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声にならない声を聞いて
星
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その日の夜、僕はそっと、アリアさんの部屋に向かった。まぁ、呼ばれたから行くだけなんだけど。
(……ご飯食べてる間は、みんな笑顔になれてよかったなぁ。そりゃ、笑ってばっかりはいられないけど……気持ちも切り替えないとね)
そして、二階のアリアさんの部屋の前に来る。……エヴァンさんの部屋と近い。それを横目に見ながら、僕は扉を軽く叩く。
「誰だ?」
「僕ですよ」
「あぁ、ウタか。入ってくれ」
そう言われたので、僕は扉を開けて中にはいる。
……部屋のなかは、真っ暗だった。それを確認すると同時に、ふわっと風が僕の横を通りすぎる。
正確には、部屋は真っ暗じゃなかった。電気はついてなかったけど、開け放たれた大きな窓から、月明かりが差し込んでいた。
その光にキラキラと髪を輝かせ、優しく微笑んで、アリアさんは立っていた。
金色の髪が、優しく吹き込む風になびく。それを細く、白い指で絡めとるアリアさんは、美しかった。
「どうした? 早くこっちに来い」
「あ、はい!」
慌てたように言う僕の、何がおかしかったのか。アリアさんはクスクスと笑い、僕に駆け寄り、手を取った。
「ほら、見てみろ!」
「え、あ……」
アリアさんに連れられて空を見上げると、そこには無数の星が瞬いていた。キラキラと輝く星と、その下には街の光。そして、大きな月。
「うわぁ……きれいですね」
「あぁ。……あの星は、月の灯りにも負けないで輝いているんだな」
一瞬だけ目を伏せて、アリアさんが呟く。
「……小さいとき、母上が言っていた。死んだ命は星になるって」
「…………」
「私がよく、街の人が死んだのを悲しんで泣いたからだな。見かねてのことだろう。
でも、楽になった。死んで、それで終わりじゃないんだって思えたからな。もしかしたら、父上も母上も、お前みたいに転生して、どっかで平和に暮らしてるかもしれないってね」
アリアさんが、僕と同じように空を見上げながら言う。僕はうなずきながら、笑った。
「まぁ、そうですね。実際僕は転生してますしー、僕がいた世界では大体のものが神様になってましたから」
「そうなのか?」
「人が大事にしていたものは全部神様なんです! つくも神って言って……あ! あと、世界に大きな影響を与えた人なんかは神様として奉られてたりもしますよ。
年に一回死者が現世に帰ってくるって言われる日もあるくらいですから」
「そうなのか! ……本当に、帰ってきてくれるならいいな」
「ご先祖様をお迎えして、そしてまた送り出すんです。でも、そんなお話も知らないようなちっちゃい子は、なにも考えないでおはぎを食べるんです。
……あ、おはぎってわかります?」
「あぁ、わかるぞ! アキヒトの店に一時期おいてあった!
へぇー、本当はそんなときに食べるお菓子なのか」
「その時だけじゃないですけどね。みんなでご先祖様をお迎えして、おはぎを食べて……ちょっとだけ、ほっこりしますよね」
僕らは少し笑いあい、それから、間が空いた。……僕はアリアさんに向き直って問いかける。
「……あの、どうして僕を呼んだんですか?」
「あぁ……。改めて言う必要もないんだがな。なにしろ、こんなことを誰かに頼むなんて……初めてというか、なんというか……」
アリアさんも僕に向き直り、そう誤魔化すように笑った後に、少し真剣な表情になって言う。
「……今回の件は、正直、私にはショックが大きすぎた。まさかここまでとは、思ってなかったんだ」
そりゃそうだろう。急に国に戻るように言われて、理由を聞いたら、エヴァンさんが殺されたって言われて、見てみたらあまりにも無惨な殺され方で……。
これだけのことが短期間に起こって、ショックを受けないはずがない。
「だから……その、な。あまりにも一人で抱えすぎると、自分が壊れそうで怖いんだ」
「……はい」
弱々しく言うアリアさんに、僕はそう、一言だけ返した。
「母上の時は父上がいた。ディランもいた。でも……今は、いない」
「…………」
「なるべく周りには迷惑をかけたくない。ただでさえこんなときだ。エドやエマは、国を支える上でも大事な人だ。私のことまで任せるわけには、いかない」
だから……と、アリアさんは意を決したように僕を見た。
「お前に……心配、かけてもいいか? 頼ってもいいか? 私も、自分がどうなるか分からない。こんなことは初めてなんだ。だから、一人じゃ不安で、でも、これ以上他の誰かを頼るわけにも」
「大丈夫ですよ、そんなに一生懸命言わなくても」
いつまでも止まらないアリアさんの言葉を、僕はそう遮った。
「アリアさんがなんと言おうと、僕の答えは『YES』以外にありえませんから」
「……ウタ、いいのか?」
「逆に何でダメなんですか? アリアさんこそ、僕でいいんですか?」
「んー、やっぱり心もとないかな」
「ええっ?!」
ひとしきり笑ったあと、アリアさんは少し懐かしそうに言う。
「人前で泣いたの、すっごく久しぶりだったんだ」
「泣いた……え? あのときの?」
ミネドールで、夜、ベランダで一緒に話したとき、確かにアリアさんは涙を流していた。でもそれって、たった一滴……。
「あれでも、久しぶりだったんだ、なるべく一人で、迷惑かけないように。我慢してたのに……なんでかな。お前だと、いいやって気持ちになれるから。
理由は……そうだな、お前が泣き虫だからかな!」
「そ、それが理由ですか!?」
アリアさんは窓から離れ、部屋の電気をつけた。眩しさに一瞬目が眩む。
「ま、そうかもな。どちらにせよ……私は、お前を頼りたい。それで、いいか?」
……改めてこんなことを聞いてくる辺り、アリアさんは人間関係にかなり奥手で、可愛らしい。
そんなことを思いつつ、僕はしっかりとうなずいた。
「はい! もちろんです」
(……ご飯食べてる間は、みんな笑顔になれてよかったなぁ。そりゃ、笑ってばっかりはいられないけど……気持ちも切り替えないとね)
そして、二階のアリアさんの部屋の前に来る。……エヴァンさんの部屋と近い。それを横目に見ながら、僕は扉を軽く叩く。
「誰だ?」
「僕ですよ」
「あぁ、ウタか。入ってくれ」
そう言われたので、僕は扉を開けて中にはいる。
……部屋のなかは、真っ暗だった。それを確認すると同時に、ふわっと風が僕の横を通りすぎる。
正確には、部屋は真っ暗じゃなかった。電気はついてなかったけど、開け放たれた大きな窓から、月明かりが差し込んでいた。
その光にキラキラと髪を輝かせ、優しく微笑んで、アリアさんは立っていた。
金色の髪が、優しく吹き込む風になびく。それを細く、白い指で絡めとるアリアさんは、美しかった。
「どうした? 早くこっちに来い」
「あ、はい!」
慌てたように言う僕の、何がおかしかったのか。アリアさんはクスクスと笑い、僕に駆け寄り、手を取った。
「ほら、見てみろ!」
「え、あ……」
アリアさんに連れられて空を見上げると、そこには無数の星が瞬いていた。キラキラと輝く星と、その下には街の光。そして、大きな月。
「うわぁ……きれいですね」
「あぁ。……あの星は、月の灯りにも負けないで輝いているんだな」
一瞬だけ目を伏せて、アリアさんが呟く。
「……小さいとき、母上が言っていた。死んだ命は星になるって」
「…………」
「私がよく、街の人が死んだのを悲しんで泣いたからだな。見かねてのことだろう。
でも、楽になった。死んで、それで終わりじゃないんだって思えたからな。もしかしたら、父上も母上も、お前みたいに転生して、どっかで平和に暮らしてるかもしれないってね」
アリアさんが、僕と同じように空を見上げながら言う。僕はうなずきながら、笑った。
「まぁ、そうですね。実際僕は転生してますしー、僕がいた世界では大体のものが神様になってましたから」
「そうなのか?」
「人が大事にしていたものは全部神様なんです! つくも神って言って……あ! あと、世界に大きな影響を与えた人なんかは神様として奉られてたりもしますよ。
年に一回死者が現世に帰ってくるって言われる日もあるくらいですから」
「そうなのか! ……本当に、帰ってきてくれるならいいな」
「ご先祖様をお迎えして、そしてまた送り出すんです。でも、そんなお話も知らないようなちっちゃい子は、なにも考えないでおはぎを食べるんです。
……あ、おはぎってわかります?」
「あぁ、わかるぞ! アキヒトの店に一時期おいてあった!
へぇー、本当はそんなときに食べるお菓子なのか」
「その時だけじゃないですけどね。みんなでご先祖様をお迎えして、おはぎを食べて……ちょっとだけ、ほっこりしますよね」
僕らは少し笑いあい、それから、間が空いた。……僕はアリアさんに向き直って問いかける。
「……あの、どうして僕を呼んだんですか?」
「あぁ……。改めて言う必要もないんだがな。なにしろ、こんなことを誰かに頼むなんて……初めてというか、なんというか……」
アリアさんも僕に向き直り、そう誤魔化すように笑った後に、少し真剣な表情になって言う。
「……今回の件は、正直、私にはショックが大きすぎた。まさかここまでとは、思ってなかったんだ」
そりゃそうだろう。急に国に戻るように言われて、理由を聞いたら、エヴァンさんが殺されたって言われて、見てみたらあまりにも無惨な殺され方で……。
これだけのことが短期間に起こって、ショックを受けないはずがない。
「だから……その、な。あまりにも一人で抱えすぎると、自分が壊れそうで怖いんだ」
「……はい」
弱々しく言うアリアさんに、僕はそう、一言だけ返した。
「母上の時は父上がいた。ディランもいた。でも……今は、いない」
「…………」
「なるべく周りには迷惑をかけたくない。ただでさえこんなときだ。エドやエマは、国を支える上でも大事な人だ。私のことまで任せるわけには、いかない」
だから……と、アリアさんは意を決したように僕を見た。
「お前に……心配、かけてもいいか? 頼ってもいいか? 私も、自分がどうなるか分からない。こんなことは初めてなんだ。だから、一人じゃ不安で、でも、これ以上他の誰かを頼るわけにも」
「大丈夫ですよ、そんなに一生懸命言わなくても」
いつまでも止まらないアリアさんの言葉を、僕はそう遮った。
「アリアさんがなんと言おうと、僕の答えは『YES』以外にありえませんから」
「……ウタ、いいのか?」
「逆に何でダメなんですか? アリアさんこそ、僕でいいんですか?」
「んー、やっぱり心もとないかな」
「ええっ?!」
ひとしきり笑ったあと、アリアさんは少し懐かしそうに言う。
「人前で泣いたの、すっごく久しぶりだったんだ」
「泣いた……え? あのときの?」
ミネドールで、夜、ベランダで一緒に話したとき、確かにアリアさんは涙を流していた。でもそれって、たった一滴……。
「あれでも、久しぶりだったんだ、なるべく一人で、迷惑かけないように。我慢してたのに……なんでかな。お前だと、いいやって気持ちになれるから。
理由は……そうだな、お前が泣き虫だからかな!」
「そ、それが理由ですか!?」
アリアさんは窓から離れ、部屋の電気をつけた。眩しさに一瞬目が眩む。
「ま、そうかもな。どちらにせよ……私は、お前を頼りたい。それで、いいか?」
……改めてこんなことを聞いてくる辺り、アリアさんは人間関係にかなり奥手で、可愛らしい。
そんなことを思いつつ、僕はしっかりとうなずいた。
「はい! もちろんです」
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