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冬薔薇を、あなたに

とある庭師と薔薇の話

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「好きな花──ですか?」

こてんと首を傾げたリィナに、ラザロがはいっ!と頷く。

「フェリクス様に庭を好きなようにいじって良いと言われて……でも俺、教会で世話してたのはハーブとか野菜とか食べられるものばっかだったから花には詳しくなくて……だから、まずはリィナ様のお好きな花を植えようと思いまして」

言われて、リィナはそうですね……と窓の外に目を向ける。
そこにあるのは殺風景としか言いようがない、数本の木が植わっているだけの彩りなどという物とは無縁な庭だ。

けれど前の領主の時には綺麗に整備されていたのだろう、と思える名残は残っている。
今はすっかり枯れている噴水と、鉄製のアーチだ。

「あのアーチは使えるかしら?」
「ずっと雨風に晒されていたようなので、あれは撤去しようと思ってます。新しいものを手配しましょうか?」
「そうね……アーチは薔薇かジャスミンが良いわ」

じゃすみん、と呟いたラザロに、リィナは小さく笑う。

「アーチは1個じゃなくても良いかしら?そうしたら薔薇のアーチもジャスミンのアーチも作れるもの」

あとはマーガレットにデイジー、ストック、エリゲロン、フォプシス、フロックスにデルフィニウムなんかも良いわね、と次々と出される名前に、ラザロが慌ててメモを取る。

「一気に欲張っても大変でしょうから、ゆっくりで大丈夫よ。でも、薔薇は最初から植えて欲しいわ」
「お好きなんですね」

ラザロはメモに薔薇、と大きく書いて、その文字をぐるぐると円で囲む。

「夏に咲き誇るのも勿論ステキなのだけれど。薔薇ってね、冬に咲くこともあるのよ。冬ってどうしてもお庭が寂しくなるでしょう?そこに咲いてる薔薇を見ると、何だか元気をもらっている気になるの」
「へぇ……薔薇なら何でも良いのでしょうか?」
「冬に咲くのは品種によるみたいだけれど……ごめんなさい。私もそこまで詳しくはなくて……」

眉を下げたリィナに、ラザロは慌てて手を振る。

「いえ、花屋のおやっさんに聞いてみます!あ、色は?薔薇って色んな色ありますよね」
「そうねぇ………」

リィナは暫く考えて、そして「そうだわ」とぱちんと両手を合わせてニッコリと微笑んだ。



「濃い赤と、黄色とピンク。で寒さに強いやつな。黄色とピンクは分かるが、赤ってのは何となく意外だなぁ」

花屋のおやっさんが紙に書きつけながら首を傾げる。

「あの小鳥サンはこう、ふわふわっとした感じを好みそうなのにな」
「赤でも濃いってところがポイントでさ。理由聞く?」
「何だ。もったいつけて」

書きつけ終えたおやっさんが顔を上げたところで、ラザロは少し呆れたような、くすぐったそうな、複雑な笑みを浮かべて口を開いた。



❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

「おや、ラザロ。今年もそろそろ咲いたかい」

街角で立ち話をしていた主婦の輪からそんな風に声をかけられて、ラザロは首を振る。

「リィナ様のがもう少しで咲き始めそう。フェリクス様のはまだ少しかかるかも」
「咲いたら教えてね。見に行くからさ」

うん、分かったと手を振って、そうしてラザロは苦笑を零す。

伯爵邸の庭の整備を始めて一番最初に植えた3種類の薔薇のうち、濃い赤の薔薇と黄色の薔薇は、リィナがその色の薔薇を求めた理由が花屋のおやっさんのせいで一気に町に広まってしまって、そうして本来の品種の名前ではなくて『フェリクス様の薔薇』『リィナ様の薔薇』と呼ばれるようになってしまった。

フェリクス様にばれた時、何でか俺が怒られたっけなーと思い出しながら、ラザロは件の花屋に足を踏み入れた。

「おやっさーん、助けて」
「……またお前か」

ジョッキンと切り花の茎を切り落としてから、おやっさんが今度は何だと呆れたようにラザロに顔を向けた。



「薔薇の交配だぁ?」
「なんかさ。最近貴族様の間で流行ってるんだって。薔薇を交配させて"自分だけの薔薇"を作るっての」
「あぁ、話には聞いてるが……俺だって詳しい事は知らねーぞ」
「そこを何とか」

お願いしますとラザロはおやっさんに向かって深々と頭を下げる。

植物を育てるのが好きだったから庭を任されたものの、庭園造りだなんてどうしたら良いのかさっぱり分からなかったラザロは、元々通っていた町の花屋のおやっさんを頼った。
不愛想ではあるけれど頼られると嫌とは言えないおやっさんは、何とも好都合な事に若い頃にどこぞの貴族様の屋敷の庭師見習いをしていたそうで、ラザロは大いに助けられた。
戦のおかげでお屋敷で働く事が出来なくなったとかで、地元であるこの町に戻ってきて伝手を駆使して花屋を開いたらしい。

そんなこんなで、今伯爵邸の庭が華やいでいるのはおやっさんのおかげに他ならない。
リィナが希望した薔薇とジャスミンのアーチも立派に茂っているし、薔薇の種類も増えたし、足元を彩る季節ごとの花も賑やかだ。噴水にも水が通って、今や庭全体が枯れ果てていたのが嘘のように整えられている。

「おやっさんもリィナ様にキラキラした目で見つめられてみると良いよ……あの人にアレやられると、断れない……」

人妻で子持ちなのに可愛いとかズルい、とボヤいたラザロに、おやっさんもまぁ分からんこともない、と頷いた。

「そんで?交配させてどんな薔薇を作りてぇって?」
「それ聞いちゃう?」

ラザロは今回もまた、少し呆れたような、くすぐったそうな、複雑な笑みを浮かべて口を開いた。



そうしておやっさん(の伝手)の助けもあって、庭の片隅で交配に交配を重ねてようやく二つの色を持つ薔薇が出来た年の冬、望んだ薔薇の完成を見る事なくリィナが逝った。

完成するまで続けたい気持ちもあったけれど、ラザロ自身も屋敷の皆も、リィナが望んだ薔薇を目にしても辛くなりそうな気がして、続けるのはやめた方が良いのだろうかと迷っていたラザロに、フェリクスが「リィナの墓に飾ってやりてぇから続けろ」と言ってくれた。

赤と黄色の二つの色を持つ薔薇は何種類か出来たけれど、リィナが真に望んだ色合いの物が出来たのは、リィナが逝ってから6年後の事だった。

屋敷の皆も町の人達も、勿論おやっさんも完成をとても喜んで、フェリクスには拒否されたけれど皆でこっそりと”フェリーナ”と名付けたその薔薇を、教会のリィナの墓にも庭の碑にも飾って、これで冬にも咲いてくれたら完璧だなんて言っていた、その冬。

冬にしては暖かい日が続いていたある日、ラザロは"フェリーナ"に蕾を見つけた。
リィナ様の薔薇が咲きそうですよと報告に来たラザロに、フェリクスはそうか、とほっとしたように笑った。


そうして遂に冬空の下で“フェリーナ”がいくつかほころんだ日、それを待っていたかのように、フェリクスが静かに逝った。



❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

「楽しんでくれてるかな」

フェリクスとリィナの誓約式の日に孤児院の子供達から贈られたペンダントは、フェリクスが望んだ通りに庭の隅にある碑の下に二つ一緒に納められている。
ラザロはその碑の周りに”フェリーナ”を植えて、そして”フェリーナ”は毎年、屋敷の人々の目を楽しませてくれるようになっていた。


"フェリーナ"の花びらを撫でていたラザロは、ふわりと初夏の風に頬を撫でられてふと空を見上げた。
何となくリィナが微笑んだような気がして、ラザロは空に向かって小さく笑うと、碑の前にそっと膝をつく。

「フェリクス様、リィナ様。アミスティア様は先日の誓約式の時にこの薔薇をブーケにして下さったんですよ」

お父様とお母様が見に来てくれたみたいでしょう?とリィナそっくりの笑顔を見せたアミスティアの花嫁姿に、一番泣いていたのは恐らく長兄のアディールだっただろう。

「今度作る公園に、この薔薇を植えるそうです。俺もそろそろゆっくりしたいんですけど……"フェリーナ"の事なので、手伝わないといけないみたいです」

最近腰が痛いんですけどね、と笑って、ラザロはよっと立ち上がる。

この薔薇の話も、どうやら最近”ヴァルデマン伯爵と侯爵令嬢の恋物語”に組み込まれるようになったらしい。

「語られているのは薔薇であって自分の事ではないのに、何だか妙に気恥しくて……。フェリクス様が物凄く嫌がっていた気持ちがようやく少し理解出来たような気がします。おせーよって、怒られそうですね」

苦笑を零したラザロの頬を、また風がゆるりと撫でて行った。



ヴァルデマン伯爵領の名物の1つとなる薔薇を生んだ庭師の名が世に伝わる事はなかったけれど、
観光地の1つとなっている公園の整備に尽力した人物として、伯爵家に伝わる書物に僅かにその庭師の名も残される事となる。


その庭師は、”フェリーナ”が公園で咲き誇るようになるのを見届けて、世を去ったという。




*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
薔薇を作る事になったきっかけを知りたい、とのリクエストより。
ただのリィナの好奇心──と言ってしまえばそれまでなのですが(^_^;
こういう流れでした、という事で……

お粗末さまでございました。

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