王命で冷徹非情と言われる英雄に嫁いだけれど、何だか違うようです

桜月みやこ

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06.

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「まだ戦が始まる前……城で貴女と話をした事がある」
「お城で、ですか?」

 突然のお話にぱちりと瞬いて、けれど何度かお城に訪れた時の事を思い返してみる。
 夜会かしら。それともお母様と共に招かれた王妃様のお茶会の時? だけどあの場に男性はいなかった。

「きっと覚えていないだろう。本当に僅かな時間だ――だが俺は、その時貴女に一目惚れをした」
「えっ!?」

 驚いてエーヴァウト様を見上げたけれど、すいと視線を逸らされてしまう。
 
「開戦して、英雄などと言われるようになったが、俺はただ、貴女を守りたかった」
「わたくし、を……?」
「貴女のいるこの国を落とされてなるものかと。ただそれだけを思ってがむしゃらに突き進んで――」

 エーヴァウト様はそこで一つ息を落とすと、身体を起こした。
 呆然とエーヴァウト様の言葉を聞いていた私は、ただその動きを目で追う。

「陛下から褒賞をと言われた際、これは好機だと、俺は貴女を望んだ。持て囃される価値などない……私欲に塗れた、汚い男だ」

 呆れただろう、と自嘲的な笑みを浮かべたエーヴァウト様が、ベッドから下りてしまう。

「それでも、きっと断られるだろうと思っていた。だが陛下が――貴女に俺との婚姻の命を下したと知って、恐ろしくなった。冷徹非情などと言われる男の元に喜んで嫁ぐ娘はいないだろう。きっと貴女も怯えているに違いない。そう思うと会いに行く事も出来なかった。婚儀の貴女はあまりにも美しくて、眩しくて、目が潰れてしまうかと思った。大事にしようと誓ったのに、可愛すぎて我慢が利かずに、乱暴にしてしまった」

 今までのあまりお話しにならないエーヴァウト様から打って変わって滔々と紡がれる内容に、私はぽかんとエーヴァウト様の背中を見つめる。

 エーヴァウト様は、以前から私に好意を抱いて下さっていた?
 一度も会いに来て下さらなかったのは、私が怯えていると思ったから?
 婚儀の間、ずぅっと不機嫌そうなお顔をなさっていたのは、私が眩しかった? から??

 語られた内容を整理しようとしている間に、エーヴァウト様はまたすまないと言ってガウンを拾い上げて腕を通すと、ドアに向かってしまった。
 出て行ってしまいそうなエーヴァウト様に、私は慌てて呼びかける。

「エーヴァウト様……旦那様」

 ぴくりと、エーヴァウト様の肩が揺れた。

「旦那様――正直に申しますと私、この結婚は冷たくて寂しいものになると思っていました。だってエーヴァウト様は冷徹非情と言われるお方でしたし、当日までお顔も合わさず、婚儀の最中もずぅっと恐いお顔をしてらしたもの」
「っ……すまない……」
「でも、このお部屋で旦那様のお声を聞いて、その温もりに触れて……改めました」
「……何……?」

 エーヴァウト様がこちらを振り返って下さった事にほっと息を落とす。
 痛む下半身を堪えて身体を起こすと、エーヴァウト様の眉間に皺が現われた――きっとあれは、心配して下さったのだ。

「私、自分の婚姻は家の為のものになると思っていましたから、どんなお相手でも受け入れる覚悟をしていました。ですが、夢も見ていたのです。恋情はなくても、互いを思い合って穏やかな情愛を育める方であれば良いな、と。エーヴァウト様であれば、もしかしたら、そんな素敵な家庭を築けるかもしれない、と」
「ユリアナ……」

 エーヴァウト様の眉間の皺が解けて、驚いたような顔に変わる。

「旦那様。私も、お慕いして、良いですか? 誰よりも旦那様が一番だと……思って、宜しいでしょうか」

 行かないで。
 戻ってきて、抱きしめて。

 そんな願いを込めて、私はエーヴァウト様に向けて手を伸ばす。
 エーヴァウト様は少しの間悩んで、そして躊躇いながらも戻って来ると、恐る恐るといった風に私を抱きしめた。

「……やはりこれは、俺の都合の良い夢か」
「まぁ。夢などではありません。とっても痛かったのですから、夢にしないで下さい」

 ぎゅっと抱きしめ返すと、エーヴァウト様は一度ぐっと唸ってから私の肩に顔を埋めた。

「……俺は、貴女を愛している。貴女の望むような家庭を築けるかは、分からないが」

 身体を離したエーヴァウト様がすっと息を吸いこんだ。

「ユリアナ。俺の妻に……家族に、なってくれるだろうか」
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