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番外編

ヴァレンティーノの日

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Happy Valentine♡
「イベントだからね」と緩い目で見てやってください……色々と……

2022/11/25 ラストに後日談を追加しました。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 今日からグラートの勤務が昼勤に変わる為に、数日ぶりに買い物に出たソフィアは町の様子にぱちりと瞬いた。
 いつも以上に甘い香りが漂って、そして店先にもお菓子や、お菓子を作るための材料が目立つ。

(あ、そうか。もうすぐヴァレンティーノの日……)

 まだ人族と魔族と精霊族が今のように混ざり合う前。それぞれに暮らしていた昔。
 それでも全く交流がなかったわけではなかったから、種族が異なりながらも出逢い、心通わせる者たちもいて、
 けれどその頃は異種族で交わることは良しとされておらず、ひっそりと隠れて恋人に、夫婦に、なった者たちも少なからずいた。
 そんな恋人や夫婦たちは見つかると引き離され、時に悲惨な目に遭っていた。
 魔族領との境界地を治めていた人族側の領主・ヴァレンティーノはそれを憂い、そんな異種族婚の夫婦を領内で匿っていたのだと言われている。
 けれど噂が立って、やがてそれは時の権力者の耳にまで届いてしまった。
 ヴァレンティーノは処刑され、領地は分割されて近隣領へと併合されてしまった。

 時が流れ、混ざり合い共存するようになった頃、咎人とされていたヴァレンティーノが祀られる事になり、処された日を「ヴァレンティーノの日」――別名「愛の日」と呼ぶようになった。
 ヴァレンティーノの日は想い人や恋人、家族に愛を伝える日となって、そうして近年では言葉と共に甘いお菓子を添えるのが定番になっている。

 今まで恋人どころか想い人すらいなかったソフィアは、毎年家族にお菓子を作っていたけれど――

(今年からは、グラートさんに渡すんだ)

 そう思った途端、ソフィアはそわそわと落ち着かない気分になって周囲を見回した。
 ソフィアが作ったり買ったりするお菓子をグラートは美味しそうに食べているし、時々土産だと言って自ら買って来てくれたりもする。
 今まであまり意識しなかったけれど、甘い物が嫌いという事はないだろう。
 そして多分、ヴァレンティーノの日にソフィアが何を贈っても喜んでくれるだろう、と思う。
 けれどやっぱり初めて愛する人グラートに贈るヴァレンティーノの日のお菓子は、何か特別なものにしたい。

(クッキーやパウンドケーキは今までにも作っているし……今まで作った事がないもの……? でも初めて作って失敗しちゃったら困るし)

 きょろきょろと周囲の店を見回していたソフィアに、明るい声がかかった。

「よぉ、ソフィアちゃん! 覗いてかないか」
「あ」

 いつも小麦粉や調味料を買う店の店主だ。
 品物はいつもと並びが変わっていて、どうやらお菓子作りに必要な物を多くしているらしい。

「今年はうちもショコラを仕入れてみたから、どうだい?」
「気にはなってるんだけど、自分で使った事がなくて……」
「何、溶かして混ぜるだけだ。そう難しくはないさ」

 三年程前から出回り始めたショコラと呼ばれるお菓子をソフィアは最近ようやく口にする事が出来たのだけれど、初めて食べた時は甘さと口の中でとろりと蕩ける感触に驚いたものだ。
 ショコラを使ったお菓子やケーキを見かけるようになってきてはいるけれど、ソフィアは今まで自分でショコラを使ってお菓子を作った事がない。
 もしも当日に失敗してしまっては台無しだし、どうしよう……とソフィアが店主が手にしているショコラをじぃっと見つめていると、店主の横から奥さんが顔を出す。

「簡単なケーキで良ければ、作り方教えましょうか? 不安なら一回試しに作ってみれば良いのよ」

 別にうちの商品多めに買ってって意味ではないわよ、とぱちりと片目を瞑ってみせた奥さんに、ソフィアはくすくすと笑うとじゃあ、とショコラを手に取った。


 四日後、ソフィアは再びその店を訪れた。

「ソフィアちゃん、上手く出来たかい?」

 店主からそう声を掛けられて、ソフィアはにっこりと頷いた。
 店主の奥さんが教えてくれた、ショコラと小麦粉、卵、バターに少しのミルクを混ぜて焼くだけのそのケーキは簡単なのにとても美味しくて、ついグラートにも食べてみてと出したくなってしまった程だった。
 それは何とか堪えたからこそ、ヴァレンティーノの日当日である明日は絶対にこれをグラートに贈るのだと決めた。

「簡単ですごく美味しくて……明日は絶対あのケーキにします」

 そう言って普段よりも高い小麦粉を選んだソフィアに、店主が顔を寄せる。

「これ、おまけにつけておくよ」
「おまけ?」

 なぜだか声を落としてそう言った店主がソフィアに見せたのは、小さなピンク色の包み紙。

「何ですか?」

 きょとりと瞳を瞬かせたソフィアに、店主がいたずらっぽく笑う。

「〝仲良くなれる薬〟らしい。勿論お客さんに変なモン渡すわけにいかないから俺も試しに舐めてみたが、少し甘いだけで何の問題もなかった。まぁおまじないみたいなもんだろう」

 ソフィアちゃんとグラートさんには必要なさそうだけどなと笑った店主に頬を染めたソフィアに、店主はまた笑って「入れとくよ!」と小麦粉とショコラと一緒にピンクの包みを袋に入れた。



「仲良くなれる、おまじない」

 翌日、グラートが仕事に出ている間にケーキを作り始めたソフィアは、ふとピンク色の包みを目にして呟いた。
 そっと包みを開いてみると、包み紙よりも薄い、ほんのりとピンク色をした粉が入っていた。

「可愛い色」

 小麦粉に混ぜてしまおうか、それともこの色ならば仕上げにケーキに振りかけても良いかもしれない。
 本当に大丈夫かしらと少し心配にもなったけれど、店主も何も問題なかったと言っていたし……と、ソフィアはその粉を仕上げに使ってみようと一旦脇に置いた。

 そうして無事に美味しそうに焼き上がったケーキの上に、ピンク色の粉を振りかける。

「このままずぅっと、グラートさんと仲良くいられますように」

 完成したケーキを前にぽそっと呟いて、けれど誰に聞かれたわけでもないのに何だか恥ずかしくなったソフィアは、一人はにかむような笑みを零した。


 グラートが帰宅して、二人一緒の夕飯を終えた後。
 一緒に暮らし始めたばかりの頃に二人で買い物に行った時にソフィアが一目惚れをして買った、少しだけ値が張ったからと普段使いは避けているペアのお皿とカップでケーキと紅茶を出したソフィアに、グラートは目を細めてみせた。
 早速ケーキを口にするグラートの様子を、ソフィアはドキドキと見守る。

「うん、美味い。ソフィアは何を作っても上手いな」

 そんな事を言ってくれながら二口目を口にしたグラートにほっと息を落として、ソフィアも自分のケーキを口にする。
 試作した時よりももっと丁寧に作ったし、焼き上がるまでしっかり見張っていたから、焦げる事もなくしっとりと滑らかな良い出来だ。
 上手にできて良かったと、ソフィアもケーキを食べ進める。

「……ソフィア、何か入れたか?」
「え?」

 グラートが半分程を食べ終えた頃、僅かに首を傾げてそんな事を言った。
 すぐにピンク色の粉の事が過って、ソフィアの心臓がどきりと音を立てる。
 と同時に、ソフィアも身体の異変を感じた。
 じわりと、お腹の奥の方が熱をもち始めたのだ。

「あ……?」

 これは、とソフィアが思ったのとどちらが早かったか。
 お腹の奥の熱が急激に膨れ上がって、ソフィアは自身の中からとろりと蜜が溢れ出すのを感じた。

「ん……っ」

 ひくりと、身体が勝手に震えた。
 震えた事で、僅かに服が擦れただけでソフィアは小さく声を上げてしまう。
 上手く力の入らなくなった手からフォークが滑り落ちて、皿とぶつかってカツンと硬質な音を立てた。

 まるでその音が合図だったかのように、グラートがくそっと悪態付いて椅子を鳴らして立ち上がった。
 乱暴に腕を引かれて、食らいつくように口付けられる。
 ガタンっと大きな音を立てて椅子が倒れた時には、ソフィアの身体はテーブルに押さえ付けられていた。

「……グラート、さ……」
「っ挿れるぞ」

 荒い息の中で唸るように発されたその言葉にソフィアが頷く前に、グラートの手はソフィアのスカートを捲り上げていた。
 下着を引き千切らんばかりの勢いで取り去られて、そうしてソフィアの秘園に滾る欲望が押し付けられる。
 とろとろと溢れていたソフィアの蜜が、応えるようにくちゅりと音を立てた。

「ん、ちょうだい」

 短い許諾の言葉の方がかろうじて早かっただろうか。
 ソフィアの秘園に、グラートの剛茎が一気に突き入れられた。

「あぁっ!」

 どちゅっと最奥まで貫かれて、ソフィアの身体が跳ねる。
 けれど気遣う余裕もないのか、すぐに激しい抽挿を始めたグラートの動きにテーブルが軋む。

「あ……グラートさ……ここっ、や……ぁっ、あんっ」

 ぎしぎしとテーブルが軋むのに合わせて鳴る食器の音に、ソフィアがいやいやと首を振る。
 グラートは短く舌打ちを落としてソフィアの腕を引くと、そのまま軽い身体を抱き上げた。
 その動きにガチャンと何かが割れる音が続いたけれど、その音は繋がったまま抱き起こされたソフィアの嬌声に掻き消されてしまった。

「やっ、ふかいっ……!」
「好きだろう、奥。こうして、突かれるのが」

 グラートの首に必死で腕を巻き付けて少しでも腰を浮かそうとしているソフィアを笑うように、グラートがその身を突き上げる。

「あぁぁぁっ!」

 グラートの動きに自重も加わって、一番奥、深いところを刺激されたソフィアはあっという間に達してしまった。
 そんなソフィアの蜜口に剛茎を締め上げられて花襞に絡みつかれたグラートもまた、ソフィアの最奥で熱を放った。

「あぁ……っ」

 グラートの精気を飲み込んで、ソフィアはうっとりとグラートの肩に顔を埋める。
 もう数え切れないくらい貰っているけれど、何度だってこの瞬間は心も身体も満たされて幸せな気持ちになるのだ。
 ふにゃりと力の抜けたソフィアを抱き上げたまま、グラートは一つ息を落としてからソフィアのこめかみに口付ける。

「まだ落ち着かないが……とりあえず何をしたか、聞かせてもらおうか?」
「あ、んっ」

 硬さを保ったままの剛茎で意地悪く奥を刺激されて、やはりまだ熱の収まりきっていないソフィアは身体を震わせる。

「お店、で……あっ……お、おまじない、って……や、あっ」

 腰を回したり軽く突いてきたりするグラートにしがみつきながら、ソフィアは何とかお店の主人からおまけで粉を貰ったこと、店主も舐めてみたけど問題なかったと言っていたから仕上げにその粉を振りかけたことを伝えた。

「仲良くなれる、な。まぁ確かにはなってるが――」
「ご、めんな、さ……っあぁっ!!」

 自分たちがなっているのは、やはりあの粉のせいかしらと不安になって謝れば、その言葉を遮るように突き上げられる。

「まぁ粉については明日考える事にして――今夜は覚悟しろよ、ソフィア」

 ぺろりと唇を舐めたグラートの瞳に獰猛な光が宿ったのを見て、ソフィアの子宮がきゅんと疼いた。

「ん……ごめんなさい……いっぱい、だして」

 きゅっと抱き着いてきたソフィアを抱きしめ返すと、グラートはそのままダイニングのドアへと向かう。

「やっ……あるいちゃ……! やぁっ、あっ、あっ」

 振動に合わせて漏れるソフィアの声に喉を鳴らして、グラートはソフィアの背中を壁に押し付ける。

「寝室まで、と思ったが……」
「ひぅっ!」

 グラートと壁に挟まれたまま逃げることも出来ずにずんっと突き上げられて、一瞬息の詰まったソフィアははくりと空気を求めて喘ぐ。

「このまま、もう一度出すぞ」
「あ……っ!」

 壁に背中を預けさせられて、そのままガツガツと激しく腰を打ち付けられる。

「あっ、あ、グラートさ……っだめ、いっちゃう……!」
「駄目じゃないだろう」

 いけ、と突き上げられて、ソフィアが高い声を上げて達した直後、グラートもまたソフィアの中に白濁を放った。
 二人の隙間から混ざり合ったソフィアの愛液とグラートの白濁が溢れ出してぱたぱたと床に染みを作る。

「――これで上まで持つか?」

 そんな事を呟いて、グラートはひくひくと身体を震わせているソフィアの中から出る事なく、ソフィアを抱え直すとゆっくりと歩き出した。

「やっ! まだ、だめ……いっちゃう……だめ、だめ……っ!」

 高められたまんま、熱が引く間を与えてくれずに歩き始めてしまったグラートにソフィアは必死で止まってと訴えるけれど、グラートはいけば良いなんて笑いながら階段を上り始める。

「あっ……あぁっ、あ、あ、いく……いっちゃ……んんっ」

 きゅうっとグラートに抱き着きながら階段を濡らすソフィアの髪に口付けながら、グラートは明日は掃除が大変だなと笑った。
 ようやく寝室のベッドに辿り着いてからは、グラートの言葉の通り夜が明けるまで散々に貪られて、たっぷりと精を与えられた。

 翌日はグラートが休みだったから少し寝坊をして、そうして腹が減ったと言うグラートの為に食事の用意をしようとダイニングへと下りたソフィアはぴたりと動きを止めてしまった。

「どうした?」

 ソフィアの後ろからダイニングを覗き込んだグラートが、すぐに「あー……」と気まずそうに頭を掻く。
 ソフィアが固まってしまったのは、別にテーブルの上が昨晩のままケーキも紅茶も出しっぱなしだった事でも、そのテーブルが定位置から動いてしまっている事でも、倒れてしまっている椅子のせいでもない。

 テーブルの下で無残に割れている、皿のせいだった。

「悪い、俺が――」
「ちがう」

 謝ろうとしたグラートの言葉を即座に遮って、ソフィアは違うの、と頭を振る。

 グラートと一緒に暮らすようになって、初めて迎えたヴァレンティーノの日。
 少しでも特別にしたくて、初めて買ったペアの食器にグラートの為に作った甘いケーキをのせて。
 手作りしたケーキを、美味しいと食べてくれて。
 そうして夜は、好きと。大好きと。たくさんたくさん、伝えられれば良いなと、思っていた。
 それなのに――

「私が、変な事、しちゃった、から……」

 ソフィアはふらりと足を進めると、割れている皿のところまで行って膝をつく。

 ケーキは上手に焼く事が出来て、グラートも美味いと食べてくれていたのに。
 食器にも気付いてくれていたのに。
 何事もなければ、夜だってきっと、最近ようやくちゃんと伝えられるようになった言葉をたくさん伝える事が出来たはずなのに。 

「私のせいで……全部だめになっちゃった……」

 割れたのが自分の方の、赤色で絵付された皿だったのは幸いだったかもしれない。
 そんな事をぼんやりと思いながら破片を拾い上げようと伸ばした手が、後ろから捕まえられる。
 そうしてふわりと身体が浮き上がった。

「怪我をしては大変だからな。片付けは俺がやる」

 そんな言葉とともにくるりと身体の向きを変えられて、グラートと向き合う。

「っ……ごめんなさい、グラートさん……わたし……っ」

 ぽろぽろと涙を零してごめんなさいと繰り返すソフィアに、グラートは泣くなと涙を拭う。

「俺も悪かった。少しだけ我慢をすればこんな事にはならなかった」
「でも……でも、あんなの……」

 ほんの僅かな間に、我慢なんて無理なくらいに高められた感覚を思い出して、ソフィアはごめんなさいと顔を覆う。
 グラートはそんなソフィアをそっと床に下ろすと、ソフィアの手首を掴んでゆっくりと離させる。

「ケーキ、すごく美味かった。また作ってくれ」

 間近で顔を覗き込まれてそう言われて、ソフィアは恐る恐るグラートを見つめ返す。

「食器はいつかは割れる物だ。また一緒に買いに行こう」

 何なら今日行くか、と目尻を掠めるように口付けられて、くすぐったさに目を閉じるとぽろりと零れた涙を掬われる。

「少しばかり刺激的な『愛の日』で、俺は悪くなかったと思う」
「グラートさん……」

 くしゃりと顔を歪めたソフィアの両頬を包んで上向かせると、グラートは触れるだけのキスを落とした。

「ソフィアが気に病む事はなにもない――愛してる」

 ほんの少しだけ唇を離して囁かれて、そうして今度はしっかりと唇を重ねられる。

「私も、愛して、ます……グラートさんと、ずっと一緒にいたい」
「ずっと一緒にいるに決まってるだろう」

 何度も言わせるなときゅっと鼻をつままれる。
 ソフィアが上目でグラートを見上げると、グラートはそれに小さく笑みを返して、さて、と声の調子を変えた。

「そろそろ腹が減って死にそうだ。ソフィア、飯を作ってくれるか? ――そうだな、オムレツが食いたい」
「……バターたっぷりの?」
「チーズも頼む」

 朝食のメニューの中でもグラートが気に入っている一品のリクエストにソフィアがようやく小さく笑うと、グラートは満足気に笑んで、そうしてソフィアの身体をくるりとキッチンの方へ向ける。

「片付けはやっておくから、早めに頼む」

 それに小さく頷いて、ソフィアは一度だけ割れてしまった皿に目をやってからキッチンへと向かう。
 その背中を見送って、グラートはテーブル周りの片づけを始めた。
 

 後日グラートからの報告で騎士団によって調べられた件の粉は、人族や精霊族にはほとんど影響のない、けれど魔族には媚薬のような効果のある薬草から出来ているという事が判明した。
 店主も取り調べられたが、行商人から置いてみてくれと頼まれたのだという。
 試しに舐めてみたものの、少し甘いだけで何もなかったから、その色合いもあってこの時期なら若い女の子に受けるのではないかと思ったのだという。
 その行商人は数軒の店にその粉を置いて行った事も判明したが、全て人族の店主だったという。
 幸いにも、この粉のおかげで上手く行ったとか、グラートとソフィアのような恋人や夫婦のスパイスになったとかで不幸な例は挙がらなかったために、店主たちはお叱りを受けただけで済んだという。
 結局その行商人の足取りは掴み切れず、愉快犯という事で片付いてしまった事がグラートは納得できなかったが、足取りが追えない以上はどうしようもないと溜息を落とした。

 ソフィアはというと、店主から詫びにとショコラをたくさん貰って、後日無事にショコラケーキを作り直して、グラートにふるまう事が出来たのだった。

 

 そうしてヴァレンティーノの日から少し経った、グラートが休みのある日。
「出かけるぞ」とだけ言われたソフィアは、朝からグラートと二人で貸馬車に揺られていた。
 どことは明確には伝えられていないけれど、ソフィアはグラートが手にしている包みの中身からこれから行く場所を察していた。
 けれどソフィアはあえてそこには触れずに、馬車に揺られている間は窓から見える風景を眺めながらグラートとの他愛ない会話を楽しんだ。

 一刻よりも少し長く走った後に馬車が停止したのは、予想していた通り焼き物の町として名高い、窯元が多く集まる町だった。
 手を取られて馬車を下りたソフィアがグラートを見上げると、グラートは持っていた包みを持ち上げて「行くか」と笑った。

 そうして看板を頼りに訪ねた工房で、二人を見た店主はすぐに「あの時の」と笑った。
 覚えられていた事に驚いたソフィアに「こんなデカい旦那はそう忘れない」と言われて、なるほどとグラートと二人苦笑で答えた。


 グラートとソフィアの住む街では半年に一度大市が開かれる。
 ちょうど二人が一緒になってすぐの頃に開かれた大市に、この店が出店していたのだ。
 ヴァレンティーノの日に割ってしまったのは、そこでソフィアが一目惚れをして購入したペア皿の片割れだった。
 グラートが「どうにか直せないか」と差し出した包みを開いた店主は「あぁ、割れちまったのか」と少し残念そうな顔をした。
 
「ごめんなさい、私の不注意で……」
 
 しゅんと肩を落としたソフィアにグラートが「違う、俺のせいだ」と返した事で、「私が」「俺が」になってしまった二人に「仲が良いねぇ」と笑いながら店主は割れた皿を見る。
 
「くっつける事は出来るが、完全に元通りにはならんよ」
「あぁ、それは分かっている。記念の品のようなものだから、捨てる気にはなれなくてな」

 使えなくても対で飾っておきたいのだと言うグラートに、店主はそういう事ならと快く修復を請け負ってくれた。
 折角工房まで来たのだからと二人で店内に飾られている食器を眺めて、新たにペア皿と、カップももう一セット購入して、そうして店主に二人揃ってよろしくと頭を下げて店を後にした。

 
 一月ほどして届いた修復された皿は、無事だった対の皿とともにリビングの棚の上に飾られて、長い時二人を見守り続けた――


 
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
謎の行商人さんは、イベントになると問題を持って来るかもしれません ←

前書きにも追記させて頂きましたが、お尻に後日談を付け足しました。
本当はバレンタインの日にここまで書き切りたかったのですがタイムリミットを迎えてしまい、
それならホワイトデーにと思っていたのですが結局書けずに、ずるずるとこんなに時間が経って……
(の割りにこれっぽっちですみません……)
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