伯爵令嬢は侯爵の執愛に囚われる

桜月みやこ

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01. 夜会

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嫌、やめて と泣く女の子が書きたくて……
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(帰りたい……)

 優雅に踊る人たちの姿をぼんやりと眺めながら、ルクリア・フィンセスはそっと溜息をついた。

 社交シーズン真っ只中の今、伯爵令嬢であるルクリアも夜毎開催される夜会への参加を余儀なくされている。
 今夜は最近父が懇意にして貰っている侯爵家主催の夜会だとかで、ルクリアも絶対参加を言い渡されての事だ。

 参加は、している。
 ただ十七という年齢ながら未だ婚約者のいないルクリアは、挨拶回りに忙しい両親から離れてしまえば一人きりだ。
 加えて内気な性格から社交というものが得意ではない。
 昨年デビュタントを迎えて以降幾度となく夜会には出ているものの、その煌びやかな雰囲気にはいつまで経っても慣れることが出来ずにいる。
 華美に着飾ることもない上に、白銀の髪に薄紫の瞳という淡い色のせいもあってか、こうして壁に寄ってしまえばぼんやりとした存在になってしまうらしく、ダンスに誘われる事もあまりない。
 誘われても気の利いた会話など出来る自信もないから、それはそれで良いのだけれど、とルクリアはまた一つ溜息を落とす。

 主催者である、最近その跡を継いだばかりという若き侯爵にはとっくに挨拶を済ませたから、あとはただこの夜会が終わるのを待つばかりだ。
 そう、つまりはやる事がなく手持ち無沙汰──明け透けに言ってしまえば退屈なのだ。

「飲み物でも如何ですか」
「あ、ありがとうござ──」

 給仕の方かしら、と顔を上げたルクリアはそのまま動きを止めてしまった。
 グラスを手に立っていたのは給仕係などではなく、先程挨拶を交わしたこの夜会の主催者、ユグランス・ウォルナーその人だったからだ。

「ウォルナー侯爵……!」

 慌ててドレスの裾を持ち上げたルクリアに、ユグランスは気楽にして、と微笑む。

「壁に咲く花に目が止まってね──ルクリア嬢、だったかな。弱い酒なので、良ければどうかな」

 まさか自身の名前を覚えられているなど思ってもみなかったルクリアが驚いてユグランスを見上げると、目の前にすいとグラスが差し出された。
 どうぞ、と言うように目配せされて、ルクリアはおずおずとグラスを受け取る。
 グラスの中では淡いピンクの液体が揺れている。
 その色から果実酒かしらと思いながらちらりとユグランスに視線を向ければ、ユグランスは小さく笑みを零して乾杯、と自分のシャンパングラスを持ち上げて優雅に傾けた。
 ルクリアも礼を言って、甘い香りの液体にそっと口をつける。

「……美味しい、です」

  酒を口にした回数はそう多くはないけれど、ほのかな甘みと爽やかな飲み口が気に入って、ルクリアはもう一口こくりとその液体を飲む。

「口に合って良かった」

 嬉しそうに微笑んだユグランスのその笑顔に、ルクリアは頬を染めた。

 彼は社交界でも有名な人物の一人だ。
 その家柄や二十四という若さで侯爵となった事だけではなく、誰もが見惚れてしまうような整った容姿のためだ。
 すらりと均整の取れた肢体、宵闇を写したような黒い髪に海のような深青の瞳。しっとりとした色気漂うその容姿にも拘らず未だ独身という事もあって、とにかく女性からの人気が高い、という事はその手の情報に疎いルクリアでも知っている。
 今も方々からこちらを伺う視線を感じてかなり落ち着かない。
 そんな落ち着かない気分を誤魔化すように、ルクリアはまたグラスに口をつける。

「……あの、ウォルナー侯爵」
「ユーグと」
「え?」
「良ければ、ユーグと呼んで欲しい」

 そんな申し出に、ルクリアは息が止まってしまいそうな程驚いた。
 今日初めて挨拶をした高位の男性から愛称で呼んで欲しいなどと言われたのだから、それも当然だろう。
 ルクリアは訳が分からず混乱してしまう。

「そ、そのような事、私には……」

 分不相応です、と断ろうとしたルクリアは、その時くらりと目眩を覚えた。

「あ、ら……?」
「大丈夫か?」

 ほんの僅かよろめいたルクリアに、ユグランスは酔ったのかなと心配そうな顔を見せる。
 大丈夫です、と返したいのに、そんな僅かな間にも目眩は大きくなっていく。

 あまり飲むことも無いけれど、酒が飲めないわけではない。
 たった数口しか飲んでいないのにこんなに急激に酔いが回るものかしらと、ルクリアが何かおかしいと思ったその時、ルクリアの手から力が抜けてグラスが滑り落ちた。

 割れちゃう、と思ったのを最後に、ルクリアの意識はぷつりと途切れてしまった。

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