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本編
09. 約束の五日目
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五日目、メリュディーナは身体をかちこちに固まらせてレイナルドにしがみ付いていた。
「今日は少し距離があるから」と、レイナルドが連れて来た馬に乗せられたからだ。
もちろん今まで馬なんて生き物に乗った事などないから、最初のうちはその高さと揺れに悲鳴を上げっぱなしだった。
けれどレイナルドがメリュディーナをしっかりと抱えてゆっくり走らせてくれたおかげでようやく慣れて来た、という頃に目的地に着いてしまった。
「わぁ……!」
リナレスにも何か見どころをと、領主であるレイナルドの父親主導の元で特に何もなかった丘の整備を始めて数年。
最近ようやく見られるようになってきたからとレイナルドが連れて来たのは、丘の斜面いっぱいを埋め尽くすほどの花畑。
そしてその向こうには真っ青な海が広がっている。
「綺麗……海って高いところから見るとこんな風なのね……」
「気に入ってくれた?」
「えぇ、ずっと見ていたいわ」
ほぅっと溜め息を落としたメリュディーナに、レイナルドはそういう人のために、と手を引くと、遊歩道を挟んだ広場に置かれているベンチにメリュディーナを座らせる。
「ここに座って花も海も見るのが一番オススメなんだ。座っていれば疲れないしね」
「あの……もう少し見ていても良い……?」
「いくらでも、気が済むまで見ていて良いよ」
ありがとうと嬉しそうに微笑んで海へと視線を戻したメリュディーナの珊瑚色の混ざった水色の髪を、海から上がってきた風が緩やかに揺らす。
レイナルドがその髪をそっと捕まえると、気付いたメリュディーナがなぁに? と首を傾げた。
「本当に、隣にいるんだなって思って」
「……私?」
「うん――ありがとう、メル」
レイナルドからの突然の礼にメリュディーナはぱちりと瞬いて、そして慌てて手を振る。
「あの、私の方こそ、色々買ってくれてありがとう……あの……あのね、レイ。私もレイに何かお礼をあげたいの。でも〝おかね〟は持っていないから……何か、私に出来る事はないかしら?」
そんな事を言って小さく首を傾げたメリュディーナにレイナルドは驚いた顔をして、そしてメルに出来る事……と呟いた。
「……何でも、良い?」
「え、えぇ。私に出来る事なら……」
メリュディーナが頷くと、レイナルドはメリュディーナの髪から手を離して、そしてするりとその頬を撫でる。
「レイ……? あっ……」
レイナルドの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
あんまり近づくものだから、メリュディーナは咄嗟にぎゅうっと目を閉じて――けれど多分、もうあとほんの少しでくっついてしまう、というところでレイナルドが動きを止めたようだった。
メリュディーナがそぉっと目を開けようとしたその時、こつんと額が合わされた。
「レイ……?」
目を開けてみるとすぐそこにレイナルドの顔があって、メリュディーナは息を飲む。
その事に気付いたらしいレイナルドはそっと身体を離すとくしゃりと前髪を掻き上げた。
「……ごめん、付け込んだみたいで最低だ……。今の、忘れて」
ぼそりとそう言うと、レイナルドは一度ふっと息を吐いてからメリュディーナの左手を取る。
「メルがこうして会ってくれるだけで充分だ。それだけで僕がどんなにプレゼントを贈ったって間に合いやしない。だから、メルは礼だなんて事は気にしないで……ありがとう、メル」
そっと左手の、昨日贈ってくれた指輪に口付けたレイナルドに、メリュディーナは顔を真っ赤にしたまんま何とか「はい」とだけ返して――けれど少しだけ、唇が触れなかった事を残念に思った。
その後少しばかりおかしくなってしまった空気を取り繕うように、レイナルドは持って来ていたバスケットを開けて見せた。
そこにはメリュディーナが癖になりつつある玉子のたっぷり挟まったサンドイッチと、野菜とキノコたっぷりのキッシュ、それに果物が数種類詰まっていた。
「ここで食べようと思って持って来たんだ」
「素敵ね。気持ち良さそうだわ」
多少のぎこちなさを残しながらも二人でバスケットの中を消費して、帰りは来た時よりも少しだけ速く駆けて、いつもの砂浜へと戻った。
「ありがとう、お花も海も綺麗で……また明日も行きたいくらいだわ。ねぇ、レイ。明日の待ち合わせは何時にしましょうか?」
メリュディーナのわくわくといった風に微笑みながらのその言葉に、レイナルドが小さく「え?」と呟いて、そして途端嬉しそうに破顔する。
「明日からも、会ってくれるんだね」
そう言われて、メリュディーナはきょとんとして、そして数拍の後にはっと気が付いた。
今日は約束の五日目。
メリュディーナが「貴方の事は好きになれそうもないし、陸なんてつまらない」と言って、陸とレイナルドに別れを告げるはずだった日だ。
だけど色んな店を覗いたり、今まで口にした事も無いような物を食べたりするのは、存外とても楽しかった。
それにもうレイナルドに会えなくなるのだと思うと、メリュディーナの胸はきゅうっと苦しくなった。
でも素直に頷くのは何となく面白くなくて、メリュディーナはつんとそっぽを向いてみせる。
「明日も……これからも時々、今日の丘に連れて行ってくれるなら、会っても良いわ」
「メルが望むなら、いつでも連れて行ってあげるよ――ありがとう、メル」
途端ふわりと抱き締められて、メリュディーナは小さく悲鳴を上げる。
「レ、レイ……!」
あわあわと逃げようとするメリュディーナに、レイナルドは腕に力を込める。
「ごめん、少しだけ……」
「……っ」
この何だか可哀想な感じのする〝少しだけ〟が、最初の日からズルいんだわと思いながら、メリュディーナは身体をかちんと固めたまんまレイナルドの腕が解けるのを待った。
程なくしてレイナルドの腕が緩んで、そしてごめんとレイナルドが顔を上げる。
「あ……」
その時間近で見たレイナルドの瞳に、メリュディーナはふと自分の指を――左手の薬指を見る。
(同じ色……?)
もっとよく見てみたくて、メリュディーナはレイナルドの頬に手を伸ばす。
「メル……?」
ぺたりと両の頬を挟まれたレイナルドが戸惑ったようにメリュディーナを見返してくる。
その瞳をじぃっと覗き込んで、メリュディーナはやっぱり、と呟く。
「この真珠とレイの瞳、同じ色だわ……」
ほら、と指輪と並べるようにされたけれど、当然の事ながらレイナルドが指輪の真珠と自分の瞳を見比べる事は出来ない。
けれど自分の瞳の色と似てると思ったからこそ強引なまでに贈った事を知られてはならないから、レイナルドは「そうかな?」と首を傾げてみせた。
明日もまた今日の丘に連れて行ってくれると約束を貰って、メリュディーナは海へと帰った。
そうしてすぐに近くの岩礁へと向かう。
貰った真珠の指輪のお礼にと、思い付いた物があったのだ。
多分お店で探せばあるのだろうけれど、メリュディーナはお金なんて持っていない。
だから陸のお店でそれを買うのは無理だ。
それならば、自分で探せば良い。
多分、見つけるのに時間はかかってしまうだろうけどと、メリュディーナは気合を入れると辿り着いた岩場で捜索を始めた。
「今日は少し距離があるから」と、レイナルドが連れて来た馬に乗せられたからだ。
もちろん今まで馬なんて生き物に乗った事などないから、最初のうちはその高さと揺れに悲鳴を上げっぱなしだった。
けれどレイナルドがメリュディーナをしっかりと抱えてゆっくり走らせてくれたおかげでようやく慣れて来た、という頃に目的地に着いてしまった。
「わぁ……!」
リナレスにも何か見どころをと、領主であるレイナルドの父親主導の元で特に何もなかった丘の整備を始めて数年。
最近ようやく見られるようになってきたからとレイナルドが連れて来たのは、丘の斜面いっぱいを埋め尽くすほどの花畑。
そしてその向こうには真っ青な海が広がっている。
「綺麗……海って高いところから見るとこんな風なのね……」
「気に入ってくれた?」
「えぇ、ずっと見ていたいわ」
ほぅっと溜め息を落としたメリュディーナに、レイナルドはそういう人のために、と手を引くと、遊歩道を挟んだ広場に置かれているベンチにメリュディーナを座らせる。
「ここに座って花も海も見るのが一番オススメなんだ。座っていれば疲れないしね」
「あの……もう少し見ていても良い……?」
「いくらでも、気が済むまで見ていて良いよ」
ありがとうと嬉しそうに微笑んで海へと視線を戻したメリュディーナの珊瑚色の混ざった水色の髪を、海から上がってきた風が緩やかに揺らす。
レイナルドがその髪をそっと捕まえると、気付いたメリュディーナがなぁに? と首を傾げた。
「本当に、隣にいるんだなって思って」
「……私?」
「うん――ありがとう、メル」
レイナルドからの突然の礼にメリュディーナはぱちりと瞬いて、そして慌てて手を振る。
「あの、私の方こそ、色々買ってくれてありがとう……あの……あのね、レイ。私もレイに何かお礼をあげたいの。でも〝おかね〟は持っていないから……何か、私に出来る事はないかしら?」
そんな事を言って小さく首を傾げたメリュディーナにレイナルドは驚いた顔をして、そしてメルに出来る事……と呟いた。
「……何でも、良い?」
「え、えぇ。私に出来る事なら……」
メリュディーナが頷くと、レイナルドはメリュディーナの髪から手を離して、そしてするりとその頬を撫でる。
「レイ……? あっ……」
レイナルドの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
あんまり近づくものだから、メリュディーナは咄嗟にぎゅうっと目を閉じて――けれど多分、もうあとほんの少しでくっついてしまう、というところでレイナルドが動きを止めたようだった。
メリュディーナがそぉっと目を開けようとしたその時、こつんと額が合わされた。
「レイ……?」
目を開けてみるとすぐそこにレイナルドの顔があって、メリュディーナは息を飲む。
その事に気付いたらしいレイナルドはそっと身体を離すとくしゃりと前髪を掻き上げた。
「……ごめん、付け込んだみたいで最低だ……。今の、忘れて」
ぼそりとそう言うと、レイナルドは一度ふっと息を吐いてからメリュディーナの左手を取る。
「メルがこうして会ってくれるだけで充分だ。それだけで僕がどんなにプレゼントを贈ったって間に合いやしない。だから、メルは礼だなんて事は気にしないで……ありがとう、メル」
そっと左手の、昨日贈ってくれた指輪に口付けたレイナルドに、メリュディーナは顔を真っ赤にしたまんま何とか「はい」とだけ返して――けれど少しだけ、唇が触れなかった事を残念に思った。
その後少しばかりおかしくなってしまった空気を取り繕うように、レイナルドは持って来ていたバスケットを開けて見せた。
そこにはメリュディーナが癖になりつつある玉子のたっぷり挟まったサンドイッチと、野菜とキノコたっぷりのキッシュ、それに果物が数種類詰まっていた。
「ここで食べようと思って持って来たんだ」
「素敵ね。気持ち良さそうだわ」
多少のぎこちなさを残しながらも二人でバスケットの中を消費して、帰りは来た時よりも少しだけ速く駆けて、いつもの砂浜へと戻った。
「ありがとう、お花も海も綺麗で……また明日も行きたいくらいだわ。ねぇ、レイ。明日の待ち合わせは何時にしましょうか?」
メリュディーナのわくわくといった風に微笑みながらのその言葉に、レイナルドが小さく「え?」と呟いて、そして途端嬉しそうに破顔する。
「明日からも、会ってくれるんだね」
そう言われて、メリュディーナはきょとんとして、そして数拍の後にはっと気が付いた。
今日は約束の五日目。
メリュディーナが「貴方の事は好きになれそうもないし、陸なんてつまらない」と言って、陸とレイナルドに別れを告げるはずだった日だ。
だけど色んな店を覗いたり、今まで口にした事も無いような物を食べたりするのは、存外とても楽しかった。
それにもうレイナルドに会えなくなるのだと思うと、メリュディーナの胸はきゅうっと苦しくなった。
でも素直に頷くのは何となく面白くなくて、メリュディーナはつんとそっぽを向いてみせる。
「明日も……これからも時々、今日の丘に連れて行ってくれるなら、会っても良いわ」
「メルが望むなら、いつでも連れて行ってあげるよ――ありがとう、メル」
途端ふわりと抱き締められて、メリュディーナは小さく悲鳴を上げる。
「レ、レイ……!」
あわあわと逃げようとするメリュディーナに、レイナルドは腕に力を込める。
「ごめん、少しだけ……」
「……っ」
この何だか可哀想な感じのする〝少しだけ〟が、最初の日からズルいんだわと思いながら、メリュディーナは身体をかちんと固めたまんまレイナルドの腕が解けるのを待った。
程なくしてレイナルドの腕が緩んで、そしてごめんとレイナルドが顔を上げる。
「あ……」
その時間近で見たレイナルドの瞳に、メリュディーナはふと自分の指を――左手の薬指を見る。
(同じ色……?)
もっとよく見てみたくて、メリュディーナはレイナルドの頬に手を伸ばす。
「メル……?」
ぺたりと両の頬を挟まれたレイナルドが戸惑ったようにメリュディーナを見返してくる。
その瞳をじぃっと覗き込んで、メリュディーナはやっぱり、と呟く。
「この真珠とレイの瞳、同じ色だわ……」
ほら、と指輪と並べるようにされたけれど、当然の事ながらレイナルドが指輪の真珠と自分の瞳を見比べる事は出来ない。
けれど自分の瞳の色と似てると思ったからこそ強引なまでに贈った事を知られてはならないから、レイナルドは「そうかな?」と首を傾げてみせた。
明日もまた今日の丘に連れて行ってくれると約束を貰って、メリュディーナは海へと帰った。
そうしてすぐに近くの岩礁へと向かう。
貰った真珠の指輪のお礼にと、思い付いた物があったのだ。
多分お店で探せばあるのだろうけれど、メリュディーナはお金なんて持っていない。
だから陸のお店でそれを買うのは無理だ。
それならば、自分で探せば良い。
多分、見つけるのに時間はかかってしまうだろうけどと、メリュディーナは気合を入れると辿り着いた岩場で捜索を始めた。
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