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声にならない声を聞いて

一瞬ですよ

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 ウタが下に降りていったあと、私は再び一人になった。ぼんやりと曇った空を眺め、写真を手に取る。


「…………」


 父上……母上……。

 私なんかが思っちゃいけない。だって、全部私のせいだから。誰かが思ったとしても、私だけは、そう思っちゃいけない。
 でも――。


(どうして……)


 どうして、こんな思いをしなければならないのだろう。父上も母上も失って、一人きりになって、皇女という立場と責任に押し潰されながら、死ぬこともできず苦しいまま息をする。
 私は……なにか、悪いことをしたのだろうか? なにか罪を犯したのだろうか?

 そうであったとしたら、その事実をここに突きつけてほしい。お前はこんな悪人だから、苦しむべきなんだって。苦しまなきゃいけない運命なんだって。そうやってくれれば……私だってわりきれて、その罪を飲み込むのに。

 誰も罪を提示してくれない。私は悪くないと言ってくれる。


 それなら、どうして?


 ……ずっと、強くあろうと思ってきた。姉さんみたいに、強くて、優しくて、みんなを引っ張れるような姫になりたくて……。
 でも、私にはなれなくて。それが罪なのか? 姫としての役割を果たせていない。それが罪なのか?

 どうすれば許される?
 どうしようもない……?


 …………ふと、机の上のハサミに目がいった。

『死ねば楽になるかな』

 そんな考えが頭をよぎる。
 ふらふらと椅子から立ち上がり、机に歩み寄る。ハサミの刃は光を反射してキラキラと輝いていた。
 こんなことしちゃいけない。考えちゃいけない。……そう思いつつも、私の手はゆっくりと、それに伸びていった。

 その手を、誰かの手が優しく、しかし強くつかむ。


「…………!」

「……なに、してるんですか?」


 ウタは、今までに見せたことのないような表情で、私を見つめた。


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


 アリアさんの様子を見に行って正解だった。
 ほんの少しの違和感だった。エマさんとの話が終わって、部屋に帰ろうと階段を上っていくと、アリアさんの部屋から、なにかが倒れるような、そんな音がした……気がしたのだ。

 気のせいかもしれない。でも……もしもアリアさんが倒れたりしていたら大変だ。なんでもなかったらそれでいい。そう思って、アリアさんの部屋の扉を叩いた。


「アリアさん、僕です。中いれてくれませんか?」


 返事が返ってこない。唐突に心配になって、鍵がかかっているはずのドアノブに手をかける。……と、あっけなく開いてしまった。
 鍵をかけ忘れた……? そんなことを思いながら扉を開けて部屋に入ると、一瞬、目の前の光景に目を奪われた。

 倒れた椅子。音がしたのはこれだったのだろう。……さっきまでアリアさんが座っていた椅子だ。
 そのアリアさんはというと、ぼおっとした表情のまま机の前に立っていた。僕に気づいてすらいない。
 その視線の先には、鋭利な刃をギラギラと光らせるハサミ……。何を考えているのか、嫌な予感がした。

 僕の思考がそれにたどり着くとほぼ同時に、アリアさんはゆっくりと、ハサミに手を伸ばす。僕はとっさにその手を掴んだ。


「……なに、してるんですか?」

「…………!」


 アリアさんは驚いたように僕を見たあと、机の上に視線を落として、ハッとしたように一歩後ずさった。その反動でバランスを崩したアリアさんの体をそっと支え、ベッドに座らせる。
 そして、僕はアリアさんの前にしゃがみこみ、うつむくアリアさんと目を合わせようとした。が、逸らされてしまう。


「…………なに、しようとしてたんですか?」

「…………」


 なにも答えない。喋れないからじゃない。黙り込んでいるだけだ。


「ハサミで……何をしようとしていたんですか?」


 ただ無言でうつむくだけのアリアさん。……あの反応から察するに、ほぼ無意識だったのだろう。それでも、一歩遅ければ、もしかしたら…………。


「……アリアさん、自分のことを身勝手だって言いましたよね? 勝手に国を出て、勝手に冒険者になって」

「…………」

「それは身勝手じゃないって、僕は言いました。その言葉に変わりはありません。
 でも……今とろうとしていて行動は、身勝手そのものじゃないんですか?」

「――っ! …………――」


 言い返そうとしたアリアさんだったが、それ以上の言葉が見つからなかったのか、弱々しく僕を見る。


「死ぬのって……一瞬ですよ?」


 一度死んだ僕だからわかる。『死』は一瞬で、その瞬間は恐怖もなにもないのだ。その瞬間は、なにも感じないのだ。


「一瞬で……何もかも終わらせることができるんです。苦しみからも、逃げることができるんです」

「…………」

「終わらせていいんですか? マルティネスの血筋を、一瞬で」


 アリアさんは黙ったまま、首を横に振る。
 ……普段のアリアさんならば、あんなこと、決してしないだろう。でも、今は普段じゃない。それでも、僕はそのアリアさんの意思を確認できただけでも安心した。


「……じゃあ、もう、あんなことしないでくださいね」


 こくりとうなずいたアリアさんは、紙とペンと手に取り、何かを書きなぐる。


『あれは無意識だったんだ。気がついたらそうしていた。私は本当は生きたい。死にたくない。だから』


 そこから先、ペンが動かず、アリアさんは立ち尽くした。僕は文字を読んで、そっと呟いた。


「……どんなことがあっても、生きてなきゃダメです。死んだら絶対後悔します」


 僕も、そうだった。楽になったと思ったのに……。


「これからは、寝るとき以外、僕がアリアさんと一緒にいます。アリアさんが死のうとしたら、止めますから」


 アリアさんはうなずいて、紙にこう綴った。


『ありがとう』



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



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