王命で冷徹非情と言われる英雄に嫁いだけれど、何だか違うようです

桜月みやこ

文字の大きさ
上 下
5 / 7

05.

しおりを挟む
「氷系の魔法使いは希少じゃ無かったのか?」

 客入りも悪いし、早めに店を閉めての作戦会議だ。
 時夫が疑問を呈する。

「学園でも多分一人もいないと思います」

 国の強力な魔力を持つ若者が3桁も集まるところでも居ないレベルの希少さだ。
 だからこそ他の魔法の組み合わせでも、氷を作れる時夫と、特別な種族のフォクシーのいるこの店の地位は盤石だった筈なのだが。

「氷系の魔力の篭った魔石も存在はするのですが、他国の王室が代々所有する杖についているとかですから、魔道具でもあり得ません」

 ルミィが魔道具の可能性も否定する。
 よしんば魔石を手に入れられたとしても、そこまでの代物をアイスクリーム作るのには使わないだろう。

「まさか……氷を冬から取っておいて、それを利用して?」

 氷室とかこの世界にもありそうだし。

「それで価格競争で我々に勝てますか?
 こちらは冷やす過程が省けてるんですよ」

 コニーの意見は最もだ。

「調査が必要だ。潜入するぞ」

 時夫が重々しく結論を告げた。

「せんにゅー?誰がやります」

 ルミィは完全に他人事っぽい顔をしている。
 時夫はスッとスプーンでマルンアイスを突いてる当事者であるルミィを指差した。

「え!?私ですか?」

 そして、スッと自分を指した。

「え!?トキオですか?」

 時夫は胸元を指差した。服の下にはお揃いのネックレス。

「俺ら以外に適任はいないだろ?
 客も少ないから他の3人で店回せるだろうし」

 そんな訳で『フォームチェンジ』!

「え!?トーニャさん!?」

 そうだった。忘れていたが、女の姿を伊織は知ってるんだった。
 ちょっと照れるな。
 ……いや、待て。気持ち悪がられないかな。
 急に不安になったが、オドオドしては逆効果かと、コホンと咳払いをして真面目くさって答える。

「そうなんだ。たまに女の姿であちこち潜入して仕事してるんだよ」

「そうだったんですか。トーニャさん優しくて親切だったから、また会いたいと思ってたんです!」

「伊織ちゃん……」

 伊織は時夫の両手をギュッと握って歯並びの良い白い歯を見せて笑う。
 淑女感は無いけど、魅力的な笑顔だ。
 やはり、この笑顔が下品と陰口を言われない日本の方が伊織には合ってるのかも知れない。

「イオリ、いちいち殿方の手を握ったりしてはいけません」

 ルミィが苦言を呈してきた。
 お嬢様としては気になるのか……。

 ……いや、でもルミィも偶に時夫の手を握ったりするのに。
 迷子の恐れがある時は緊急時だからオッケーってことか?
 
『嫉妬』と言う単語が頭に浮かび掛けて、頭を振る。
 ルミィは相棒だし、時夫はその内日本に帰る身だ。変なことは考えない様にする。
 いつまで一緒に居られるか分からないのに、変に意識して関係を壊したくは無い。

「はーい……」

 伊織が不服げに手を離す。

 そして、ルミィも顔も変える変装をする。
 なんと、ゾフィーラ婆さんの姿だ。
 これなら、絶対にバレない!

「じゃあ、行ってくるよ」

 念のためフードで顔を隠しつつ、いざ、敵陣へゴーゴーだ。

 店番3人が手を振り、狐っ娘二人は尻尾も振ってお見送りしてくれる。
 店内から、客足が遠のいた今も一日に何度もやってくる冒険者ギルド長も手をブンブン大きく振って見送ってくれる。
 ……あの人はいい加減ギルドの方の仕事ちゃんとした方が良いと思う。

 そんなこんなで、

 やって来ました!
 新しいアイスクリーム屋さんとやら!

『パーラーゴールダマイン』

 時夫の店の客をごっそり引き抜いたように、長蛇の列だ。
 最後尾に並んで様子を見ると、なるほど、中々可愛い顔立ちの若い女の子を揃えている。
 しかし、身内贔屓無しにこちらの四人の看板娘の方が圧倒的に可愛い、と思う。
 違いがあるなら……露出度か。

 なんと言うか、時夫デザインの制服は、ちゃんと接客のプロって感じで、でも可愛くって、女性陣の本来の良さが引き立っているが、
 こちらは……膝上が出とる!!
 いや、ニーソ的なので肌自体はそこまで見せてないけど!
 それに……胸元が……出とる!
 しかも!凹凸が!胸元の!凹凸が!

「トキオ……何を熱心に見てるんですか……?」

 隣のフードを老婆から、低ーい呟きが聞こえた。

「……いや、なんも見てないっす」

 ――敵の戦略の分析のためなのに!!ルミィは俺を疑うなんて酷いよ……。
 本当だよ!!
 ……とは、言わなかった。変に言葉を重ねる先には地獄が待っている気がする!!

 時夫は死線をいくつも潜り抜けるうちに、危機察知能力が上がっているのだ!
 きっとこの能力は今後も時夫の命を繋いでくれることだろう……。

「しかし……ゴールダマイン、ですか」

 ルミィが意味ありげに看板を見上げながら囁く様な声で独り言を言う。
 老婆の姿だと、こう言う呟きも雰囲気出るなぁ。

「何か意味があるのか?ゴールドマイン」

「ゴール、ダ、マインですよ!
 ……第一王子の手下に緑頭の成金趣味のロン毛がいたでしょう?
 アイツの名前がフィリー・ゴールダマインです」

「な、なんだってー!」

「しっ!声が大きいです!」

 周りの客の男達は鼻の下を伸ばして店員さんを見てるので、騒ぐ時夫の方は見ていなかった。
 あ、あの客はウィルの店で声入り目覚まし時計買いまくってた奴だ!
 ……うちの店でも見たことある気がするな。
 店員さんに果敢に声をかけている。店員さんの笑顔が引き攣り気味だ。
 熱意は凄いがあちこち狙いすぎでは?

 そして、夏の照りつける太陽に灼かれつつ、なんとか目当てのアイスクリームを手に入れた。
 フレーバーはパクられたとしか思えない程に一緒だ。
 味はうちの方が良い!……と思う。
 
「もう常連なんだし、こっそり名前教えてよ~。
 今日なんて君と会う為にこれでアイスクリーム食べるの8個目なんだよ?」

 さっきの常連客が店員さんを一人捕まえて粘っている。
 ツインテールの小柄な女の子だ。
 かなり迷惑そう。

 時夫の中の紳士たれと自らに求める心が、迷惑客を放置しておけなかった。

「ちょっとトキオ……」
 
 止めるルミィを手で制して、常連客に声を掛けた。

「仕事中の人にあんまり長時間話しかけるもんじゃ無いわよ!」

 常連客はポカンとした顔で時夫を見た。
 目と口を真ん丸くしている。
 顔の輪郭と鼻が元々丸っこいせいで、顔全体が丸で作られている。

「き……綺麗だ……」

「ん……?」

 時夫は何かの聞き間違いかと思って、眉を顰めた。

 ガバッと常連客が汗ばんでヌルヌルの手で時夫の両手を握りしめた!
 うへぇ!手汗すごい……。手を洗いたい……。

 振り解こうとしたが、謎のしつこさで汗の滑りもなんのその、振り解けない。
 たす……助けて……。

「こりゃ!おなごの手を突然握る者があるか!」

 ルミィが妖怪手汗男の肩をグーパンした。

「な、なんだこのババア!」

 時夫は『クリーンアップ』で手を綺麗にしつつ、手汗男から距離を取る。
 ゾフィーラ婆さんの姿のルミィはいつもの目立つのとは違う予備の地味な杖を構えて時夫を背に庇ってくれている。
 ルミィ……ありがとう。

 ツインテールの店員さんは気がついたら店の奥に引っ込んでいた。

「この人は私のお婆ちゃんだわよ!」

「トキオ……なんか口調変です」

 ルミィの呟きはさて置き、時夫もルミィの背後から精一杯男を睨みつける。

「いや、その……お詫びにアイス奢ります!
 ……少しお話ししませんか、お嬢さん!」

 時夫にも今の状況に合点がいった。
 コイツ節操無しに、見た目が良い女に片っ端から声かけてるんだ!

「いや……お断りだわよ!」

 ふんっ!時夫はそんな安い女じゃ無いわよ!
 ルミィと共にさっさと店を離れる!
 アイスは溶けないうちにぺろぺろ舐める!

「ま、待って!俺はあの店の裏メニューも!安さの秘密も!なんでも知ってますよ!」

 時夫は足を止める。
 ルミィを見る。
 ルミィがコクリと頷いた。

「貴様……その話……詳しく聞かせてもらうわよ!」

 保護者《ルミィ》付きのおデートが決定した。
 
 
しおりを挟む
お読みいただきましてありがとうございます!

** マシュマロを送ってみる**

※こちらはTwitterでの返信となります。 ** 返信一覧はこちら **

あなたにおすすめの小説

唯一の味方だった婚約者に裏切られ失意の底で顔も知らぬ相手に身を任せた結果溺愛されました

ララ
恋愛
侯爵家の嫡女として生まれた私は恵まれていた。優しい両親や信頼できる使用人、領民たちに囲まれて。 けれどその幸せは唐突に終わる。 両親が死んでから何もかもが変わってしまった。 叔父を名乗る家族に騙され、奪われた。 今では使用人以下の生活を強いられている。そんな中で唯一の味方だった婚約者にまで裏切られる。 どうして?ーーどうしてこんなことに‥‥?? もう嫌ーー

腹黒宰相との白い結婚

恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

白い結婚が貴女のためだと言う旦那様にそれは嫌だとお伝えしたところ

かほなみり
恋愛
年下の妻に遠慮する夫に、長年の思いを伝える妻。思いを伝えて会話を交わし、夫婦になっていく二人の、ある一夜のお話です。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

処理中です...