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本編

06. 海でいっぱいの贈り物

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 そしてまずは服屋へと向かって、メリュディーナはレイナルドに手を引かれたまま女性物のコーナーへと連れて来られた。

「メリュディーナはどんなのが好き?」
「……よく分からないわ」

 海の中では服を着る事なんてないから、メリュディーナの好みを聞かれても答えなど持っていない。
 何枚か見せられたけれど、正直今着ているワンピースと何が違うのか、それすらメリュディーナにはよく分からなかった。

「じゃあ、好きな色はある?」

 掛けられているワンピースを取ってメリュディーナの身体にあてては戻す、を繰り返しているレイナルドからそう問われて、メリュディーナは少し考える。

「……海の色。それから、夕焼けの色」

 メリュディーナの答えを聞いたレイナルドが選んだのは群青色と、夕焼け色はメリュディーナのイメージした色がなかったために薄紅色のワンピース。
 デザインはよく分からないままだったけれど、メリュディーナはどっちの色も気に入って、そして店で群青色のワンピースに着替えて服屋を後にした。
 時計を見に行く前に腹ごしらえでもしようかと、レイナルドは飲食店の並ぶ通りへ向かって――はっとする。
 海に面しているリナレスの食の売りは魚介類だ。
 しかし人魚族は魚介を食べるのだろうか、と気付いて、そっとメリュディーナを伺う。

「メリュディーナは、普段どんな食事を……?」
「海藻よ。……陸の人たちが魚や貝たちを食べるのは知ってるわ。生きるために他の生き物を食べるという事だって分かってる。でも……レイナルドは、お友達を食べられる?」
「だよね……」

 海藻。となると野菜類も食べられるのだろうか。
 さっきお茶もクッキーも口にしていたから、パンはいけそうだけど……しまった、カーラさんに食事について聞いておくべきだったと気付いて、カーラの店まで戻ろうかとレイナルドが悩んでいたその時、メリュディーナがレイナルドに呼びかけた。

「あの、前に叔母さんから聞いて食べてみたいものがあるんだけど……」


「お待たせしました~!」

 元気の良い声と共にテーブルの真ん中に皿が置かれる。
 その皿を見てメリュディーナが小さく声を上げた。
 
「これが〝サンドイッチ〟?」
「そうだよ。齧ってみて無理そうだったら戻して良いから」

 レイナルドはそう言いながら、カラフルな野菜がたっぷりと入っている断面も綺麗な数種類のサンドイッチの中から玉子と野菜の挟まった物を手に取ると、手元のナイフで小さく切ってからメリュディーナの前に置かれている取り皿へ乗せる。

「ここのは野菜がたっぷり入ってるから、大丈夫だと良いんだけど……」

 肉類は大丈夫だろうかと、ハムの挟まっている物も切り分ける。
 メリュディーナは恐る恐ると言った風に最初に皿に置かれた玉子と野菜のサンドイッチを手に取ると、少しの間切り口を見つめて、そしてぱくりとかぶりついた。
 どうだろう、大丈夫かなと、その小さな口がもぐもぐと動いているのを見つめていると、メリュディーナが「んっ」と小さな声を上げた。

「味は何だかよく分からないけど、おもしろいわ!」
「おもしろい……?」

 美味しいとか好きじゃないとかではなく? と首を傾げたレイナルドに、メリュディーナはまたぱくりとかぶりつく。

「口の中でむにゅってするわ。不思議な感じ!」

 面白い、不思議と繰り返しながら、それでも一口二口と食べ進めているメリュディーナに、レイナルドは食べられそうで良かったとほっと息を落とすと、切り分けた残りの方もメリュディーナの皿に置いて、そうしてさり気なくサーモンの挟まったサンドイッチを自分の皿にのせると早々に口に押し込んだ。

 無事に食事を済ませて店を出ると、レイナルドは次なる店へとメリュディーナを連れて行った。
 気に入る物があると良いんだけどと言いながら、時計も多く扱っている宝飾店のドアを開けてメリュディーナを店内へと誘う。

「わぁ……!」

 店内に足を踏み入れてすぐにメリュディーナが歓声を上げた。
 入ってすぐのコーナーには色とりどりの石のはまったアクセサリーが並べられている。
 それらを綺麗、とうっとり眺めているメリュディーナに、レイナルドはどんなのが好き? と聞いてみる。
 
「この青いのと、こっちの翠色のかしら。あ、でも」

 メリュディーナはふと視線を動かして微笑む。

「やっぱりこれかしら」
「真珠?」
「貝たちが自分を守るために作るのよ。強くて、美しいわ。貝たちから無理矢理取り出しているっていうのは、可哀想だけれど……」

 前に叔母さんから聞いたの、と複雑そうな顔をしたメリュディーナにそうだねと同意して、レイナルドはメリュディーナの頭を撫でるとこっちだよと店の奥へと足を進める。
 そして時計の置かれているコーナーでずらりと並べられている時計を覗き込む。

「好きなのがあれば言って」

 そう言われたメリュディーナが少し顔を顰めたから、きっと要らないのにと思ったんだろうなと思いながらも、レイナルドはそれには気付かないフリをして手近な時計を指さしてこれはどう? と促す。
 渋々ながらも陳列されている時計を眺めていたメリュディーナが、ふと足を止めた。

「良いのがあった?」

 メリュディーナの視線を辿った先には、瑠璃色の蓋が付いた懐中時計。
 蓋の中央にはエンジンターンの美しいパターンが刻まれて、フレームには手彫りの彫金があしらわれている。
 そして真ん中には、乳白色の真珠が一粒。

「海の色と、真珠だね。――決まりかな?」

 じぃっと眺めたままのメリュディーナに、それとももう少し見る? と尋ねるとゆるゆると首を振る。

「これが、良いわ……とても素敵」

 ぼぅっと見入ってしまっているメリュディーナに笑みを落として、レイナルドは店員を呼ぶとその時計を買う事を伝える。
 包まなくて良いと伝えて、ショーケースから出して貰ったその時計をすぐにメリュディーナの掌に乗せてやると、メリュディーナはほぅと小さく息をついて、またその時計を眺め始めた。
 レイナルドはメリュディーナが手の中の時計を見つめている間に手早く支払いを終えてしまうと、二人は宝飾店を後にして再びカーラの店を訪れた。

「まぁ、これはまた高そ……素敵な時計を貰ったわねぇ」

 メリュディーナが大事そうに握っている時計を見て、カーラは苦笑を零した。
 そしてちょっと合わないかしら……と眉を下げて、一本のチェーンを取り出す。

「首から下げておけば失くさないかと思ったのだけど」

 小さな巻貝やパールを繋いで作られたそれに懐中時計をつけて、カーラはメリュディーナの首に下げてやる。

「良いね。海でいっぱいだ」

 笑ったレイナルドに、メリュディーナも自分の首から下がっているピカピカの時計と、カーラがくれた貝殻のチェーンを指でなぞる。

「ありがとう……あの、大事に、するわ……」

 要らないなんて思っていたけれど、その美しい見た目にメリュディーナはすっかりとその時計が気に入ってしまった。
〝じかん〟を気にしなければいけないのはやっぱり億劫だけれど、これはこれで大事にしようと、自分の胸元を彩っている時計をぎゅっと握りしめた。


 カーラの店を出た後は、レイナルドは慣れない陸で疲れただろうからと砂浜に戻った。

「今日はありがとう。すごく楽しかった」
「わ、私こそ……叔母さんに会えたし、サンドイッチも面白かったし……その……時計も、ありがとう」

 ぽそりと付け足された時計への礼にレイナルドは嬉しそうに笑うと、じゃあ明日の時間を決めようかと、メリュディーナの時計を手に取って、その蓋を開く。

「明日も食事をしてみる?」
「そうね……あのね、もう一つ食べてみたいものがあるの」
「じゃあ明日はそれを食べに行こうか」

 そう約束をして、翌日の待ち合わせ時間を決めて一日目のデートは終了した。
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