全年齢ゲームのはずなのに、セッ…しないと出られないって何で!?

桜月みやこ

文字の大きさ
上 下
4 / 7

04.

しおりを挟む
 ようやく騎士の訓練所にたどり着いた頃には日は高く昇っていた。カレンは慣れたもので、馬車から降りると真っ直ぐに建物の中に入っていく。アステルも彼女に続いた。

「カレンじゃないか」
「ガレッド。今日も愛妻弁当を持って来たわ」
「いつもすまないな」

 カレンは夫のガレッドを見つけると嬉しそうに駆け寄っていった。彼はカレンの差し出した包みを受け取ると、後ろにいたアステルに目を向ける。

「シリウスに用か?シリウスなら今、訓練所にいるぞ」
「ありがとうございます。行ってみます」

 ガレッドに許可を貰うとアステルはそのまま案内をされた訓練所に足を向けた。すると、そこには見覚えのある背中があった。

 シリウスだ。彼は槍を持ち、真剣な表情で目の前の相手に向かって鋭い突きを放つ。その動きはとても素早くて無駄がなく、美しい。アステルは思わず見惚れてしまった。
 それからしばらくすると、休憩の時間になり、シリウスがアステルに気づき、驚いたような表情を浮かべた。

「アステル、どうしたんだ?何かあったのか?」
「お、お弁当を渡しにきたの」

 真っ先にアステルの元に来たシリウスは彼女の肩を掴んで戸惑いながらも尋ねるとアステルは手に持っていた包みを差し出す。薄い緑色の布袋に包まれた大きな弁当箱をシリウスは不思議そうに見つめていた。

「わざわざ弁当を?」
「ちょっと顔を見たくて……迷惑だった?」
「いや、そんなことはない。嬉しい」

 シリウスの顔を見ると安心して笑みがこぼれる。こうして会いに来てくれると自分のことを想ってくれているのだと実感できて幸せな気持ちになれたのだ。

「ステラは?」
「ステラにはカレンさんの屋敷で預かってもらっているの」
「そうか、元気なんだな」
「元気……だけどちょっと反抗期みたい」

 アステルの困ったような顔にシリウスは苦笑する。

「それじゃあ、邪魔になると悪いからそろそろ帰るね」
「出口まで送らせてくれ」

 アステルは名残惜しげにシリウスを見上げると、二人で並んで歩き始める。シリウスと並んで歩くのは久しぶりだったので、アステルの心は弾んだ。
 ふと、アステルはシリウスの左腕を見る。そこには包帯が巻かれており、少し血が滲んでいた。

「怪我したの?」
「ああ、大したことない」
「見せて」

 アステルは少し驚いて尋ねると、シリウスは何でもないように言ったが、彼の腕をそっと掴むとシリウスは大人しく従う。汚れてしまっている包帯を外して傷口を確認すると、まだ新しい切り傷が痛々しく残っていた。

「気がついたら……たぶん訓練中にやってしまったんだろう、放っておけば治る」
「薬塗るからじっとしていてね」

 アステルはポケットの中から塗り薬を取り出す。最近作ったもので、いつステラが転んでも大丈夫なように持ち歩いているものだ。
 丁寧に腕に薬を塗っていくとシリウスはアステルの細い指先が肌に触れる度に緊張していた。最後に綺麗な包帯を巻き直すと、アステルは顔を上げて微笑む。

「これで大丈夫。あまり無理しないでね」
「……努力する」

 アステルの言葉にシリウスは神妙な面持ちで答えたが、きっと彼は無理をしてしまうだろうと思った。シリウスはそういう人だ。だから心配なのだ。

 そしてカレンと一緒に乗ってきた馬車がある場所に到着をしたが、カレンはまだ戻ってきていないようだった。まだガレッドと話をしているのかもしれない。

「先に馬車で待っているってカレンさんに会ったら伝えてくれる?」
「わかった……アステル」

 シリウスは周りに誰もいないことを確認をしてからアステルを引き寄せると、優しく抱きしめた。お互い、温もりを感じると心が満たされていくようでとても幸せだった。
 名残惜しそうに身体を離すと、二人は見つめ合う。そしてどちらからともなく唇を重ねた。キスをするのも随分と久しぶりに感じられ、シリウスはアステルの頬を撫でながら囁く。

「できるだけ早く帰ってくる。それまで待っていてくれるか?」
「うん、ステラのことは任せて」
「頼む」

 シリウスはアステルの頬に軽く触れるだけの口づけを落とすと、彼女の頭をひと撫でした。

 ◆

 その様子を遠くの木の陰からずっと見ていたマキは持っていた包みを地面に落とす。中身のおにぎりが崩れたが、それを気にする余裕はなかった。
 マキは全身の血の気が引いて顔色が悪くなるのを感じた。
 夫婦仲が悪いと思われていたシリウスは自分の妻に対して深い愛情を向けて愛おしんでいたのだ。しかも、あんなにも優しい表情をしていた。

「私は何を考えていたの……?」

 地面に落ちたおにぎりを見ながらマキは自問自答していた。恥ずかしさと情けなさが込み上げてくる。息子にそそのかされ、仕事を休んでまで彼に弁当を渡そうとしていた。もしかしたら喜んで受け取ってくれると思っていた。かつて愛した夫のように。
 聖女の守護騎士だった頃の夫に初めて弁当を作った時、夫は美味しいと言って食べてくれた。それが嬉しくて何度も作ったことを思い出しながらこのおにぎりを今朝早起きして作ったのだ。

「馬鹿みたい……こんなもの、シリウスさんにとっては迷惑なだけなのに……」

 マキの目からは涙が流れ落ちていた。シリウスの妻への気持ちを知った以上、自分は彼の傍にいることはできないと思った。レオの新しい父親になるのは無理だ。マキは落ち込みながら地面に落としたままのおにぎりを見下ろしてから踵を返した。
しおりを挟む
お読みいただきましてありがとうございます!

** マシュマロを送ってみる**

※こちらはTwitterでの返信となります。 ** 返信一覧はこちら **

あなたにおすすめの小説

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...