞こえます。一言一句、しっかりと」
僕とミーレス、似ているところは、ひょっとしたらあるのかもしれない。人間だから、それはそれで仕方ないのかもしれない。
そんな僕らの一番の大きな違いは、声を失ったアリアさんの声が聞こえるかどうか、だ。
……初めて声を失ったアリアさんが、僕に訴えた言葉。忘れるなんて出来ない言葉。
あのとき、アリアさんは確実に言っていた。
『怖い』『光が見えない』と。
「アリアさんの声を聞くことができない人に、僕は絶対負けません」
「……言うじゃないか。なら、やってみなよ。私からアリアを奪いたいなら、力で黙らせてみな。……アイス」
ミーレスが窓に手のひらを向けると、氷の塊が窓にぶつかり、派手な音をたて、ガラスを割る。
「ここだとアリアを巻き込みかねないからねぇ。血に染まるアリアは美しいが……巻き添えで、というのは美学に反する」
なんだその美学って……。苛立ちをおぼえつつも、アリアさんを巻き込みたくないのは僕も同じだ。
ミーレスは窓枠に足をかけ、思い出したように言った。
「あーそう。私は鬼じゃない。少しくらい待ってあげてもいいからね? それで、あなたがアリアを諦めてくれるなら」
そして外に飛び降りる。僕は外に行こうとして、一度引き返し、アリアさんの腕の鎖に手をかけた。
「アリアさん……これ、外していきますから、逃げてください」
「……っ」
首を振り、鎖を僕から遠ざける。
前にも、アリアさんは逃げることを拒絶したことがある。でも、これはそのときとは違う。そのときは、僕が弱いから、僕だけでも逃がそうと……。
今は違う。勇気を発動させている僕は、決して弱くはない。僕の様子から、アリアさんも分かっているだろう。確かにミーレスは同じくらい強いけど、僕だって勝てる可能性がある。それでも、逃げない。
「――っ! ――――!」
「アリアさん……」
怖いのだろう。きっと、脅されている。逃げ出したら、街を襲うとか、誰かを殺すとか。なによりも、その原因が自分になってしまうのが、怖いのだろう。
「僕は、あなたが逃げない限り、逃げませんよ」
「――――っ!」
アリアさんは懸命に僕を逃がそうとする。自分は、逃げる資格がないと思っているから。
「分かってます。勇気の発動時間は短いです。でも、僕はあなたを助けます」
「……――――?!」
……そんな脅し文句は、僕には通じない。
「……アリアさんは、何も裏切ってないです。あなたがみんなを裏切った悪であるのなら、僕はその仲間です!
アリアさんが正義だろうが悪だろうが、僕はアリアさんの仲間です! だから……!」
「…………」
アリアさんは、首を振る。そんなことを言うなと。
「アリアさんがあいつのことを恐れるなら、僕が倒します。必ず、倒します」
アリアさんは、首を振る。そんなこと無理だと。出来るわけないと。
……僕のステータスを完全にコピーされた上に強力な闇魔法。ドラくんは戦闘不能。勇気は、いつ切れるか分からない。発動させているところで、ほぼ意味がない。
でも……。
「僕がやります。出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないんです! 仲間のためには!」
……今は、鎖を外せそうにないな。そう思った僕は踵を返し、アリアさんの恐怖の根元を絶つことにした。
その僕を引き留めるように、じゃらり、と小さく、鎖の音がする。
「……アリアさん」
「…………」
アリアさんは、また首を振る。あいつはお前の力と同じ力を持つ。いくら勇気が発動していても、無理だ、と。だから、やめろと。
「…………大丈夫ですよ。なんとかなります。それに、なんとかならなくたっていいんです。なにもしないよりは」
「――っ!」
「……それとも、アリアさんはここにいたいんですか? それなら、僕はなにもしません。
帰りたく、ないんですか?」
…………。
アリアさんは、少し躊躇ったようにうつむき、それからフルフルと頭を横に振った。
…………それがあなたの答えなら、僕は……。
「……――――」
「確かに、バカかもしれません。でも、僕はやらなきゃいけないんです。出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないんです!
……待っててください。その鎖は、必ず僕がちぎりますから」
そう言い残すと、僕は窓から飛び降りた。
……アリアさんが、何者であろうと関係ない。アリアさんは僕を助けてくれて、僕はアリアさんに助けられた。それだけが、僕の中の事実で、真実だ。
ミーレスが混乱したように問いただす。僕はミーレスに背を向けないようにしつつアリアさんに目を向ける。
その瞳は、恐怖に満ちていた。震えながら僕とミーレスを交互に見て、なにか言いたげに目を伏せた。
今の時点では怪我はないようだ。腕につけられている鎖もたいして頑丈なものではなく、隙さえあれば壊せそうだ。
しかし……服が少し破け、真っ赤に汚れているところをみると、相当痛めつけられたようだ。見ているだけで心が苦しくなってきて、息が詰まった。
「どれでもないですよ。僕はただ、アリアさんの声を聞いたから、それに従っただけです」
「声……? 声を失っているアリアの声を聞いたのか? 幻聴とかじゃないのかなぁ。だって、音として存在していないのに、聞こえるわけないじゃないか!」
「僕には聞こえます。一言一句、しっかりと」
僕とミーレス、似ているところは、ひょっとしたらあるのかもしれない。人間だから、それはそれで仕方ないのかもしれない。
そんな僕らの一番の大きな違いは、声を失ったアリアさんの声が聞こえるかどうか、だ。
……初めて声を失ったアリアさんが、僕に訴えた言葉。忘れるなんて出来ない言葉。
あのとき、アリアさんは確実に言っていた。
『怖い』『光が見えない』と。
「アリアさんの声を聞くことができない人に、僕は絶対負けません」
「……言うじゃないか。なら、やってみなよ。私からアリアを奪いたいなら、力で黙らせてみな。……アイス」
ミーレスが窓に手のひらを向けると、氷の塊が窓にぶつかり、派手な音をたて、ガラスを割る。
「ここだとアリアを巻き込みかねないからねぇ。血に染まるアリアは美しいが……巻き添えで、というのは美学に反する」
なんだその美学って……。苛立ちをおぼえつつも、アリアさんを巻き込みたくないのは僕も同じだ。
ミーレスは窓枠に足をかけ、思い出したように言った。
「あーそう。私は鬼じゃない。少しくらい待ってあげてもいいからね? それで、あなたがアリアを諦めてくれるなら」
そして外に飛び降りる。僕は外に行こうとして、一度引き返し、アリアさんの腕の鎖に手をかけた。
「アリアさん……これ、外していきますから、逃げてください」
「……っ」
首を振り、鎖を僕から遠ざける。
前にも、アリアさんは逃げることを拒絶したことがある。でも、これはそのときとは違う。そのときは、僕が弱いから、僕だけでも逃がそうと……。
今は違う。勇気を発動させている僕は、決して弱くはない。僕の様子から、アリアさんも分かっているだろう。確かにミーレスは同じくらい強いけど、僕だって勝てる可能性がある。それでも、逃げない。
「――っ! ――――!」
「アリアさん……」
怖いのだろう。きっと、脅されている。逃げ出したら、街を襲うとか、誰かを殺すとか。なによりも、その原因が自分になってしまうのが、怖いのだろう。
「僕は、あなたが逃げない限り、逃げませんよ」
「――――っ!」
アリアさんは懸命に僕を逃がそうとする。自分は、逃げる資格がないと思っているから。
「分かってます。勇気の発動時間は短いです。でも、僕はあなたを助けます」
「……――――?!」
……そんな脅し文句は、僕には通じない。
「……アリアさんは、何も裏切ってないです。あなたがみんなを裏切った悪であるのなら、僕はその仲間です!
アリアさんが正義だろうが悪だろうが、僕はアリアさんの仲間です! だから……!」
「…………」
アリアさんは、首を振る。そんなことを言うなと。
「アリアさんがあいつのことを恐れるなら、僕が倒します。必ず、倒します」
アリアさんは、首を振る。そんなこと無理だと。出来るわけないと。
……僕のステータスを完全にコピーされた上に強力な闇魔法。ドラくんは戦闘不能。勇気は、いつ切れるか分からない。発動させているところで、ほぼ意味がない。
でも……。
「僕がやります。出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないんです! 仲間のためには!」
……今は、鎖を外せそうにないな。そう思った僕は踵を返し、アリアさんの恐怖の根元を絶つことにした。
その僕を引き留めるように、じゃらり、と小さく、鎖の音がする。
「……アリアさん」
「…………」
アリアさんは、また首を振る。あいつはお前の力と同じ力を持つ。いくら勇気が発動していても、無理だ、と。だから、やめろと。
「…………大丈夫ですよ。なんとかなります。それに、なんとかならなくたっていいんです。なにもしないよりは」
「――っ!」
「……それとも、アリアさんはここにいたいんですか? それなら、僕はなにもしません。
帰りたく、ないんですか?」
…………。
アリアさんは、少し躊躇ったようにうつむき、それからフルフルと頭を横に振った。
…………それがあなたの答えなら、僕は……。
「……――――」
「確かに、バカかもしれません。でも、僕はやらなきゃいけないんです。出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないんです!
……待っててください。その鎖は、必ず僕がちぎりますから」
そう言い残すと、僕は窓から飛び降りた。
……アリアさんが、何者であろうと関係ない。アリアさんは僕を助けてくれて、僕はアリアさんに助けられた。それだけが、僕の中の事実で、真実だ。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どーでもいいからさっさと勘当して
水
恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。
妹に婚約者?あたしの婚約者だった人?
姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。
うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。
※ザマアに期待しないでください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる