15年前に助けた人族に執着されて逃げられません! ~人魚はその熱に溶かされる~

桜月みやこ

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本編

01. プロローグ

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 ぐるぐると回る視界に、息を継ごうとすれば容赦なく鼻からも口からも入り込んでくる海水。

  あぁ、僕はここで死んじゃうのかな――

 いつものように水を掻いて水面に上がりたいのに、水を吸った衣服が重くてもがく事すらままならない。
 絶望に支配されていた意識が薄れ始めたその時、ふいにレイナルドの身体はふんわりと何かに包まれた。

「よく頑張ったわね、もう大丈夫よ」

 朦朧とする意識の中、レイナルドが覚えているのは柔らかな声と、自分を守るように包み込んでくれる白い肌、
 そして珊瑚色の混ざった水色という不思議な色だけだった――

 
。o○o。.:*:.。o○o。

「よぉ、レイナルドぼっちゃん! 恩人探しは捗ってるかい?」
「お陰様でちっとも進展なしだよ」

 いい加減ぼっちゃんはやめてくれと付け足して、レイナルドはぽいと放られた果実をキャッチすると青果店の店主に向けて反対側の手をひらりと振る。
 足を進めながら早速その瑞々しい果実に歯を立てれば果汁が口いっぱいに広がって、美味しいなと、今年も出来は良さそうだと、レイナルドは目を細めた。


 ここは海に面したパルメーア王国の端っこにある小さな領地・リナレス。
 海路による交易が盛んなパルメーア王国内にあり、海に面してもいるものの、リナレス領には交易船を迎えられるような大きな港はなく、船の往来は地元の漁師たちが漁に出る程度。
 特産は海産物に、いくつかの果物。
 いささかこれと言った見所が少なく、王都からも離れているリナレス領だが、それでもそこそこに観光客がやって来る。

 この世界には人族の他に『獣人族』と呼ばれる獣の特徴を宿した種族が暮らしている。
 獣人族は人族に比べて数が少なく、他の人族の国ではいまだ蔑視される事もある種族だ。
 パルメーア王国も元々は人族の国であったが、獣人族とも厭う事なく交易を行い、友好を深め、移民も受け入れて来た。
 王家が積極的に獣人との婚姻を受入れた事により、パルメーア王国内では人族と獣人族の交わりも珍しいものではなくなってきている。

 そんなパルメーア王国の近海は穏かで暖かな為か、獣人族の中でも竜人族に次ぐ希少種である人魚族の生息域でもあった。
 過去、人魚族はその希少性から、また「人魚の血肉を口にすれば不老不死になれる」などという噂のために狩りの対象になってしまった時期があった。
 その為パルメーア王国は人魚族を保護対象と定めている。
 リナレス領の辺りは大きな船の出入りがないおかげで、その希少な人魚族が波間で遊ぶ姿を、頻繁とは言い難いながらも見る事が出来るからだ。

 
 店が軒を連ねる、この街で一番大きく賑やかな石畳の通りを抜けると、視界一杯に透き通ったコバルトブルーの海が広がる。
 プラチナブロンドの髪をさらさらと揺らして緩やかに吹き抜けて行く潮風に誘われるように、レイナルドは海へと視線を向けると海面に、海面から覗いている岩に、視線を滑らせる。

 幼かったあの日。
「嵐が近づいているから砂浜へ行ってはダメよ」と何度も母親から言われていたのにその言いつけを破って、そうしていつもよりずっと大きな波に攫われて、幼いながらに死というものを覚悟したあの日。
 レイナルドは気が付いたら屋敷の自分の部屋のベッドの上にいた。
 そうしてすぐに自分を助けてくれたのであろう女の人の声を、白い肌を、思い出した。
 荒れた海に飛び込んで助けてくれたのだろうか。その人はどこも怪我をしなかっただろうか。
 一体どこの誰だったのか。
 会ってお礼を言いたいと言う息子に、両親は困ったように眉を下げた。

「レイ、あなたを助けてくれたのは人魚だったの。だから、もう海に帰ってしまったのよ」

 母親からそう言われて、レイナルドは肩を落とした。
 人魚族はたまに海で跳ねたり岩の上に座っている姿を見るくらいで、天気の悪い日以外は毎日のように砂浜で遊んでいるレイナルドですら目の前で会った事も、ましてや話しなんてした事もない種族だ。

「でも父様は〝りょうしゅ様〟なのだから、その人を見つけられるでしょう?」

 そう食い下がったレイナルドに、父親は苦笑を零した。
 そうしてレイナルドの頭を優しく撫でながら「領主だからと言って、何でも出来るわけではないんだよ」と言ったのだ。

 それまで父親はレイナルドが本当に欲しがったものは与えてくれたし、街に住む人たちの色んなお願いだって、勿論全部を簡単にというわけではなかったけれど叶えていた。
 だからレイナルドは、父親は――〝りょうしゅ様〟は、何でも出来る万能の人だと思っていたのだ。
 けれど「領主だからと言って、海で暮らす人魚をこちらから呼び出す事なんて出来ないんだ」と言われて、レイナルドはショックを受けた。

 助けて貰ったお礼を言いたかったのに。
 そして出来る事なら、もう一度あの柔らかな優しい声を聞かせて欲しかったのに。

 あまりに消沈している幼い我が子に、両親は「レイの覚えている珊瑚色と水色はその方の髪の色だ」「わざわざ人化してレイを砂浜に上げてくれたんだよ」と、少ないながらもその人魚の事を教えてくれた。
 その時初めて、レイナルドは人魚族も人化出来るのだと知った。

「人魚族はね、人化して陸に遊びに来る事もあるのだそうよ。もしかしたらこの街にも来ているかもしれないわね」

 母親からそう言われて、レイナルドはひどく興奮した。
 もしかしたら自分を助けてくれた人魚もふらりとこの街に来ているかもしれない、と思ったからだ。

 その日以降、レイナルドは街を歩けば常に視線を動かすようになった。
 海を目にすれば海面を、海面から覗いている岩の上を、見つめるようになった。
 唯一覚えている珊瑚色と水色だけを頼りに、ひたすらにその色を探し続けた。


 もうすっかりと無意識のうちに海面や岩場を探す癖がついてしまったレイナルドは、この日も小さく息を落として海から陸へと視線を転じると、緩やかな坂道を登り始める。
 なだらかな丘の上、海を見下ろすように建っている建物の中でも随分と古く大きい屋敷が領主邸で、レイナルドの帰る家だ。
 さっき貰った果実の残りを口に放り込んで、レイナルドは今日も収獲なし、と溜め息を落とした。

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