呪われ王子は近衛騎士の腕の中

桜月みやこ

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01.

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 燃えるような赤い髪が印象的な、『妖艶』という言葉がぴったりの美しい女だった。
 魔法にも長けているようだった。

 だが容姿が美しい者も魔法に長けている者も、特段珍しいものではない。

 だからルネは、彼女をただの美しく優秀な女性と認識していただけで、それ以外の事は気にもしていなかったのだ。


「俺何度も言ったよな。あれ・・は止めておいた方が良いって」
「止めろと言われると手を出してみたくなるのが人というものだろ?」
「止めろと言われたら止めるもんだよ、馬鹿王子」

 ばしんっと良い音を立てた自分の頭を撫でて「もう少し優しくしろよ」なんて唇を尖らせているルネに、ギルベルトは呆れたように溜息を落とした。


 ルネ・ブランシャールはこの国の第三王子だ。
 第一王子が次期国王である事は決定事項で、第二王子は第一王子の補佐として立派に務めるであろう。
 それは誰もが認め、誰もが当然だと頷く事であった。
 既に次期国王とその補佐役が揺るぎのないものとなっている中で、第三王子はというと一応は近衛隊に身を置いているもののその働きは芳しくない。

 というよりも日々遊び歩いている。
 どうしても顔を出さなくてはいけない式典や行事などには隊服を身に着けきっちりとした姿を見せるし、一応の鍛錬を行ってはいるものの、日常的に隊に顔を出す事など滅多にない。

 第三王子はとにかく女好きで有名だ。
 夜会で出会った女性は勿論の事、街を歩いては身分関係なくそこここで女性を捕まえて来る。

 そんな第三王子のお守を任されているのが、第三王子の幼馴染で同じ近衛隊にも所属しているギルベルト・マイザーだった。

 毎晩のように女性と閨を共にしているルネの朝は遅い。
 故にギルベルトは早朝に隊に顔を出して鍛錬を行い、一応の業務連絡の後にルネの元へ向かう。
 そうして日がすっかりと高くなった頃にルネを叩き起こして、隊へ顔を出す様に促しては面倒くさいと一蹴され、時に約束のある女性の元へ、時に招待状を手に茶会へ、時に街へ繰り出すルネの供兼護衛をする。
 護衛の任でもあるからして、ルネが女性を口説いている時も、何故だかギルベルトの名義で街中に借りている屋敷にしけ込んでいる間も、ギルベルトがルネの側を離れる事はない。
 勿論覗きの趣味などないから一定の距離を保ってはいるけれど。

 ギルベルトは近衛の中でも上位の実力者だ。
 剣の腕は元より、魔法適性もある。
 その魔法も下手な魔法士よりも実力があるものだから、第三王子の護衛などに就かせるのは勿体ないという声も上がっている程だ。
 けれどギルベルト本人が第三王子付を希望している上に他の誰もこの任をやりたがらないのだから仕方がない。
 近衛隊長としても苦渋の決断ではある、らしい。

 だからルネがその女と言葉を交わした時、ギルベルトはその女の危険性・・・をルネに説いた。
 耳を貸さないだろうと分かってはいたけれど、忠告はしたのだ。何度も。

 そしてやはり聞く耳を持たなかったルネは案の定と言うべきか──困った事態に陥ってしまった。


「これは困ったな……」

 街中にあるギルベルト名義の屋敷の一室のベッドの上で、ルネは自分の襟元を引っ張って服の中を覗き込んでいる。

「なぁ、これ何とか出来るのか?」
「出来るわけがあるか」

 またルネの頭がばしんっと良い音を立てる。

「恐らくあれは魔女だ。魔女の呪いなんて、普通の魔法しか操れない人間がどうこう出来るわけがないだろう」
「魔女かぁ……」

 希少な存在に逃げられたのは惜しかったな、などと呟いているルネの頭をもう一度はたいて、ギルベルトはそれで?とルネに視線を落とす。

「お前の素行がバレて?よくも私の気持ちを踏み躙ったなと怒り狂った──ルイーズとか言ったか?その魔女に呪いをかけられた、と」
「気持ちを踏み躙ったって言われてもな。ルイーズが一番だなんて言った覚えはないし、そもそも愛は皆に平等に囁くものだろ?」
「普通は、唯一人に囁くものだと思うが……」
「ははっギルってたまに夢見がちだよな」
「ルネがおかしいんだ」

 ばしんっともう何度目になるか分からない平手をルネの僅かに小さくなった頭に落とす。

「で、どういう呪いだって?」
「知らない。逆切れされた途端に何か・・がぶわっと来たと思ったらこう・・なってて……気付いたらルイーズの姿も消えてた」
「解呪方法──なんて親切に言うはずもない、か」

 思案するように眉を寄せたギルベルトに、ルネはあーあと溜息をつく。

「明日は一日ダニエラとやりまくるはずだったのに、これじゃ何も出来ないじゃないか!」

くっそー!と喚いてベッドに大の字になったルネに、ギルベルトは今度は平手ではなく息を落とした。

 ベッドの上でごろごろと転がって何やら喚いているルネの身体は、二回りほど小さくなっただろうか。
 一応近衛に所属していたからそこそこに筋肉質だった身体からその片鱗は消え、全体的に華奢でほっそりとした身体に変わってしまっている。
 短かった髪まで、どういうわけか腰程までに伸びている。
 着ていたシャツは肩が落ち、ズボンは恐らく立ち上がった途端にすとんと落ちてしまうだろう。
 足の間の立派な一物も、本人の申告によればどうやらすっかりと消え去っていて、代わりにしっかりと視認可能なほどに胸がふんわりと膨らんでいる。

 この国の王族は美形揃いだ。
 例に漏れず整った容姿に柔らかく明るい金の髪に湖のような碧い瞳。
 微笑めば蕾は可憐な花を咲かせ、咲いていた花は恥じらってその花弁を散らしてしまう──などとよく分からない形容をされる、容姿だけ見れば完璧な”王子様”であるルネは、魔女の呪いを受けたらしい今、完璧な美少女へと姿を変えていた。

 その美少女へと姿を変えたルネを、ギルベルトはじっと見つめる。

「──何だよ」
「いや、やっぱりルネは顔だけは良いんだなと思ってな」
「顔だけかよ。 何、俺に欲情でもしたか?──なんて、」
「そうだな」

なんてな!と笑おうとしていたルネがピシリと固まる。

「い、いや、お前だって女には困ってはないだろう?」

 ギルベルトは髪も瞳もダークブラウンと、色味こそ地味ではあるものの、その顔立ちは整っている。
 鋭くも見える目元にいつでも生真面目そうに引き結ばれている口元。
 誰のせいとは言わないけれど、貼り付いて解れることはないのではないかと思える眉間の皺すらも彩りとなっているらしく、素行に問題有りと言われている第三王子付きであっても令嬢方からの人気は高い──という事はルネも知っている。

「ギ、ギル……?」
「女に困る事はないが、誰かさんのせいで遊ぶ余裕なんてどこにもないからな」
「いや、別にずっと張り付いてる必要はないって言って──っ!」

 伸びてきた手に肩を掴まれて、そのままくるりとルネの視界が回った。

「──へ?」

 押し倒されたのだと、ルネが理解した時には、すでにギルベルトはルネの上に覆い被さっていた。

「ま……待て待て待て!俺は男だぞ!?」
「どこが?」

 今の身体・・・・には大きすぎるシャツの肩が落とされて、ギルベルトの唇がルネの首筋を這う。

「──っ!ギル……っ」

 押し返そうとギルベルトの胸に伸ばした手は、あっさりとシーツに縫い留められてしまう。
 全力を出しているつもりなのに、ギルベルトの手がびくともしない事にルネは目を瞠った。

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