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本編

04. デート

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 瞬き一つほどの僅かな間に、メリュディーナは溶けるように姿を変えた。

 珊瑚色の混ざった水色の鱗が輝く尾びれはすらりとした白い脚に。
 そしてほんの僅かに遅れて、華奢な身体がストライプ柄のワンピースに包まれる。

 メリュディーナはふっと息をつくと、自分の身体を見下ろして脚を持ち上げてみたりぺたぺたと自身の身体を覆うワンピースに触れてみたりして、そして満足そうに頷いた。

「うん、上手く出来たみたい」
「すごいね。こんなに一瞬で姿が変わるなんて思わなかった」
「実は失敗しないか、少し不安だったの」
「失敗? 人化が失敗するなんて事もあるんだ」
「違うわ、魔法の方よ。陸に上がるつもりなんてなかったから、あまり練習していないの。だから最後に人化したのは小さな貴方を助けた時で……だから、ちょっと。ちょっとだけよ――自信がなかったの。でもちゃんと着られて良かったわ」
 
 そう言ってワンピースのスカートを持ち上げて見せたメリュディーナに、レイナルドはなるほどと頷く。

「じゃあこれで準備は整ったかな?」

 改めて手を差し出されながらそう言われて、メリュディーナは小さく首を竦める。

「あの……不安な事は、まだあるの……」

 ちらりと上目遣いで見上げられて、レイナルドは小さく首を傾げた。

「その……陸を歩くのも久しぶりだから、ちゃんと歩けるかしらって……」

 そう言ったメリュディーナにレイナルドはぱちりと瞬くと、あぁと笑みを零して、そしてメリュディーナの前に膝を着くとその華奢な身体を抱き上げる。

「きゃあっ⁉」
「しっかり掴まってて」

 そう言うと、レイナルドは昨日は一人で超えた岩場を、今度はメリュディーナを抱いたまま軽々と超えて砂浜へと戻った。
 そしてそっと砂浜にメリュディーナを下ろすと、すぐにメリュディーナの身体を支えるようにしながら微笑む。

「デートの前に、歩く練習をしよう」
 

。o○o。.:*:.。o○o。

「ありがとう、もう大丈夫そうよ」

 レイナルドに両手を握って貰いながらゆっくりと砂浜を歩いて、〝歩く〟感覚を思い出したメリュディーナは、レイナルドからそぉっと手を離すと一人で砂浜を歩いてみる。
 上体がグラついてしまったり、足がもつれそうになる事もなくなった事を確認すると、うんと頷いてレイナルドを振り返った。
 レイナルドはそんなメリュディーナに目を細めると、では、と畏まったように腰を折って手を差し出す。

「改めて、メリュディーナ。僕とデートして頂けますか?」
「……昨日約束しちゃったから、してあげるわ」

 レイナルドの手に自分の手を重ねながら、つんと澄ましたように答えたメリュディーナに、レイナルドはあははと声を上げて笑った。


 
「ところでさ、メリュディーナ」

 レイナルドに手を引かれて歩き始めたところで真剣な表情で呼びかけられて、メリュディーナはなぁに? と首を傾げる。

「そのワンピースは……どうしたの?」
「これ? これは叔母さんから貰ったの」
「叔母さん……」
「少し変わった人でね。もうずぅっと陸で暮らしているのよ」
「へぇ。陸で暮らす人魚もいるんだ」
「暮らす、まで行く人は珍しいけど、結構みんな陸には遊びに行ってるわ。私の両親もしょっちゅうどこかへ行ってるのよ。多分今もどこかの国で陸の人たちに紛れて〝観光〟とかいうのをしているんじゃないかしら」
「そうなんだ……」

 メリュディーナもそんな風に気軽に遊びに来てくれればもっと早くに出逢えたかもしれないのにと思いながら、レイナルドは改めてメリュディーナに視線を向ける。
 人化と同時に魔法を使って纏ったらしいそのワンピースは、少々時代遅れの代物だった。
『叔母さん』からワンピースを貰ったのは一体いつの事なのだろうかと思いつつ、レイナルドはよし、と頷く。

「今日の予定は決まりだね。まずはメリュディーナに似合う服を買って、それから時計も買おう」
「え? いえ、服もとけいも、私は別に……」
「これから毎日デートするのに、まさかそのワンピース一枚きりというわけにもいかないし、待ち合わせをするのに時計は必要だろう?」

 そんな事を言ったレイナルドに、メリュディーナはびっくりして「毎日⁉」と叫ぶ。

「待って、レイナルドと会うのは今日だけなんじゃないの?」
「あれ? じゃあメリュディーナは明日から僕の奥さんになってくれるの?」
「ならないわよ! どうしてそうなる…………あっ」

 はたと口を噤んで、そうしてまるでハリセンボンのようにぷぅっと頬を膨らませたメリュディーナに、レイナルドはにっこりと笑みを向ける。

「僕の事を知るにはまずはデートから、だよ。メリュディーナ」

 ぱちりと片目を瞑ってみせたレイナルドにメリュディーナは小さく唸る。

「毎日だなんて、言われなかったわ」
「でも誰かを知るには一日や二日では無理だろう? 少しでも早く僕を知って欲しいから、出来れば毎日。そうなると服は何枚か必要だからね。時計はまた僕の祖父の形見を貸しても良いけど」
「ぜっっっったい、いや!」
「だろう? だから、メリュディーナ専用の時計をプレゼントするよ」
「……別に、毎日じかんを決めてまで会わなくても良いんじゃない? 私もなるべく顔を出すようにするわ。だから、会えた時に少しお話をするくらいで充分じゃないかしら」

 顔いっぱいに「面倒臭い」と書いてそう言ったメリュディーナに、レイナルドはうーんと首を傾げる。

「その場合、メリュディーナが次に顔を出してくれるのは何年後になる?」
「さ、さすがに、年はない、と……思う、わ……た、たぶん……」

 小さくなっていく声と共にすーっと視線を逸らしたメリュディーナに、レイナルドは小さく苦笑を零す。

「僕はきっと、毎日あの砂浜で君を待つよ。今日は来てくれるだろうか。明日は来てくれるかもしれない。明日こそは――って。ずっとずっと君を待って、のんびり屋の君が顔を出した時には、僕は干からびているかもしれない」
「そんな事、言われても……」

 困ったように眉を下げて俯いてしまったメリュディーナに、レイナルドは少しの間考える。

「――そうだね。期限を決めないのは良くないか。じゃあ……まずは五日。今日から五日間、僕とデートしよう。そして五日後にもっと僕と会っても良いと思ったら、また五日――それでどう?」

 五日でも面倒だと思ったけれど、メリュディーナはそれならと渋々と頷いた。

 今日でも五日後でも絶対に答えは変わらない。
 五日だけこのおかしな陸の人に付き合ったら「貴方の事は好きになれそうもないし、陸なんてつまらない」と別れを告げて、晴れて〝じかん〟なんか気にしない、今まで通りの海の中での気ままな暮らしに戻るんだからと、メリュディーナはぐっと拳を握りしめた。

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