王命で冷徹非情と言われる英雄に嫁いだけれど、何だか違うようです

桜月みやこ

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03.

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「遅くなって、すまない」

 ――しゃべった! と思ってしまった私は、悪くないはず。

 初めて聞く声は思ったよりも低くて、落ち着いた声だった。
 眉間の皺がなくなってる……と思ったのに、私と視線が合った瞬間にまたきゅっと皺が出来てしまった。
 エーヴァウト様は眉間の皺をそのままに大股で私の前までやって来ると、私の肩に触れた。

「冷えてる」
「え……」

 ぎゅうっと眉間の皺が深くなって、そうして気が付いた時には私はエーヴァウト様の腕の中にいた。 

「こんな薄着でいるもんじゃない」
「も……申し訳ありません……どうしたら良いのか、分からなくて……」
「……次からは、布団に入っていろ」

 次から、と思ったその時、ふ、とエーヴァウト様が私の首筋に顔を埋めた。

「ひゃ……っ」

 驚きでぴくんと跳ねてしまった身体を、エーヴァウト様にぐっと抱き寄せられる。

「この匂いは」

 私の首筋に顔を埋めたまま呟かれて、寝支度の時にルイサに香油を塗られた事を思い出す。

「あ、あの、香油を少し……お気に召しませんでしたか……」
「いや、ユリアナ嬢らしい、爽やかながら甘さを含んだ――良い香りだ」

 すん、とエーヴァウト様の鼻が鳴った。

(か、嗅がれて……!?)

 驚いて飛び出しそうになった悲鳴を何とか飲み込んだところで、エーヴァウト様がそっと身体を離した。

「……ユリアナ、と呼んでも?」
「ひぁっ……い……っ!」

 間近で覗き込まれたせいでおかしな返事をしてしまった私に、エーヴァウト様がふっと頬を緩めて――微笑んだ。

(優しい、お顔……)

 ほんの少し口角が上がって、ほんの少し目が細められただけだったけれど、それは確かに微笑みと呼べるもので……。
 何だか信じられなくてぼーっとエーヴァウト様を見上げていたら、エーヴァウト様の顔が近づいてきた。

 あ、と思った時には唇に柔らかい物が触れていて、そうしてまた抱き寄せられていた。
 ちゅ、と小さな音を立てて、エーヴァウト様の顔が離れる。

「……キス……」

 今のが、と思いながら呟くと、エーヴァウト様の指がそっと私の唇に触れた。

「嫌だったか?」

 そのまま頬を撫でられて、その手がとても暖かくて、私はほぅと小さく息を落とす。

「いいえ」
「なら、もっとしても良いか?」
「……はい」

 またゆっくり近づいて来るエーヴァウト様の唇を、今度は目を閉じて受け入れる。
 ちゅ、ちゅ、と小さな音を立てて啄むように繰り返されるキスに、一体いつ息をすれば良いのか分からなくて、私はとうとうエーヴァウト様の胸を押し返して顔を背けてしまった。
 そうしてふはっと息を吸いこんだ私に、エーヴァウト様の喉がくっと小さく鳴る。

(……今、笑った?)

 どんな表情をなさっているのだろう、とエーヴァウト様を見上げると、さっきと同じようにほんの少し口角が上がっていた。
 けれどそれを見られたのは一瞬。
 エーヴァウト様の唇が、私の鼻の頭に寄せられた。

「鼻で、息をするんだ」

 囁くように言われて、また唇が重ねられる。
 閉じそこなった私とエーヴァウト様の視線が交わって、そして促すかのようにエーヴァウト様の目が細められる。

「っ……!」

 ぎゅっと目を閉じて、言われた通り鼻から小さく息を吸うと、ゆっくりとエーヴァウト様が角度を変えた。
 何とか呼吸をすることは出来たものの、繰り返されるキスに結局苦しくなって、また顔を背けてしまう。
 私の息が落ち着くまで待ってくれているらしいエーヴァウト様に、私は申し訳ありません、と肩を落とした。

「慣れて、いなくて……」

 キスもまともに出来ないなんて、と呆れられていないかしらと恐る恐るエーヴァウト様を伺えば、エーヴァウト様の眉間にまた皺が寄っていた。

「慣れていたら、相手の男を引き裂いてやるところだ」
「え……」
「これから、慣れていけば良い」

 今何か不穏な……と思ったけれど、頬を撫でられてまた唇が重ねられて、そうしてゆっくりと押し倒された。
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