ヴァンパイアとサキュバスのハーフって言われたって、吸血もえっちも出来ません

桜月みやこ

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03. 対話

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❊❊❊

「あ、れ……?」
「起きたか」

 ソフィアが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
 ここは? と疑問を感じた途端にのしりと大きな人影が現れて声をかけられて、ソフィアはひゃっと悲鳴を上げる。

「あ、あの……ここは……?」

 どうして私はこんなところに、と不安を覚えたものの、不思議と目の前の大柄な男自体には恐怖を感じず、ソフィアは男を――グラートを見上げた。

「俺の家だ。――食え」

 ずいっとパンを差し出されて、ソフィアは戸惑う。
 受け取ることが出来ずにいる間に、グラートはもう片方の手に持っていたスープの入ったカップも差し出した。

「あの、お腹は別に……」
「嘘つけ。盛大に腹鳴らしながらぶっ倒れたくせに」

 そう言われて、ソフィアはようやく何となくぼんやりと思い出した。

(――っ! そうだ、私この人のこと、美味しそうって……思って…………お腹鳴らしながら、倒れた……!?)

 嘘でしょう? と羞恥に震えること数秒――ソフィアは掛けられていた上掛けを引っ張り上げて包まってしまいたい衝動を飲み込みながら、すみませんと謝罪を口にする。

「大変、ご迷惑を……」
「そんなのは良いから、食え」

 腹減ってんだろ、と言われて、ソフィアは曖昧に微笑んだ。
 これはパンやスープのような食事ではダメなんです、と言う事も出来なくて、とにかく要りませんとやんわりとグラートの手を押し返す。

「あの、本当にすみませんでした……すぐに帰りますので……」

 何とか気力を振り絞って起き上がったソフィアは、けれどグラートからずいっと顔を覗き込まれて息を飲んだ。
 その拍子に倒れる前にも感じた美味しそうな香りに鼻腔をくすぐられて、ソフィアのお腹がくぅっと音を立てる。
 頬を染めたソフィアだったが、グラートから発された言葉にびくりと身を竦ませた。

「お前、ヴァンパイアだろう?」
「ちが……っ!」

 ソフィアは咄嗟に違います! と否定しようとグラートを見上げて――暫くの沈黙の後に小さく小さく頷いた。

 冷静に見てみれば、目の前の男が身につけているのは騎士団の制服だ。
 自覚のない間に外に居たという事は、もしかしたらあまりの枯渇状態に本能で人を襲ってしまって、そこをこの人に捕えられたのかもしれないと思い至ってソフィアは身体を震わせる。

「私……なにか、してしまったのでしょうか……」
「――いや。夜中に通りでぼんやり突っ立ってた上に腹鳴らしてぶっ倒れたから保護しただけだ」
「そう……ですか……」

 誰かを襲ったのでなければ良かった、と息を落としたソフィアにグラートが続ける。

「血が足りなくて、倒れたのか?」
「……そう、です……」
「何故?」

 質問の意味が分からずに小さく首を傾げたソフィアに、グラートは倒れるほど足りなくなっているのは何故か、と問い直す。

「血を、飲めないから、です……」
「飲めない? ヴァンパイアなのに?」

 心底不思議そうな表情をしたグラートに、ソフィアは逡巡の末に自分の事を話し始めた。

「私、十六の歳までは――二年程前まではこんな血・・・・を引いているだなんてちっとも知らなくて……人族なんだと思って暮らしていたんです。だから、急にヴァンパイアの血を引いているだなんて言われても、血を啜るなんて恐ろしいことは出来なくて……」
「じゃあこの二年、どうしてたんだ?」
「…………家畜の、血を……少し貰って……」

 ぼそぼそと恥ずかしそうに答えたソフィアに、グラートは目を瞠る。

「それじゃ足りてなかったって事だろう? このまま吸わずにいて大丈夫なのか?」
「多分、長くは生きられないと思います……けど、それで良いんです。誰かに迷惑なんてかけたくありませんし、それに……両親は適当に男の人を誘えば良い、なんて言うんですけど、私は好きでもない男の人にそんな事はしたくなくて……」
「恋人に頼めないのか?」

 ソフィアの年齢からすると当然と言えば当然の質問に、ソフィアは俯く。

「恋人なんていませんし……親の都合で転々としていたので、頼めそうな知り合いとかも、いなくて……」

 諦めたように小さく笑んだソフィアに、グラートは僅かに眉を寄せる。

「……苦しくて。いっそ早く死んでしまいたいのに、中々死ねないんです……」
「お前……」
「昨晩、私は知らない間に外にいました。……本能が、男の人を求めたんじゃないかって……こわ、くて……」

 きゅっと上掛けを握りしめたソフィアの目から、ふいにぽろぽろと涙が零れ落ちた。
 この感覚はきっと両親には理解して貰えないだろうと、今まで誰にも言えなかった「こわい」という気持ちを初めて音にした事で、ソフィアの中で感情の糸がぷつりと切れた。

「こわい、です……人から貰わないと生きられないという事も……このままだと、いつか……いつか、知らない間に人を襲ってしまうのではないかという事も……自分のことが、こわくて…………私、いつ死ねるの? どうしてまだ死ねないの?」

 ぽろぽろと涙を零して顔を覆ったソフィアに、グラートは暫く考えた末によし、と頷くと自身の襟元をはだけさせた。

「飲め」
「…………? えっ!??」

 身体を寄せられた事で顔を上げたソフィアは、眼前で晒されていた異性の肌にぱっと頬を染める。
 涙がぴゅっと引っ込んだような気がした。

「吸い尽くされるのは困るがな。あんたの渇きを癒すくらい、問題ないだろう」

 ずいっと更に身体を寄せてきたグラートに、ソフィアは目を丸くする。

「だ、だめです! そんな事! もしたくさん吸っちゃってあなたに何かあったら……!」
「あんたは理性的だ。何か起こすようなヴァンパイアではない。と、俺は思う――まぁ、俺の血など気持ち悪いというのであれば仕方ないが」
「いいえ! とても美味しそ……っ! あっ! いえ、あの……っ」

 何を言っているの! と慌てて口を閉じたソフィアに、グラートは小さく口端を持ち上げる。

「じゃあ飲めば良い。ほら」

 近寄られた事で香ってきた甘い香りに、ソフィアはくらりと目眩を覚えた。
 だめ、と思うものの、香りに誘われるままに自身の理性がぐらぐらと揺らぐのを感じて、ソフィアは必死で頭を振る。

(だめ……絶対だめよ……! 今こうしてベッドを使わせて貰ってるだけでも迷惑かけてるのに! これ以上、しかも血を貰うなんて……!)

 それに、とソフィアはぎゅっと目を瞑る。

(今ここで飲んだって、お腹は満たされないし、喉だってどうせまたすぐに渇くんだもの)

 ――あと少しだ。
 最近の身体の重さは今までと比べ物にならないくらいで、だから多分、あと数日もすればきっとソフィアは永の眠りにつけるだろう。
 やっとやっと、この苦しみから解放される。

「お気持ち、だけで……!」

 なぜだかぐいぐいと身体を寄せて来るグラートから、ソフィアは必死で顔を背ける。

「〝とても美味しそう〟なんだろう? 俺は平気だから、さっさと飲め」
「……っ」

 顔を背けたまま目と口をぎゅうっと閉じているソフィアに、グラートは溜め息を落とす。

「俺はな。オーガの血が入ってる」
「…………オーガ?」

 そろりと視線を寄越したソフィアに、グラートはそうだ、と頷いてみせる。

「だからまぁ、ちょっとやそっとの事じゃへばらない」

 気にせず俺の血を吸えと言うグラートに、ソフィアはぱちりと瞬いた。

 オーガと言えば、とにかく凶暴で見た目が醜悪な事で知られた種族だ。
 そしてなぜだか雌の生まれる率が低いらしく、故にオーガの嫁取りは強奪のそれだという。
 大きな体躯も持ち合わせているために、大抵の種の雌は抵抗なんて出来ずに犯され孕まされ、まるで子を産む道具のように扱われると言われている。
 そんな種族であるから、精霊族や人族だけでなく、魔族内での評判もよろしくない――のだが。

(醜悪……?)

 目の前の男の見た目は醜悪とは程遠い――むしろ端正と言える部類だろう。
 オーガに孕まされた雌が産み落とすのは、雌の種族が何であれほぼ例外なくオーガとして産まれ落ちるとも聞いたことがある。
 しかし男は確かに身体は大きいが、醜悪なんかではなく凶暴そうにも見えない。

(オーガが醜悪だなんて、実は嘘、とか?)

 それならば目にした雌を攫って犯す、なんて話もただの与太話なのかしらと首を傾げたソフィアに、グラートは説明を続ける。

「俺の父の母親――まぁ俺の祖母という事になるな。彼女はエルフ族だったそうだ。エルフがオーガにとっ捕まる下手を打った理由までは知らないが、祖母はオーガの子を孕んだ。オーガの元から逃げ出せたのか、祖母は一人で父を産み育てたそうだ」
「エルフ……」

 森の民であるエルフ族は、神秘的で美しい外見をしているという。
 余りの美しさに、その身を欲する者たちから狙われてしまう為に森の奥深くに暮らし、他者が入り込まぬよう森の入口は魔法で堅く閉ざされていると言われている。
 あまり――と言うよりも、ほとんど他種族とは交わらない事で知られている種だ。

「オーガとエルフが交わるとどうなるのかは他の例を聞いた事がないから分からんが、祖母の血はオーガの血を凌駕したらしい。父はエルフの血を色濃く継いだ。父は人族の娘を妻として、産まれたのが俺だ。が、俺はオーガの血の方が濃く出てしまったらしい――まぁつまり、普通よりも図体がデカくて頑丈で、血の気も多い。騎士団に身を置いてるのだって鍛錬がきついと聞いたから、持て余していた体力を発散出来ると思ったからだ」

 それでも俺にはちっともきつくないがな、と付け足して、グラートはにやりと笑う。

「だから、多少血を吸われたところでどうって事はないはずだ」

 話しているうちに少し離れていた距離をまたぐいっと詰められて、ソフィアは首を振る。

「あ、あなたが丈夫そうだという事は、分かりました。でも、だからって血を吸って本当に何も起こらないとは言い切れないと……」

 必死で距離を取ろうとしているソフィアに、グラートは強情だなと呆れたように息を落とす。
 そうして腰に下げていた短剣を取り出すと、躊躇なく己の指先に刃を滑らせる。

「……っ!!」

 途端ぶわりと広がった血の匂いに、ソフィアの身体がぴくりと跳ねた。

「やってもみずに決めつけるな。万が一ヤバそうだと思ったら、俺だって馬鹿じゃないんだ。止めるから心配すんな」

 ほら、と口元に血の浮いた指先を突き付けられて、ソフィアの喉がこくりと音を立てた。
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