上 下
141 / 387
声にならない声を聞いて

しおりを挟む
 それからまた三日経った。僕はアリアさんの部屋のカーテンを開く。綺麗に晴れ渡った空を見ながら、僕は大きく息をした。


「ふぅ……いい天気ですね」


 アリアさんは椅子に座り机に向かったままペンを手に取ると、文字を書く。


『そうだな』


 あの日以降、僕はほとんどの時間をここで過ごした。さすがに寝るときは部屋に帰っているが……寝つくまではいて欲しいとか言われて、ドキドキしながらアリアさんの顔を見ている……なんてことも。

 もう……。こんな状況の時に言うことじゃないかもしれないけど、僕は男だし、アリアさんは女性なんですよ? ちょっとはこう……警戒心というか、そういうのを持っていただけるとありがたいのですが?


 ……まぁ、もういいとしよう。
 そんなことを考えている僕の肩を、アリアさんがツンツンとつつく。


「どうしました?」

『あのな、お願いがあるんだが、頼まれてくれるか?』


 アリアさんは女性らしい文字でそう綴ると、僕のことを見上げてきた。


「もちろんいいですけど……。なんですか? お願いって」


 アリアさんは小さく微笑んで、こんなことを書いた。


『あのな、ゼリーが食べたいんだ』

「ゼリー……ですか? 買ってくればいいんですか? にしても、またどうしてそんな……」


 アリアさんは誤魔化すようにちょっと笑って、それから少し顎に手をやり、うーんと考えたのちにペンを握り直す。


『バカにするなよ?』

「しませんよ」

『ゼリーが好きなんだ。っていうのは、私の記憶のなかで母上が作ってくれたからだ』


 ……そう、なんだ。


『ずっと部屋にいるからな。甘いものが食べたくなったんだ。買ってきて欲しい。頼まれてくれるか?』


 もちろん、僕は首を縦に振ってうなずいた。


「ゼリー、買ってくればいいんですね? じゃあわかりました」

『ありがとう。そろそろ、外に出られるようになったらいいんだが』

「声くらいでなくても大丈夫ですよ」

『でも、ここにいるよ。待ってるから』

「はい。……一人で、大丈夫ですか?」

『いやいや、少しくらい大丈夫だよ』

「よかった。……じゃあ、行ってきますね」

「……――――」


 アリアさんに見送られて僕は何日かぶりに街に出た。今日はエマさんがいない。ギルドの方へどうしても行かなくてはならなかったのだ。だから、一応エドさんに声はかけてきた。
 あの日から時間が経ったということもあって、だんだんみんな外に出始めている。
 活気が失われていた街にも、少しずつ色が戻る。

 僕は以前アリアさんにケーキを買った洋菓子店へと足を運んだ。ここにこだわりがあるわけじゃないが、ここ以外に知らない。


 ……ふとその時、激しい悪寒に襲われる。
 何事かと思ったが、その思考が追い付く前に、悲鳴が上がる。ハッとしてそちらを見ると、地面から真っ黒い針のようなトゲのようなものが生え、街の人の体を貫いていた。
 僕はそこに駆け寄ろうとしたが、至るところでトゲが現れては悲鳴が上がる。

 ……魔法? だとしたら誰が。

 僕が上を見上げると、もう二度と見たくなかった顔がそこで嘲笑っていた。


「……この街は美しい。さすがはアリアの国の王都だ。でも、そこに赤が足されることでもっと美しくなる。

 そうは、思わないか?」

「ミーレス……!」


 なんのためにこんなこと……! 激しい憤りを感じながら、僕は念のためにと持ってきていた剣を抜く。そのとき、後ろから見知った声が聞こえてきた。


「ウタくんっ! ……どうしてここに、アリアは!?」

「エドさんに任せてあります。大丈夫です」


 僕はアイテムボックスから回復薬を取り出す……と、中身がもう少ないことに気がついた。色んなところでちょくちょく使ってたからだろうか? ぼくは残りの回復薬と万能薬をエマさんに差し出した。


「そっち酸っぱいですけど、これで街の人を助けてあげてください。僕は……」


 ミーレスに目をやると、僕は剣を片手に走り出した。


「……敵うなんて、思わないで欲しいな」


 地面から何本ものトゲが伸びて、僕を襲う。それを避けながらだと、進むだけでも一苦労だ。
 それでもなんとか進んでいき、ミーレスにたどり着く。そして剣を振る。が、簡単に避けられた。


「どうして街をこんなに……!」

「嫌だなぁ。街なんて二の次に決まってるじゃないか。一番はアリア……彼女だよ。
 私のアリアに対する『執着』甘く見てもらっちゃ困るんだな」


 ミーレスはぐっと右手に力を入れると、大きく横に振る。


「ファイヤタイフーン!」

「っ……」


 熱い……。炎の熱さから逃げるように、僕は氷魔法を発動させる。


「アイスウォール!」


 氷の壁を作ると、炎の勢いはいくらかましになった。……あなどったら、本当に殺される。どうしたらいいんだろう。……そう、僕が思案し始めたとき、


「――――っ!!!」


 背後から叫び声が聞こえた。ハッとして振り向くと、小さな女の子に黒いトゲが迫っていた。……まだ気づいていない!


「シャインっ!」



 光魔法でそのトゲを弾き返す。と同時に、僕は声をあげた人物を見つけることができた。


「……っ、なんで!」


 それとほぼ同時に、ミーレスも声をあげる。


「見つけたぞ……。アリアぁっ!」

「…………!」


 僕らの視線の先、そこには、武器も防具も、なにも持たないアリアさんが、震えながら、隠れるようにして民家の後ろに立っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑
恋愛
婚約者に大事にされていなかったので記憶喪失のフリをしたら、婚約者がヘタレて溺愛され始めた話です。 2/27 完結

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました

上野佐栁
ファンタジー
 前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。

どーでもいいからさっさと勘当して

恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。 妹に婚約者?あたしの婚約者だった人? 姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。 うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。 ※ザマアに期待しないでください

処理中です...