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本編
03.
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「ノエル!やっぱり俺にはお前だけだ!」
「何言ってんの?アリーとやらと子供はどうしたのよ」
「俺の子供じゃなかったんだよ!あの女、俺だけじゃなくて他の男とも付き合ってたんだ!許せないと思わないか!?」
そっくりそのままお返しするわ。もう話もしたくないから返さないけど。
無視して歩き始めた私の腕がぐっと掴まれる。
「ちょっ……!」
「これからはノエルだけだ。幸せにしてやるからさ」
「悪いけど、私もうあなたの事好きでもなんでもないの。他をあたって頂戴」
どんだけ上からなのかしら。何で私はこんな男が良かったんだろうと、男にも自分にも呆れながら、思いっきり手を振り払って歩き出す。
あのすんごい経験をしてしまった日から、季節は春を越えてもうすぐ夏がやってくる。
お互い不測の事態だったしあっちはそれどころじゃなかっただろうし、私もやけっぱちになっていたから避妊具なんて付けてなかった。
だから少しばかり期待していたのだけど、すぐに月の物がやって来てしまったおかげで妊娠は夢と消えた。
あんなイケメンの子ならきっと可愛かっただろうになぁ……
魔法を使える騎士様なのだから、もしかしたら避妊具なんてなくても避妊出来るような何かをしていたのかもしれないと思うと、私は本当に発散要員だったんだなぁって悲しくなったりなんかして──まぁ私から襲ったようなものだし、そりゃそうよね。
悲しがるなんて、おかしな話だ。
貰ったハンカチは大事に大事にしまってある。
アルイクスの花弁も、結局何だか飲んでしまうことが出来なくてペンダントトップの中に入れて持ち歩いてる。
たった一晩のお付き合いだったというのに未練がましいなぁと、自分でも思う。
もう二度と会う事なんて出来ないだろうジスランの事なんて早く忘れてしまおうと、熱烈アタックをしてくれた人と少し前にそういう関係にもなってみた。
でもダメだった。
抱き締められても、キスをされても、比べてしまって。
今も後ろで何か喚いている男よりは立派だったけれど、全然全く物足りなかった。
大変申し訳ない事に「あぁん、すごいっ 気持ち良いっ」なんて演技する余裕まであった。
誠実そうで優しい人だったから本当に申し訳なかったけれど、彼にはすぐにごめんなさいをして、今はフリーだ。
こんな田舎ではきっとあんなすごい筋肉とイチモツをお持ちの人にはそう出会えないだろう。
満足出来ない身体を誤魔化しつつ誰かと添うよりも、このまま一人の方が良いかもしれない。
一昔前までは『女は家庭に入るもの』なんて風潮が色濃かったけど、最近は職を手に一人で生きる女性も増えてきている。
私もそうなってやろうじゃないのと、ただの売り子からの脱却を計ってパン屋のダンナに頼み込んでパンの作り方を教わっている。
中々のスパルタだけど、おかげで最近私作のパンを少しだけ店頭に並べて貰えるようになったばかりだ。
この調子でいければ、お一人様でも何とかやっていけるのではないかしら。
「待てって、ノエル!」
「きゃっ……!?」
順調に進んでいるお一人様計画にうんうんと頷いていた私は後ろから乱暴に肩を引かれてぐらりとバランスを崩してしまった。
転ぶ!と思ったその時──
にゅっとぶっとい腕が伸びてきて私の肩を掴んでいる腕を捻り上げて、もう一本のぶっとい腕で背中からがっしりと抱き込まれた。
「なっ……!?」
「彼女に触れないで貰おう」
ずしんってお腹に響く低音に、私の心と身体が一瞬で熱を持つ。
嘘だ、有り得ない、と思いつつも、この声も腕も温もりも、全身で覚えてる。
「なんだよ、お前……!いてててっ!はな……離せってぇ!!」
「彼女に触れるな。近付くな。それが約束出来るなら、すぐにでも離そう」
「痛ぇ!!分かった!分かったから!!痛ぇって!!もうノエルには近付かないから!離せぇ!!」
そこでやっと解放された男が転がるように走り去っていくのを呆然としたまま見送る。
「大丈夫だったか?」
くるんっと身体を反転させられたと思ったらぎゅうっと両腕で抱きしめられて、息が止まりそうになる。
あぁ、声や腕だけじゃない。匂いも、覚えてる。
「ど……して……」
「会いに来ては、いけなかったか?」
「いけなくなんて……でも……なんで……」
あの日からもうすぐ六ヶ月が経つ。
音沙汰なんてあるはずもなかったし、もうすっかり忘れられてると思ってた。
まぁ薬草と採り間違えてはあはあしちゃった事は人生の教訓として忘れられはしないだろうけど、私の事なんて「そう言えばそんな事もあったな」くらいにしか思われてないんだろうなって、思ってた、のに──
「ま……また、アルイクスが、要るの……?今は葉っぱしかないから、探すのは大変で……」
「いや、効果は充分だった。おかけで今はすっかりお元気になられている。ノエルのおかげだ、ありがとう」
「そ、そう……良かった……え、と……わざわざそれを言う為に、こんなとこまで、来たの?」
「いや、それはついでだ。ノエルに会いに来たんだが……迷惑だっただろうか」
ほんの少し声のトーンが落ちたから、私は慌てて顔を上げて──うっと息を飲んだ。
記憶通り……いや、それ以上に格好良い筋肉イケメンがいた。
モドキの毒にやられて乱れた姿と、最中の雄!な印象ばかり残っていたけれど、今の彼はあんな姿はまやかしだったのではないかと思えるくらいにキリっとパシっとしている。
思わずぽーっと見上げていたら腕が解かれて頬を撫でられて、そして両手を握られた。
そのままお姫様にでもするみたいに彼が片膝をついたものだから、私はふへぇっ!?とおかしな声を出してしまった。
「あ、あの、ジスラン……!?」
「ノエル。あの日からずっと、君の事ばかり考えていた。少しだけでも構わないから、話をさせてくれないか──?」
「すっ、する!するから……!立って……!!」
何で跪いたの!?めっちゃ注目浴びてますからーーっ!手ぇ離してーー!立ってーー!!
と握られたままの手をブンブンと上下に振っての全力での意思表示は、一応通じはしたらしい。
「ありがとう」と微笑まれて、その笑顔にくらりとしている間に立ち上がって手を離したジスランに軽々と抱き上げられてしまった。
今回はお姫様抱っこではなく、縦抱っこだ。
「や、やだ、ジスラン!歩く!自分で歩けるから!」
下ろしてー!という願いは今度はあっさりと無視されて、ジスランは私を抱えたまんまスタスタと歩いていく。
こんな田舎町、きっとその話とやらを終えた頃にはもう町中謎の筋肉イケメンと私の噂で持ち切りだろう。
明日からしばらく外を歩けないかもしれない。
いや、歩かないとパン屋にも買い物にも行けないから歩かない訳にはいかないんだけど……
あぁ、平穏な暮らしよ、さようなら──真っ赤な夕日が目に染みるわ。
なんて事を考えている間に、ジスランは町で唯一の宿屋に入って行く。
あれ?と思った時には女将さんがおかえりなさーいなんて言いながら顔を出してしまった。
「あれ、ノエルちゃん!?」
「お、女将さん……!あの、これは……!」
「すまないが彼女と話がある。しばらくは部屋に誰も近付かないでくれ」
「はぁ……え、お客さんちょっと待ってくださいな。ノエルちゃんと知り合いかい?」
ポカンとしていた女将さんがはっとしたようにずんずんと進むジスランを追ってくる。
「心配しなくて良い、知り合いだ」
「だ、大丈夫!あの、本当に知り合いで……!あぁぁぁでもあの、これは皆には……」
内緒にしておいてー!というお願いは、ばったんと眼前で閉じられたドアに阻まれてしまった。
「もぅっ、ジスラ……あっ!」
これじゃ本当に瞬く間にある事ない事広まってしまうじゃない、と文句を言おうとしたのに、ぽすんっとベッドに下ろされて覆いかぶさられたら、心臓がドッキンと跳ねてしまった。
「ノエル……」
掠れた声で名前を呼ばれて、顔を寄せてきたジスランに思わず目を閉じてしまう。
すぐに重なった唇は、今度はカサついてはいなかった。
「ん……っ」
「ノエル……ノエル……」
ちゅっちゅっとキスを繰り返されて、合間に何度も名前を呼ばれて、私の頭も身体も簡単に蕩けてしまった。
だってジスランとのキスは、それだけで充分に気持ちが良かったから。
でもさ、ダメだよジスラン。
そんな風に呼ばれたら、バカな私は勘違いしちゃいそうになっちゃう。
そんなわけないのに、って思ったら胸の奥がズキンってするから、余計なこと考えないようにジスランの首に腕を回す。
「ジスラン……もっと、して……」
おねだりしてみたら、ジスランは分かっているとばかりにキスを深めてくれた。
何度も何度も、深く、浅く、唇を重ねる。
「ノエルを、抱きたい」
すぐに唇が触れる距離で囁かれて、とろんとしてしまっていた私はうんって頷く。
話がしたいとか言ってなかったっけ……なんてぼんやり思ったりもしたけど、パンの匂いの染み付いたエプロンドレスをするすると脱がされてしまえば、もうどうでも良くなってしまった。
私も手を伸ばしてジスランのシャツに手をかけて──ジスランを見上げる。
「制服じゃ、ないんだね」
ジスランの出で立ちはシンプルなシャツにズボン。
夏の制服も見たかった気がするけど、今回は仕事ではないのかしらと思いながらもボタンを外していく。
「制服は目立つから嫌なんだろう?」
「……充分目立っちゃったよ」
開けた胸に指を滑らせながら唇を尖らせると、ジスランがそれはすまないと、ちっともそんな事思ってなさそうな顔で笑った。
「ノエル、また君を抱きたかった……この六月の間、そればかり考えていた」
ジスランのその言葉にあぁ、忘れられてなかったんだなぁって嬉しくなる。
身体目当てにしても、こんなとこまで来てくれるくらいには気に入ってくれたのかなって思ったら口元が緩む。
「ん……わたしも……ジスランが忘れられなかったの……他の人じゃ、全然ダメで……」
「──他の人?」
ぴくんっとジスランの眉が跳ねた。
あ、あれ、何か部屋の温度下がった……?何かこう、冷気が……あれぇ??
「あ、あの……だって、まさかジスランが会いに来てくれるなんて、思わなかった、から……その……」
「何人だ?」
「ひゃんっ!」
かぷっと胸に噛み付かれて先端をべろんって舐められた。
大きな手で乳房を揉まれながら先端を舐めて吸われて、それだけでびくんって腰が跳ねる。
「やっ……!あぁんっ!」
片手で両方の胸の頂をぐりぐりされて、もう片方の手が足の間に入り込んでくる。
「や、やだ、いっしょは、だめぇ……やぁ……!!」
「ノエル。何人と、こういう事をした?」
ぐちゅってジスランの指がナカに入って来る。
「あぁっ!あ……っい……い、かい……いっかい、だけぇ……!!」
「本当か?もうこんなにぐちゃぐちゃに濡れているのに?」
ジスランが指を動かす度にぐちゅ、ぐちゅって水音がする。
「ほん、と……ほんとに……あんっ!……だ……だめ、だったの……じすらんのときみたいに……あぁんっ!」
「俺の時みたいに?」
先を促すくせにジスランは手の動きを止めてくれないから、私は必死に言葉を繋ぐ。
「きもち、よく、なくて……ぜんぜん、たり、なくてぇ……っ!」
「俺のが、欲しかったのか?」
ジスランの手が止まって、頬を撫でられた。
「ん……うんっ……じすらんのが、ほしかった、の……っでも、もう会えないだろうから……っだから、わたし、一人で生きようって……」
「──言い訳に、聞こえるかもしれないが。あの時は俺も難しい立場で……約束を残す事が出来なかった……すまない」
「ううん、また会えたから、良いの……ジスラン、」
好きって、自然にぽろんって零れてしまった言葉に、ぎゅうって抱きしめられて何度も何度もキスされた。
「何言ってんの?アリーとやらと子供はどうしたのよ」
「俺の子供じゃなかったんだよ!あの女、俺だけじゃなくて他の男とも付き合ってたんだ!許せないと思わないか!?」
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「ちょっ……!」
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あのすんごい経験をしてしまった日から、季節は春を越えてもうすぐ夏がやってくる。
お互い不測の事態だったしあっちはそれどころじゃなかっただろうし、私もやけっぱちになっていたから避妊具なんて付けてなかった。
だから少しばかり期待していたのだけど、すぐに月の物がやって来てしまったおかげで妊娠は夢と消えた。
あんなイケメンの子ならきっと可愛かっただろうになぁ……
魔法を使える騎士様なのだから、もしかしたら避妊具なんてなくても避妊出来るような何かをしていたのかもしれないと思うと、私は本当に発散要員だったんだなぁって悲しくなったりなんかして──まぁ私から襲ったようなものだし、そりゃそうよね。
悲しがるなんて、おかしな話だ。
貰ったハンカチは大事に大事にしまってある。
アルイクスの花弁も、結局何だか飲んでしまうことが出来なくてペンダントトップの中に入れて持ち歩いてる。
たった一晩のお付き合いだったというのに未練がましいなぁと、自分でも思う。
もう二度と会う事なんて出来ないだろうジスランの事なんて早く忘れてしまおうと、熱烈アタックをしてくれた人と少し前にそういう関係にもなってみた。
でもダメだった。
抱き締められても、キスをされても、比べてしまって。
今も後ろで何か喚いている男よりは立派だったけれど、全然全く物足りなかった。
大変申し訳ない事に「あぁん、すごいっ 気持ち良いっ」なんて演技する余裕まであった。
誠実そうで優しい人だったから本当に申し訳なかったけれど、彼にはすぐにごめんなさいをして、今はフリーだ。
こんな田舎ではきっとあんなすごい筋肉とイチモツをお持ちの人にはそう出会えないだろう。
満足出来ない身体を誤魔化しつつ誰かと添うよりも、このまま一人の方が良いかもしれない。
一昔前までは『女は家庭に入るもの』なんて風潮が色濃かったけど、最近は職を手に一人で生きる女性も増えてきている。
私もそうなってやろうじゃないのと、ただの売り子からの脱却を計ってパン屋のダンナに頼み込んでパンの作り方を教わっている。
中々のスパルタだけど、おかげで最近私作のパンを少しだけ店頭に並べて貰えるようになったばかりだ。
この調子でいければ、お一人様でも何とかやっていけるのではないかしら。
「待てって、ノエル!」
「きゃっ……!?」
順調に進んでいるお一人様計画にうんうんと頷いていた私は後ろから乱暴に肩を引かれてぐらりとバランスを崩してしまった。
転ぶ!と思ったその時──
にゅっとぶっとい腕が伸びてきて私の肩を掴んでいる腕を捻り上げて、もう一本のぶっとい腕で背中からがっしりと抱き込まれた。
「なっ……!?」
「彼女に触れないで貰おう」
ずしんってお腹に響く低音に、私の心と身体が一瞬で熱を持つ。
嘘だ、有り得ない、と思いつつも、この声も腕も温もりも、全身で覚えてる。
「なんだよ、お前……!いてててっ!はな……離せってぇ!!」
「彼女に触れるな。近付くな。それが約束出来るなら、すぐにでも離そう」
「痛ぇ!!分かった!分かったから!!痛ぇって!!もうノエルには近付かないから!離せぇ!!」
そこでやっと解放された男が転がるように走り去っていくのを呆然としたまま見送る。
「大丈夫だったか?」
くるんっと身体を反転させられたと思ったらぎゅうっと両腕で抱きしめられて、息が止まりそうになる。
あぁ、声や腕だけじゃない。匂いも、覚えてる。
「ど……して……」
「会いに来ては、いけなかったか?」
「いけなくなんて……でも……なんで……」
あの日からもうすぐ六ヶ月が経つ。
音沙汰なんてあるはずもなかったし、もうすっかり忘れられてると思ってた。
まぁ薬草と採り間違えてはあはあしちゃった事は人生の教訓として忘れられはしないだろうけど、私の事なんて「そう言えばそんな事もあったな」くらいにしか思われてないんだろうなって、思ってた、のに──
「ま……また、アルイクスが、要るの……?今は葉っぱしかないから、探すのは大変で……」
「いや、効果は充分だった。おかけで今はすっかりお元気になられている。ノエルのおかげだ、ありがとう」
「そ、そう……良かった……え、と……わざわざそれを言う為に、こんなとこまで、来たの?」
「いや、それはついでだ。ノエルに会いに来たんだが……迷惑だっただろうか」
ほんの少し声のトーンが落ちたから、私は慌てて顔を上げて──うっと息を飲んだ。
記憶通り……いや、それ以上に格好良い筋肉イケメンがいた。
モドキの毒にやられて乱れた姿と、最中の雄!な印象ばかり残っていたけれど、今の彼はあんな姿はまやかしだったのではないかと思えるくらいにキリっとパシっとしている。
思わずぽーっと見上げていたら腕が解かれて頬を撫でられて、そして両手を握られた。
そのままお姫様にでもするみたいに彼が片膝をついたものだから、私はふへぇっ!?とおかしな声を出してしまった。
「あ、あの、ジスラン……!?」
「ノエル。あの日からずっと、君の事ばかり考えていた。少しだけでも構わないから、話をさせてくれないか──?」
「すっ、する!するから……!立って……!!」
何で跪いたの!?めっちゃ注目浴びてますからーーっ!手ぇ離してーー!立ってーー!!
と握られたままの手をブンブンと上下に振っての全力での意思表示は、一応通じはしたらしい。
「ありがとう」と微笑まれて、その笑顔にくらりとしている間に立ち上がって手を離したジスランに軽々と抱き上げられてしまった。
今回はお姫様抱っこではなく、縦抱っこだ。
「や、やだ、ジスラン!歩く!自分で歩けるから!」
下ろしてー!という願いは今度はあっさりと無視されて、ジスランは私を抱えたまんまスタスタと歩いていく。
こんな田舎町、きっとその話とやらを終えた頃にはもう町中謎の筋肉イケメンと私の噂で持ち切りだろう。
明日からしばらく外を歩けないかもしれない。
いや、歩かないとパン屋にも買い物にも行けないから歩かない訳にはいかないんだけど……
あぁ、平穏な暮らしよ、さようなら──真っ赤な夕日が目に染みるわ。
なんて事を考えている間に、ジスランは町で唯一の宿屋に入って行く。
あれ?と思った時には女将さんがおかえりなさーいなんて言いながら顔を出してしまった。
「あれ、ノエルちゃん!?」
「お、女将さん……!あの、これは……!」
「すまないが彼女と話がある。しばらくは部屋に誰も近付かないでくれ」
「はぁ……え、お客さんちょっと待ってくださいな。ノエルちゃんと知り合いかい?」
ポカンとしていた女将さんがはっとしたようにずんずんと進むジスランを追ってくる。
「心配しなくて良い、知り合いだ」
「だ、大丈夫!あの、本当に知り合いで……!あぁぁぁでもあの、これは皆には……」
内緒にしておいてー!というお願いは、ばったんと眼前で閉じられたドアに阻まれてしまった。
「もぅっ、ジスラ……あっ!」
これじゃ本当に瞬く間にある事ない事広まってしまうじゃない、と文句を言おうとしたのに、ぽすんっとベッドに下ろされて覆いかぶさられたら、心臓がドッキンと跳ねてしまった。
「ノエル……」
掠れた声で名前を呼ばれて、顔を寄せてきたジスランに思わず目を閉じてしまう。
すぐに重なった唇は、今度はカサついてはいなかった。
「ん……っ」
「ノエル……ノエル……」
ちゅっちゅっとキスを繰り返されて、合間に何度も名前を呼ばれて、私の頭も身体も簡単に蕩けてしまった。
だってジスランとのキスは、それだけで充分に気持ちが良かったから。
でもさ、ダメだよジスラン。
そんな風に呼ばれたら、バカな私は勘違いしちゃいそうになっちゃう。
そんなわけないのに、って思ったら胸の奥がズキンってするから、余計なこと考えないようにジスランの首に腕を回す。
「ジスラン……もっと、して……」
おねだりしてみたら、ジスランは分かっているとばかりにキスを深めてくれた。
何度も何度も、深く、浅く、唇を重ねる。
「ノエルを、抱きたい」
すぐに唇が触れる距離で囁かれて、とろんとしてしまっていた私はうんって頷く。
話がしたいとか言ってなかったっけ……なんてぼんやり思ったりもしたけど、パンの匂いの染み付いたエプロンドレスをするすると脱がされてしまえば、もうどうでも良くなってしまった。
私も手を伸ばしてジスランのシャツに手をかけて──ジスランを見上げる。
「制服じゃ、ないんだね」
ジスランの出で立ちはシンプルなシャツにズボン。
夏の制服も見たかった気がするけど、今回は仕事ではないのかしらと思いながらもボタンを外していく。
「制服は目立つから嫌なんだろう?」
「……充分目立っちゃったよ」
開けた胸に指を滑らせながら唇を尖らせると、ジスランがそれはすまないと、ちっともそんな事思ってなさそうな顔で笑った。
「ノエル、また君を抱きたかった……この六月の間、そればかり考えていた」
ジスランのその言葉にあぁ、忘れられてなかったんだなぁって嬉しくなる。
身体目当てにしても、こんなとこまで来てくれるくらいには気に入ってくれたのかなって思ったら口元が緩む。
「ん……わたしも……ジスランが忘れられなかったの……他の人じゃ、全然ダメで……」
「──他の人?」
ぴくんっとジスランの眉が跳ねた。
あ、あれ、何か部屋の温度下がった……?何かこう、冷気が……あれぇ??
「あ、あの……だって、まさかジスランが会いに来てくれるなんて、思わなかった、から……その……」
「何人だ?」
「ひゃんっ!」
かぷっと胸に噛み付かれて先端をべろんって舐められた。
大きな手で乳房を揉まれながら先端を舐めて吸われて、それだけでびくんって腰が跳ねる。
「やっ……!あぁんっ!」
片手で両方の胸の頂をぐりぐりされて、もう片方の手が足の間に入り込んでくる。
「や、やだ、いっしょは、だめぇ……やぁ……!!」
「ノエル。何人と、こういう事をした?」
ぐちゅってジスランの指がナカに入って来る。
「あぁっ!あ……っい……い、かい……いっかい、だけぇ……!!」
「本当か?もうこんなにぐちゃぐちゃに濡れているのに?」
ジスランが指を動かす度にぐちゅ、ぐちゅって水音がする。
「ほん、と……ほんとに……あんっ!……だ……だめ、だったの……じすらんのときみたいに……あぁんっ!」
「俺の時みたいに?」
先を促すくせにジスランは手の動きを止めてくれないから、私は必死に言葉を繋ぐ。
「きもち、よく、なくて……ぜんぜん、たり、なくてぇ……っ!」
「俺のが、欲しかったのか?」
ジスランの手が止まって、頬を撫でられた。
「ん……うんっ……じすらんのが、ほしかった、の……っでも、もう会えないだろうから……っだから、わたし、一人で生きようって……」
「──言い訳に、聞こえるかもしれないが。あの時は俺も難しい立場で……約束を残す事が出来なかった……すまない」
「ううん、また会えたから、良いの……ジスラン、」
好きって、自然にぽろんって零れてしまった言葉に、ぎゅうって抱きしめられて何度も何度もキスされた。
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