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ウタと愉快な盗賊くん

アリアの家族

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「過去について……ですか」


 ゆっくりとうなずいたアリアさんは、悲しそうだった。……笑っていたけど。


「別に、無理に話さなくてもいいんですよ? 過去を知らなくても、僕はアリアさんのことを知れますから」


 本心だった。誰にだって、言いたくない過去の一つや二つあるものだ。それを、わざわざ悲しい想いをさせてまで聞きたいとは思わない。
 しかし、アリアさんは首を振る。


「これからずっと、一緒に旅をしていくんだ。ディランのことも含めて、ちゃんと全部話しておきたい」

「…………分かりました」


 パイを一口口に運び、飲み込むと、ゆっくりとアリアさんは語り始める。


「ディランのことは、どれくらいまで話したかな?」

「えっと……容姿のことと、出会った経緯しか知らないです」

「あぁ、そこまでか。あいつと会ったのが私が7つの時だった、とは言ったよな?」

「はい」

「その三年後に、母上が死んだんだ」

「…………」


 何も言えない僕を置き去りにして、アリアさんは話を続ける。


「魔物に襲われたんだという。森の中でのことだ。どうしてあの日、あの森に一人で入っていったのか、誰にも分からなかった。分からないまま、死んでしまった」

「……ぷる」


 心配そうにアリアさんに近づいたスラちゃんを優しく撫でて、アリアさんは続ける。


「私は泣けなかったし、泣かなかった。母上が死ぬと思っていなかったんだ。死んだと、思っていなかった。『死』が分からなかった。一度は確かに感じた『死』の恐怖を、自己防衛のために忘れてしまったのかもしれない」


 『死』というのは、あまりにも重いものだ。生きている限り確実にやって来る。が、来たら来たで、受け入れられないものなのだ。そのことは……一度死んだ僕には、よく分かる。


「当時、この世界には『蘇生師』という職があった」

「蘇生師……?」

「条件は多いが、寿命でも病気でもない何かが原因で失われた命を、救うことが出来た唯一の職業だ。
 条件としては、死後1日経っていないこと、四肢の損傷がないこと、50歳を越えていないこと、過去に誰も殺していないこと、12に満たない息子、娘がいること……とかだな。

 母上はその条件に全て当てはまっていた。だから私は、蘇生師に頼んで蘇らせてもらえばいいと思っていた。そうすれば、母上はまだ生きられると……でも、」

「無理……だったんですか?」

「試してみることさえ出来なかった」


 どうして? 間に合わなかったのか? そんな馬鹿な! だって、アリアさんのお母さんは、この国の女王だった人だ。女王を失うのは辛いはず……。


「……100%、不可能なのだということを、私は知らなかった。蘇生師は、母上を助けることは出来ない。だって…………」


 そして、僅かに笑ったまま、呟くように告げる。


「蘇生師は――この世にただ一人、母上しかいなかったのだから」

「……アリアさん、」

「そのことを知ったとき、私は初めて、もう、母上には二度と会えないのだと悟った。……ショックだったよ。大好きだったんだ」


 誰だって、親を失ったらショックだ。しかもアリアさんはその時10歳だったのだ。日本人で考えれば、小学校三、四年……現実を受け入れるには、あまりに幼い。


「蘇生師の技術は、歴代女王から受け継がれてきたものだった。でも、私がそれを知らないまま、母上は亡くなってしまった。蘇生師は、この世の中から、完全に消え去った。……私には、責任の取り方が分からなかった」


 責任なんて、とる必要ない。仕方ないじゃないか。せめて……悲しむ時間くらい、あってもいいはずなのに。


「だから、私は、せめて国民が、魔物に襲われる確率を減らしたくて、自分で魔物を倒すことにした。それまでも討伐はやっていたが、それまで以上に、強い魔物を倒していこうと思った。
 たくさんの人に反対された。姫まで失ったらどうするんだって。
 それを、ディランが説得してくれた。自分が護衛代わりについていくと言ってね。だから、私の好きにさせてやれと」


 ……勇気あるなぁ、ディランさん。僕なら言えない。だって、アリアさんはこの国の姫で、大切な人だ。その人を、一人で守ると言った。
 そして、その言葉を国のみんなが……なにより、アリアさんが信じた。


「……ディランさんのこと、本当に信頼していたんですね」

「あぁ。……前はああ言ったが、本当に信頼していたし、幼いながら、好きだったよ。それは、単純な好きとは違うもので、たまに痛みを感じて、それでも、捨てることが出来なくて、今も持っている『好き』だ」

「……ディランさんが婚約者になったのは、いつのことなんですか?」

「私が12……つまり、母上が死んでから二年後だ。婚約者は、まずは国民が選び、そこから私や相手の想いを考慮して決めるんだが、国民からの指示は、ダントツでディランだったそうだ。で、そのまま婚約だ」


 ディランさんがいたから、アリアさんはここまでこれたのだろう。ここまでの話を聞いていて、二人が婚約するに至ったのには、単にディランさんが強いから、というわけでもなさそうだと思った。
 ディランさんを選んだ人みんな、アリアさんの気持ちを知っていたのだ。


「よかったですね、相手がディランさんで」

「ん? ……まぁな。安心した、というのが一番の感想だったかな。ディランはなんといっても強い。だから……。

 …………もう誰も、失わなくていいんじゃないかってね」


 そのディランさんが失踪して、アリアさんはなにを思ったのだろう。決していなくならないと信じていた人が、二度も、目の前から消えたのだ。

 しかし、ディランさんは死んでいるわけではない。だったら……いつか…………。


「……私の家族に関しては、これくらいだ。何か聞きたいことはあるか?」

「…………今は、大丈夫です」

「そうか。
 ……なぁ、私も言ったから、というのは少し卑怯だが、お前はここに来る前、どんな家族と、どんな風に過ごしていたんだ?」


 どきりとする。僕が、ここに来る前、なにをしていたか…………?


「えっと……ふ、普通ですよ?」

「構わないよ」

「……お父さんと、お母さん。それから、お姉ちゃんが一人。あの、学生って分かります?」

「えっと……まてよ、前にアキヒトに聞いたことがある気がする……。あ、あれだろ? 勉強が仕事、みたいな」

「まぁ、そんなやつです。僕は学生だったんです。なので、それで学校に通って、勉強してました」


 ……嘘は、吐いてない。


「そうか。……学校っていいよな」

「ここにはないんですか?」

「いや、あるぞ? 通ってるやつのことは学生じゃなくて、エッグっていうんだ。仕事みたいのじゃなくて、生きるために必要なことを教わる。
 最低限の読み書きや計算を教えてくれるんだ。あとは、魔物と対峙したときの護身術とかな。ただ、私は屋敷の中で教育を受けていたから、学校には行ったことがないんだ。
 ……行ってみたいなー、いつか」

「……じゃ、旅も長くなりそうですし、そのうち学校、覗いてみましょうよ!」

「いや、ダメだろ」

「いいじゃないですか! こそっと、見るだけですよ。見るだけ。もちろん無断でとは言いませんよ!」

「見るだけ、か……。ははっ、ならいいかもな」


 ようやく素直に笑ったアリアさんにホッとしつつ、僕は自分の過去を思い出して、冷や汗をかいていた。


 …………二度と戻るものか、あんな世界。
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