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声にならない声を聞いて

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 街は、前よりも活気を失っていた。前は開いていたはずの店もシャッターが降り、しんと静まり返っている。人通りも少なく、子供の姿はほとんど見当たらない。


「…………」


 そして、前と同じ場所に、その店はあった。紫陽花の花や障子などはそのままに、『準備中』の札がかかっていた。
 僕はそっと息を飲み込んで、その障子の扉を叩いた。


「はいはいっと……ごめんなぁ、しばらくは店を休みにしようと思って…………」


 彰人さんは、扉の前に立った僕を見て、言葉を失い、立ち尽くした。


「……羽汰、だよな?」


 どういう顔をしていいのか分からなくて、僕は変な顔で笑った。


「……お久しぶりです、彰人さん」

「またどうしてここに……。と、とにかく! 中に入って入って!」


 彰人さんが、店の中にあげてくれた。適当に座ってるように言われたので、二人掛けの席に座って、ぼーっと待っていた。


「いやいや……どうしたよ、これまた急に。ほら! 羊羮とお茶だ。これしかなくてすまねぇなぁ」

「いえいえ! そんな……。こんなときですから」


 彰人さんは僕の向かい側の席に座ると、少し声をひそめて言った。


「……アリア様は、どんな感じだ?」

「えっと……。かなり、無理してると思います。ほとんど必要最低限のことしか話してくれませんし、ひどく思い詰めてるみたいで」

「そうか。……今は?」

「今は、エマさんと一緒にいますよ。明日……エヴァンさんの、葬儀をやるから、その予定を考えるとかで」


 すると彰人さんは目を伏せ、微笑みつつも、悲しそうに言った。


「くっそ……。あいつはまだ若いのによ。もったいねぇよなぁ…………」

「……寂しいんじゃないですか?」

「まぁな、そりゃ寂しいさ。でもそれ以上に……許せねぇな。あいつをあんな死なせ方したやつのこと」


 言い方こそ穏やかだったが、その背後には明らかな怒りが見えていた。


「僕だって……許せないですよ。なんのためにエヴァンさんを……。なにも、殺す必要なんてないじゃないですか」

「羽汰……」


 そこで、なにか切り替えるように明るく彰人さんは切り出した。


「ところでよ、ここに来たってのは、なんか理由があってのことなのか?」

「あっ」


 そういえば、まだお願いしたいことを言っていなかったことに、やっと気がついた。僕は一つ息を吐いて、うなずいた。


「実は、お願いがあって」

「お願い?」

「まぁ、彰人さんに会いたかったってのも本心なんですけどね」

「ははっ、言ってくれるじゃねーか。んで、なんだ? お願いって」

「えっとですね、さっきも言った通り、アリアさん、ずっと気を張ってて、無理してる感じなんです」


 彰人さんは再び神妙な面持ちになって、黙ってうなずく。


「だから、ちょっとでも元気になってほしくて。それで、彰人さんにお願いに来たんです」

「……って、具体的に何すりゃいいんだ? 俺はそんな大それたこと出来ねーよ?」

「だから、彰人さんにしか出来ないことをしてほしいんです」

「俺にしかできないことって…………」


 彰人さんは、何かを察したようにいたずらっぽく微笑んだ。


「なるほどな。っし、任せておけ! お前は上手く周りを説得しろよ?」

「はい! 頑張ります!」


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈


「戻ったぞ」

「あっ! アリアさん!」


 ひどく疲れた様子で帰ってきたアリアさんに、僕は駆け寄った。なんでも、明日の準備のために場所を見てきたんだとか。
 アリアさんは僕の肩にスラちゃんがいないのに気がつくと、少し驚いたように目を丸くした。


「お前……スラちゃんは、どうした?」

「……実はさっき、おさくさんに会って」

「おさく……?」


 エマさんが首をかしげる横で、アリアさんが声をあげる。


「おさくって、あの侍か? ……警備も厳しいのに、よく王都に入ってこれたな」

「まぁ、塊ですから。
 それで、エヴァンさんと会ってから、ずっとスラちゃんの様子がおかしくて……たぶんショックだったんだと思います。
 そしたら、おさくさんがスラちゃんを二人のところに連れてってくれるっていうので、お願いしました」

「そうか……。あいつならまぁ、信頼できるだろう。なんだかんだで助けてもらってたからな」

「そう……。それで、どうかしたの? アリアを待ってたみたいだけど」


 僕はそれを聞いて思い出して、アリアさんとエマさんの手を引いた。


「こっち、来てください!」

「えっ?」

「ウタ……?!」


 僕が二人をつれていったのは、ダイニングだ。かつて、エヴァンさんと三人で食事をしたところ……。


「……これは」


 ふわっといい香りが広がる。そこには、量は多くないものの、おいしそうな料理が置いてあった。


「アリア様、久しぶりだな」

「アキヒト! お前、どうしてここに」

「僕が呼んだんですよ。ちょっとでも、アリアさんに元気になってほしくて」


 驚いたようなアリアさんの後ろで、エドさんがため息をつく。


「全く……いきなり連れてくるんだもんな、驚いたよ」

「にいちゃん、入れてくれてありがとな!」

「いや、エヴァン様の背中のほくろの位置まで言われたんじゃ、信用せざるを得ないじゃないですか……」


 アリアさんはわずかに微笑みながら肩をすくめた。


「私のため、か……。ありがとう。でも、あんまり食欲が」

「食べないと倒れちゃいますよ」


 僕はアリアさんの手をさらに引いて、椅子に座るよう促した。どこか躊躇いつつも、バランスを保てなくなり、アリアさんは椅子に座る。


「それに、ずっと沈んでもいられません。僕だって……エヴァンさんと、笑って会えなかったのは悲しいし、そうした人には怒りを感じます。
 でも、切り替えも必要ですよ」

「……だけど、私は」

「泣くのを我慢するなら、せめて笑ってください。美味しいものを食べたら、ちょっとは心も軽くなるんじゃないかなって」


 アリアさんはしばらく視線を落としたあと、ため息を一つついて、諦めたように柔らかく笑った。


「お前には敵わないな、ウタ。
 ……そうだよな。国民を元気付けるには、まず自分が元気にならないとな!」

「そうですよ!」

「よし。今日の目標は、アキヒトの料理で、今ここにいる五人が笑顔になることだ! ……ずっと沈んでても、父上は喜ばないよな」


 そして、玉子サンドを手に取り、口に運び、ようやく笑顔を見せてくれた。
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