ヴァンパイアとサキュバスのハーフって言われたって、吸血もえっちも出来ません

桜月みやこ

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番外編

告白 (前編)

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本編から三~四カ月後くらいかなぁ、という頃のお話です。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



「ぁ……っん……」

 静かな室内に、小さな声と僅かな水音が響く。

 自らの指をくっと曲げてみると痺れにも似た感じが走って、ぴくんと身体が反応すると共にくちゅりと濡れた音が立った。
 けれどそのまま指を出し入れしてみても、思うような感覚を拾う事は出来ない。

 躊躇いながら、恐る恐る指を増やしてみる。
 そうしてまた指を出し入れして、さっき感じた辺りを少し力を強めて撫でてみる。

「ん……っんぅ……っ」

 身体は反応するし、気持ち良い……のだと思う。
 けれど――

「たりない……っ」

 ぽろりと涙を零して、指の動きを速める。
 比例してくちゅくちゅと水っぽさを増した音が立つけれど、これではだめなのだと、涙がぽろぽろと零れ落ちる。

「もっと、奥……」

 自分では届かない。
 いくら指を伸ばしてみても、ちっとも届かなくて。

 欲しいのは、中をいっぱいにしてくれる太くて硬いもの。
 一番奥に穿たれる、火傷しそうなほどの熱。

 ――だけど何よりもただ、抱きしめてくれる腕の力強さと、その温もり。

 枕を抱き締めてみても、布団に包まって自分で自分の身体を抱き締めてみても、ちっとも温かくならない。
 せめて中だけでもと思ったけれど、どうしたって自分では、自分の指では、あの感覚は得られない。

 こんなに恋しく思うだなんて、思わなかった。
 自分の中でこんなに大きな存在になっているだなんて、知らなかった。

 欲しい。
 欲しいの。
 力強く抱きしめてくれる腕と温もりと、溢れるほどの熱――

「ふ……っ」

 漏れる嗚咽を必死に飲み込んで、けれど耐え切れずに小さな口からその温もりを与えてくれる唯一人の名が零れ落ちる。

「グラートさん……っ」



「随分と楽しそうな事をしているな、ソフィア?」
「――――っ!!?」

 突然背後から聞こえた、面白そうな色を宿した低い声に、ソフィアはひっ!? と悲鳴を上げて身体を跳ねさせた。

「……グ……グラート……さん……?」

 恐る恐るといった風に振り返ったソフィアは、部屋の入り口に身体を凭れ掛からせている、今自分でその名を呼んだばかりのグラートの姿にかちりと固まってしまった。

 どうして? 何で? と考えてみても、ちっとも分からない。
 だってグラートは、明日まで帰って来ないはずなのに。

「ど、どう、して……」

 数え間違えた? ううん、そんなはずない。
 だって五日後に帰ると、確かにソフィアはグラートからそう言われたのだ。


 グラートが籍を置いている騎士団という組織はいくつかの隊に分かれている。
 以前は隣国との衝突もあったけれど、一昔前に両国の王族間の婚姻と共に結ばれた友好協定のおかげで、近年は至って平穏だ。
 勿論日々の訓練は行っているけれど、グラートの所属している隊は警邏を主任務としていると聞いている。
 それでも有事に備えて、年に数度演習を行っているのだそうだ。
 今回は他の隊との合同演習で、野営から実戦までを行うなかなか本気の演習なのだと、腕が鳴ると、それはもう楽しそうに話して、そうしてソフィアと一緒になって以降初めて数日家を空けるからと、グラートから血液も精液もたっぷりと与えられたのは、確かに四日前の事だ。
 あと四日、あと三日……と毎日指を折っていたから、絶対に間違えてなんていない。

「もうすぐ終わりだと気を抜いた馬鹿がいてな」

 グラートはゆっくりと室内に入って来ると、纏っていたマントを取って椅子に向けて放る。
 勢いが良すぎたのか、一度椅子の背に掛かったマントが滑り落ちてばさりと音を立てた。

「まだ演習の最中に、だ――どうなったと思う?」

 ぷつん、と上着の詰襟を崩したグラートから問われる。

「け……怪我を、しちゃったの……?」

 ソフィアの返答にそうだと頷いて、グラートは脱いだ上着も放る。

「勿論治療班も同行していたが、少しばかり当たり所が悪かった――処置はされたが、これは一刻も早く戻って治療院に放り込まねばなるまい、となってな」

 ベッドがぎしりと音を立てた。
 グラートは混乱したまま身じろぐことすら出来ずに固まっているソフィアの動きを封じるように、その両脇に手をつく。

「俺に与えられている馬は、俺の図体に合わせてデカくて力もあって、且つ足も速い。だからその馬鹿を運ぶ役を任された」
「じゃ、じゃあその方、は……」
「治療院に放り込んだ。幸いそう悪い事にはならないらしい。そう、団にも報告をした。だが今から引き返したところで演習は終わっているからな。一足先に休んで構わないと団長から許可を貰って下がってきた」
「そ、そう、なの、ね……」

 グラートが予定よりも早く帰ってきた理由は分かった。
 分かったけれど――

「愛しい妻の元に帰れる。喉は乾いていないか、腹を空かせてはいないかと急ぎ戻って来たわけだが……」

 グラートの指がソフィアの顎にかかって、くっと上向かされる。

「いざ帰ってみたら、まさかこんな姿を見られるとはな?」

 ぺろりと眦の涙を舌先ですくわれて、そうしてあまりの衝撃にまだ自分の中に入れたままだった指を引かれる。

「んっ……」

 水音と共に漏れてしまった声に、グラートがにやりと口端を持ち上げて、そうしてソフィアの蜜で濡れた指を口に含んだ。

「きゃっ……!」

 やめて、と口にしようとしたソフィアは、けれどぬるりと指を舐められて身体を竦ませる。

「五日くらい、何てことないんじゃなかったか?」

 ぴちゃ、とわざと水音をさせて指を舐め上げてみせたグラートに、ソフィアはだって、と視線を逸らす。

「二年、平気だったから……五日くらい大丈夫って……思ったの……」

 ヴァンパイアとサキュバス、両方の能力が覚醒してしまってから二年近く。
 グラートに出逢うまで、ソフィアは人の血液も精液も欲さず、摂取する事もなくいられていた。
 それにこれまでもグラートが一日、二日家を空けることはあったのだ。
 その時はもちろん寂しくはあったけれど、普通に過ごせていた。
 だからきっと五日だって同じこと。
 寂しくは思うだろうけれど、血液や精液が欲しくなる事もなく、何てことなく過ごせるだろうと、思ったのだ。


 朝早くに出発していったグラートをいつものように気を付けてねと玄関口で見送って、その日は普段と変わりなく過ごした。
 夜になってグラートが帰って来ない事に、やっぱり少し寂しくはあったけれど、その晩は自分の部屋のベッドで眠った。
 二日目も自分の部屋で眠って……だけど三日目。
 昼の間は二人で住むには広い家を隅々まで掃除する事で誤魔化していたけれど、夜眠る時になったらどうしようもなく寂しくなって――
 せめて匂いにだけでも包まれたいと、グラートの部屋の、いつも二人で眠っているベッドで眠った。

「そうしたら、もっとずっと寂しくなっちゃって……グラートさんに……会いたくて……抱きしめて、欲しくて……グラートさんが、欲しくなっちゃって……っ」
「昨日も、自分でしたのか?」

 グラートがしゃくりあげているソフィアを抱き起こして自分の足の間に下ろすと、ソフィアは俯いたまま首を振る。

「き……昨日は……グラートさんの、匂いでいっぱいになればって、思って……お布団にくるまって、まくら……抱き締めて……」

 ごめんなさいと涙を零しているソフィアを抱き寄せて、グラートはソフィアの柔らかな髪に口付ける。

「空けてる日以外は毎日何度もしてるしな……久しぶりに腹が減って、身体が驚いたか?」
「そ……そうじゃ、なくて……。グラートさんが、居ないこと、が……寂しくて……ぎゅって、して欲しくて……だけど、匂いに、包まれたら……ぜんぶ……欲しくなっちゃって……」

 グラートの胸に顔を埋めたソフィアに、グラートは一つ瞬く。

「……それは、精だけでなく、俺自身を欲してくれた、という事か?」

 グラートから覗き込むようにされて、ソフィアはきゅっと強く目を瞑った。
 グラートが自分を求めてくれるのは、サキュバスの血を引いているおかげで、尽きる事がないのではと思える程のグラートの欲を受け止められるから。
 今更はっきりと自覚してしまったこの気持ちを口にして、面倒くさいと思われてしまったらどうしようと思うと、ソフィアの身体は小さく震えた。

 目を瞑ったまま身体を固くしているソフィアに、グラートが呼び掛ける。
 恐る恐るグラートを見上げて、何度か口を開いて、閉じて――そうしてソフィアはごめんなさい、と俯いた。

「わ、私、グラートさんが、好き……ごめんなさい、好きなの……。グラートさんが必要としてくれてるのは、か……身体、だけって……分かってるけど……」
「ソフィア」
「め、迷惑はかけないから。グラートさんが私に飽きたら、その時はすぐに出て行くから、だから……だから、それまでは……」
「ソフィア」

 とん、とグラートの指で唇を押さえられて、ソフィアはひくっと息を止めた。

「やっと、俺を見たな」

 嬉しそうに笑みを浮かべているグラートに、ソフィアはえ? と瞬く。

「だが、そうだな……ちゃんと言わなかった俺も悪いか」

 溜め息混じりに呟いたグラートは、不安そうにしているソフィアの頬を包んで、親指でソフィアの涙を拭った。

「俺たちは身体から始まった。だが俺は、ソフィアの身体だけが欲しかったわけじゃない。俺を誘ったソフィアも、臆病で初心で頑固なソフィアも、愛しいと思った。俺は、ソフィア。お前だから一緒になりたいと思ったんだ」
「……わたし……だから……?」

 瞬きと共にぽろりと零れ落ちたソフィアの涙を指で掬って、グラートはソフィアの瞼に口付ける。

「信じられないか?」

 問われて、ソフィアはおずおずと自分の頬を包み込んでいるグラートの手を握る。

「ほんとう……? グラートさんも……私の、こと……」
「あぁ、本当だ……もっと早くに、きちんと言葉にすべきだったな」

 すまないと言ったグラートを、ソフィアはぼんやりと見上げる。
 呆けたようなソフィアの頬を包む手に少しだけ力を込めて、グラートは良いか、とソフィアを覗き込む。

「俺はな。最初の晩からソフィア自身に、好意を持っていたぞ?」

 まさかこれまでずっと身体目当てだと思われていたとはな、と苦笑を零したグラートに、ソフィアはくしゃりと顔を歪めると、一時止まっていた涙をぼろぼろと零し始める。

「ぐ、ぐらー……ぐらーと、さ……っ」

 グラートの名を繰り返しながら顔をくしゃくしゃにして泣くソフィアに、グラートはひどい顔だなと笑って、けれど愛おしそうに目を細めてソフィアの眦をぐにぐにと揉む。

「なぁ、ソフィア。俺が、欲しいか?」

 ちゅ、と瞼にキスを贈られて、そんな風に問われて、ソフィアは瞼をゆっくりと持ち上げた。
 そうして思ったよりもずっと真剣なグラートの瞳を見つめ返す。

「うん、ほしい……」

 躊躇う事なく頷いたソフィアに、グラートはそうか、と目元を緩ませるとゆっくりと口付けた。

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