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本編
10. 抱きたい
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そうして翌日はまた丘に連れて行って貰って、その翌日はメリュディーナのために買ってくれた傘の出番だった。
傘をさしながら街をぶらぶらと歩いてなぜだかまたメリュディーナの物が少し増えて、その翌日はコテージでレイナルドが持って来てくれた物語を読み聞かせて貰ったりしながらのんびりと過ごして――
そんな風にレイナルドとメリュディーナはデートを重ねた。
日を重ねていく内にレイナルドの都合が悪い日も出てきて、会えない日はメリュディーナは少しだけ寂しい気分を味わいながらも、一日捜索に充てられるわと鼓舞してその日を乗り越えた。
毎日毎日、デートが終わった後に続けていた捜索を、その日もメリュディーナは海に戻って早々に開始して――
そうして遂に、見つけた。
翌日は、前の日に読んでいた物語の続きを聞かせて貰うために直接コテージに来てと言われていたから、メリュディーナは逸る気持ちそのままに勢いよく海から上がると、一直線にコテージへと向かう。
「レイ、あのね! プレゼントがあるの!」
駆け込んで来たメリュディーナに驚いたような顔をしたレイナルドは、いらっしゃいと微笑んでから、プレゼント? と首を傾げる。
「昨日やっと見つけたの! はい、これ!」
大事そうに握り込まれていたメリュディーナの手がぱっと開かれる。
何だい? と嬉しそうに覗き込んだレイナルドは、メリュディーナの掌にのっかっている〝プレゼント〟に驚いて目を瞠った。
「……メル、これ……」
「レイの瞳と同じ色の真珠を貰ったでしょう? だから、私もあげたくなったの」
多分似ていると思うけど、どうかしら? と少し心配そうにしているメリュディーナの掌の上には、そんな彼女の瞳とよく似た翠色の真珠が一粒。
――メリュディーナは知るはずもないだろう。
お互いの色を纏ったアクセサリーを贈り合う、その意味を。
知るはずがないと分かっていても、レイナルドは喜びに震えてしまいそうになった。
実際少しばかり震えてしまっている指で、少し歪な形のその粒をそっと取り上げると、レイナルドは耐えきれずに目の前の華奢な身体を抱き締める。
「レイ……?」
「ありがとう、メル……一生、大事にする」
「喜んで、貰えた?」
「すごく」
「良かった…………あの、レイ。そろそろ」
離して、と言おうと思ったのに、レイナルドの腕に力が籠る。
「メル……メリュディーナ。キスを、しても良い?」
「え?」
驚いて顔を上げたメリュディーナのすぐ目の前にレイナルドの顔があって、メリュディーナは小さく息を飲む。
そしてまだメリュディーナ自身が良いとも駄目とも分かっていないのに、レイナルドはそっと顔を寄せて来て――二人の唇が重なった。
「んっ……」
唇に触れた柔らかな感触に、メリュディーナの喉から小さな声が漏れる。
その声に反応するかのようにレイナルドの唇が僅かに離れて、けれどまた重ねられる。
そうしてレイナルドは何度かメリュディーナに唇を重ねてから、そっと顔を離した。
いつの間にかレイナルドに縋るように体を寄せていたメリュディーナがつられるように瞼を持ち上げると、今まで見た事の無い色を宿したレイナルドの瞳とぶつかった。
「レイ……?」
「メル、僕とこうするのは、嫌じゃない?」
問われて、メリュディーナは少しだけ考える。
「嫌、ではなかった、わ……あの、気持ち良かったと、思う、の……」
もじもじと俯いたメリュディーナの頬を、レイナルドはそっと包み込む。
「じゃあ、この先は……?」
「この先?」
「メルを――抱きたい」
「い、今も、抱き締められてるわ……」
メリュディーナの返事に、レイナルドは少し考える。
「メルと番いたいと言えば、分かる? メルに、僕の奥さんになって欲しい」
初めて会った日にも言われた「奥さん」という言葉に、メリュディーナは息を飲む。
「で、でも、私は人魚で、レイは人で……」
「この国は今すごく獣人が増えてるんだ。リナレスは田舎だからまだそこまで多くはないけどね――それでも、人族と番った獣人も何人か暮らしているよ。あぁ、つい先日、この国の末姫様と獣人の婚約も発表されたしね」
「おかしな事では、ないの……?」
「ちっとも。――メル、好きだよ。顔を見る度、声を聞く度、笑顔を向けられる度、どんどん好きになる。メル、どうか僕をメルの番に選んで欲しい」
そう言ってメリュディーナの左手の指輪に口付けたレイナルドに、メリュディーナの頬が染まる。
「ズルいわ……そんな事言われたら、断れない」
「嫌なら突き飛ばしてでも殴ってでも逃げて良いんだよ」
「そんな事、もっと出来ないわ……」
メリュディーナはどうすれば良いのかしらと弱り切ってしまった。
番を持つという事を、いずれはと漠然と考えてはいたけれど、自分にはまだまだ先の話だと思っていたし、番うのは当然人魚族の雄だと思っていた。
それなのに――レイナルドは種族の違いなんて気にしてもいないようにメリュディーナと番いたいという。
レイナルドと一緒にいるのは楽しいし、何より彼はとても優しい。
街を歩いていて疲れて来ると、いつだってそのタイミングで休憩を入れてくれる。
市場では魚を売っているお店を避けて歩いてくれている事だって、食事に入る店も頼む食事も、すごく気をつけてくれている事だって、つい最近だけれど気付いてしまった。
もしここで「ごめんなさい」と答えたら、明日から今までのように会う事は出来なくなってしまうのかしらと思ったら、メリュディーナの胸がちくりと痛んだ。
一日会えなかっただけで寂しく思った事を思い出して、それがずっと続いてしまうのかと思ったら、今度は胸がずきんと痛んだ。
――もしかして、これが答えなのかしらと、メリュディーナはおずおずとレイナルドを見上げる。
「あの……あのね。番うって、まだよく分からないの。でも、レイと離れるのは……嫌だわ。これからも、一緒に居たい、の」
メリュディーナの言葉に、レイナルドは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
「それは、抱いても良いって受け取って良いのかな」
「抱くって……交尾するって、こと……?」
「そうだね。子供が出来るような事、だね――それでも、一緒に居たいと、思ってくれる?」
ゆっくりと確認されて、メリュディーナはこくりと喉を鳴らすと、俯いてレイナルドの胸に額を押し付ける。
そうしてこくんと、小さく小さく頷いた。
「きゃあっ!?」
途端にメリュディーナはがばっと横抱きにされた。
ダイニングもリビングもすごい勢いで突っ切って、レイナルドはその奥の部屋のドアを乱暴に開く。
そうして部屋の真ん中に置いてあるベッドに、慎重にメリュディーナを横たえた。
「あ、あの、レイ……あのね、私叔母さんみたいにずっと陸で暮らすのは難しいかしらって。時々海に帰りたいのだけど……」
「僕のところに帰って来てくれるなら、構わないよ」
レイナルドの体重が加わったベッドが、きしりと音を立てる。
「ただ、何日も帰ってこないのは、困るかな」
レイナルドは握っていた翠色の真珠を大事そうにサイドテーブルの上に置くと、メリュディーナの首に下がっている懐中時計をそっと外して真珠の横に置いた。
「そ、そんなに長くはないわ。何時間か……の、つもりよ。ちゃんと時計を持って行くわ」
メリュディーナのその答えにレイナルドは驚いたように目を瞠って、そうしてふわりと微笑んだ。
「ありがとう、メル」
少しだけ泣きそうな、けれどとても嬉しそうに微笑んだレイナルドに、メリュディーナの心臓がとくりと音を立てた。
傘をさしながら街をぶらぶらと歩いてなぜだかまたメリュディーナの物が少し増えて、その翌日はコテージでレイナルドが持って来てくれた物語を読み聞かせて貰ったりしながらのんびりと過ごして――
そんな風にレイナルドとメリュディーナはデートを重ねた。
日を重ねていく内にレイナルドの都合が悪い日も出てきて、会えない日はメリュディーナは少しだけ寂しい気分を味わいながらも、一日捜索に充てられるわと鼓舞してその日を乗り越えた。
毎日毎日、デートが終わった後に続けていた捜索を、その日もメリュディーナは海に戻って早々に開始して――
そうして遂に、見つけた。
翌日は、前の日に読んでいた物語の続きを聞かせて貰うために直接コテージに来てと言われていたから、メリュディーナは逸る気持ちそのままに勢いよく海から上がると、一直線にコテージへと向かう。
「レイ、あのね! プレゼントがあるの!」
駆け込んで来たメリュディーナに驚いたような顔をしたレイナルドは、いらっしゃいと微笑んでから、プレゼント? と首を傾げる。
「昨日やっと見つけたの! はい、これ!」
大事そうに握り込まれていたメリュディーナの手がぱっと開かれる。
何だい? と嬉しそうに覗き込んだレイナルドは、メリュディーナの掌にのっかっている〝プレゼント〟に驚いて目を瞠った。
「……メル、これ……」
「レイの瞳と同じ色の真珠を貰ったでしょう? だから、私もあげたくなったの」
多分似ていると思うけど、どうかしら? と少し心配そうにしているメリュディーナの掌の上には、そんな彼女の瞳とよく似た翠色の真珠が一粒。
――メリュディーナは知るはずもないだろう。
お互いの色を纏ったアクセサリーを贈り合う、その意味を。
知るはずがないと分かっていても、レイナルドは喜びに震えてしまいそうになった。
実際少しばかり震えてしまっている指で、少し歪な形のその粒をそっと取り上げると、レイナルドは耐えきれずに目の前の華奢な身体を抱き締める。
「レイ……?」
「ありがとう、メル……一生、大事にする」
「喜んで、貰えた?」
「すごく」
「良かった…………あの、レイ。そろそろ」
離して、と言おうと思ったのに、レイナルドの腕に力が籠る。
「メル……メリュディーナ。キスを、しても良い?」
「え?」
驚いて顔を上げたメリュディーナのすぐ目の前にレイナルドの顔があって、メリュディーナは小さく息を飲む。
そしてまだメリュディーナ自身が良いとも駄目とも分かっていないのに、レイナルドはそっと顔を寄せて来て――二人の唇が重なった。
「んっ……」
唇に触れた柔らかな感触に、メリュディーナの喉から小さな声が漏れる。
その声に反応するかのようにレイナルドの唇が僅かに離れて、けれどまた重ねられる。
そうしてレイナルドは何度かメリュディーナに唇を重ねてから、そっと顔を離した。
いつの間にかレイナルドに縋るように体を寄せていたメリュディーナがつられるように瞼を持ち上げると、今まで見た事の無い色を宿したレイナルドの瞳とぶつかった。
「レイ……?」
「メル、僕とこうするのは、嫌じゃない?」
問われて、メリュディーナは少しだけ考える。
「嫌、ではなかった、わ……あの、気持ち良かったと、思う、の……」
もじもじと俯いたメリュディーナの頬を、レイナルドはそっと包み込む。
「じゃあ、この先は……?」
「この先?」
「メルを――抱きたい」
「い、今も、抱き締められてるわ……」
メリュディーナの返事に、レイナルドは少し考える。
「メルと番いたいと言えば、分かる? メルに、僕の奥さんになって欲しい」
初めて会った日にも言われた「奥さん」という言葉に、メリュディーナは息を飲む。
「で、でも、私は人魚で、レイは人で……」
「この国は今すごく獣人が増えてるんだ。リナレスは田舎だからまだそこまで多くはないけどね――それでも、人族と番った獣人も何人か暮らしているよ。あぁ、つい先日、この国の末姫様と獣人の婚約も発表されたしね」
「おかしな事では、ないの……?」
「ちっとも。――メル、好きだよ。顔を見る度、声を聞く度、笑顔を向けられる度、どんどん好きになる。メル、どうか僕をメルの番に選んで欲しい」
そう言ってメリュディーナの左手の指輪に口付けたレイナルドに、メリュディーナの頬が染まる。
「ズルいわ……そんな事言われたら、断れない」
「嫌なら突き飛ばしてでも殴ってでも逃げて良いんだよ」
「そんな事、もっと出来ないわ……」
メリュディーナはどうすれば良いのかしらと弱り切ってしまった。
番を持つという事を、いずれはと漠然と考えてはいたけれど、自分にはまだまだ先の話だと思っていたし、番うのは当然人魚族の雄だと思っていた。
それなのに――レイナルドは種族の違いなんて気にしてもいないようにメリュディーナと番いたいという。
レイナルドと一緒にいるのは楽しいし、何より彼はとても優しい。
街を歩いていて疲れて来ると、いつだってそのタイミングで休憩を入れてくれる。
市場では魚を売っているお店を避けて歩いてくれている事だって、食事に入る店も頼む食事も、すごく気をつけてくれている事だって、つい最近だけれど気付いてしまった。
もしここで「ごめんなさい」と答えたら、明日から今までのように会う事は出来なくなってしまうのかしらと思ったら、メリュディーナの胸がちくりと痛んだ。
一日会えなかっただけで寂しく思った事を思い出して、それがずっと続いてしまうのかと思ったら、今度は胸がずきんと痛んだ。
――もしかして、これが答えなのかしらと、メリュディーナはおずおずとレイナルドを見上げる。
「あの……あのね。番うって、まだよく分からないの。でも、レイと離れるのは……嫌だわ。これからも、一緒に居たい、の」
メリュディーナの言葉に、レイナルドは少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
「それは、抱いても良いって受け取って良いのかな」
「抱くって……交尾するって、こと……?」
「そうだね。子供が出来るような事、だね――それでも、一緒に居たいと、思ってくれる?」
ゆっくりと確認されて、メリュディーナはこくりと喉を鳴らすと、俯いてレイナルドの胸に額を押し付ける。
そうしてこくんと、小さく小さく頷いた。
「きゃあっ!?」
途端にメリュディーナはがばっと横抱きにされた。
ダイニングもリビングもすごい勢いで突っ切って、レイナルドはその奥の部屋のドアを乱暴に開く。
そうして部屋の真ん中に置いてあるベッドに、慎重にメリュディーナを横たえた。
「あ、あの、レイ……あのね、私叔母さんみたいにずっと陸で暮らすのは難しいかしらって。時々海に帰りたいのだけど……」
「僕のところに帰って来てくれるなら、構わないよ」
レイナルドの体重が加わったベッドが、きしりと音を立てる。
「ただ、何日も帰ってこないのは、困るかな」
レイナルドは握っていた翠色の真珠を大事そうにサイドテーブルの上に置くと、メリュディーナの首に下がっている懐中時計をそっと外して真珠の横に置いた。
「そ、そんなに長くはないわ。何時間か……の、つもりよ。ちゃんと時計を持って行くわ」
メリュディーナのその答えにレイナルドは驚いたように目を瞠って、そうしてふわりと微笑んだ。
「ありがとう、メル」
少しだけ泣きそうな、けれどとても嬉しそうに微笑んだレイナルドに、メリュディーナの心臓がとくりと音を立てた。
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