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本編

65. 鍛錬所、始動?

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フェリクスはギリギリまで走り回って、何とかリィナとの誓約式までに騎士団の鍛錬所としての機能を整え終えた。
そして誓約式の僅か10日前から、試験的に短期間だけ10名の騎士がヴァルデマン伯爵領の鍛錬所に送られてくる事になった。

──のだが。

「まずは試験的に、とは聞いていましたが……これはこれは」

ヴィクトールから直前に送られて来た10名の名が記された手紙に、リシャールは目の前の執務机に不機嫌そうに座っているフェリクスに視線を送る。

「まぁ、指導用のプログラムを練る、という点では良いんじゃないですか?」
「良いわけあるかっ!こんなのちっとも『新米騎士の指南』の練習にならねーだろうがっ!」

フェリクスがバンっと机を勢いよく叩いたところに、運悪くやって来てしまったテレーザが小さくきゃっと悲鳴を上げた。

「テレーザ……悪ぃ。別にお前に怒ったわけじゃねーからな」

バツが悪そうにそう言ったフェリクスに、テレーザは分かっていますと微笑むと、持っていたトレーから執務机の上にお茶と小皿を置く。

「今日はカリーナが一人で焼いてみたそうです。ちょっと焦げてしまってすみませんって」
「そうか?これくらい気にすんなって言っておいてくれ」
「はい」

テレーザが頭を下げて部屋を出て行ったのを見送って、フェリクスははーっと息を吐くと、今到着した焼き菓子をリシャールにも勧めつつ口に運ぶ。

「──うん、美味しいですね」
「しっとり?してて良いんじゃねーの。柔らかすぎなくて良いな、これ」

もうちょっと甘さ控え目だともっと良いが……と呟いて指先を舐めたフェリクスに、リシャールが小さく笑う。
今までフェリクスはほとんど菓子類を食べなかった。
別に甘いものが嫌いというわけではなく、単純に食べる機会がなかった、というだけだ。

アマーリエが気まぐれに持ってくる菓子を食べる事はあったが、連日食べるという事もなかったせいか、アマーリエ達に教わって日々菓子作りに精を出しているカリーナの試食に付き合っていたフェリクスがここ数日、さすがに少しばかり焼き菓子に辟易しているのを知っていたリシャールは、久方ぶりの好感触に心の中で「フェリクス様はフィナンシェが好きらしい」とメモをする。

といってもカリーナはリィナ好みの菓子を練習しているのだから、フェリクスの好みが反映されるかと言われたら、そこまでの作り分けを12歳の少女に要求する事はないだろう。
リシャールはフェリクスの好みはあとでアマーリエに伝えておこうと、こっそりと頷いた。

「で、話の続きですが」
「今すぐふざけんなって突っ返しておけ」
「皆さん試験要員にかこつけて、式を見たいのでは?」
「だから突っ返せっつってんだよ」

ヴィクトールから送られて来たリストに書かれていた10名は、ベテランばかりの、戦後もフェリクスと交流が続いている人間ばかりだった。
フェリクスが指南するのは新米騎士のはずなのに、これでは何のお試しにも指南の練習にもならない。
この10名にフェリクスが教える事など、何もないのだから。

「でもほら。皆さんそこそこ指導経験がある方ばかりでしょうから、そういう意味では勉強になるのでは?」
「指導する側ばっか来たって仕方ねーだろ。指導される人間も寄越せ」
「という要求をすると、この10人にプラス新人数人、という事になりそうな気もしますが」
「1棟に15人までは入るけどな……」
「ではまぁ、『指導対象も混ぜて10名にして欲しい』と送ってみますよ」
「──頼む」


❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

「そんで何でこうなる?」
「いやぁ、全員どうしても自分がって引かなくてなぁ」

ヴィクトールは「細かいこたぁ気にすんな!」と横目で見て来るフェリクスの背をバンバンと叩く。

結局リシャールが送った見直しを依頼した手紙に返事はなく当日を迎え、案の定、と言うべきなのだろうか。
リストを貰った10名は変わらず、それに加えて入団間もない新人3名が加えられた計13名という布陣で、騎士達はヴァルデマン伯爵領にやって来た。

「んで、わざわざお前が付き添ってきたのか?」
「まぁ一応どんな感じなのかは見ておかないとだろう?何、俺は一通り見たら今日中に帰るさ」

フェリクスは仕方ねぇと息を落とすと、離れ──宿舎とでも呼び変えるべきか悩んでいるところではあるが──に騎士達とリシャールを引き連れて移動をする。

「ここと真ん中を騎士団の連中で使って貰う事になる。一番奥はリシャールん家だからあんま近寄んなよ。で、裏手が鍛錬場になってる。よっぽどの夜中でない限りはいつでも使って構わない、という事にするつもりだ」

細かい規定なんかは今回の様子を見つつ定めていく事にしている。
そこまで手が回らなかった、という事もあるのだが──。

「3人一部屋で、あとはキッチン・食堂・談話室なんかだな。風呂・トイレは共同。王都の騎士団宿舎では掃除・洗濯は新人の仕事らしいし、原則新人が来るって話だからな。ここでは完全当番制にする。それに加えて、料理も当番制だ」
「料理も?」

ヴィクトールが微妙な顔でそう聞き返してきたものだから、フェリクスはにやりと口端を上げる。

「野営やらなんやら、騎士団内でも料理をする機会はあるんだろう?後々クソ不味い飯で被害者を出さない為にも、ここでそこらも鍛えておけば一石二鳥だろ」

というのは、元々はマウロの案だった。
何でも野営の最中等にそこそこの頻度で振舞われる『クソ不味い飯』に耐え切れずに「俺が作った方がマシだ!」と隊の中の飯当番を自主的に請け負うようになったのが料理人を目指すようになった事の発端なのだそうだ。
実際、その時にマウロが作ったものの方が遥かにマシだったらしい。
「美味くなくて良い。苦痛を感じずに飲み込める物を作れるようになってくれればそれで良い──」と呟いたマウロは、どこかとても遠くを見つめていた。

さぞかし不味かったのだろうと察したフェリクスとリシャールは、マウロのその案を受け入れる事にした。
最初のうちはマウロも一緒に厨房に入って料理指導をしてくれる事になっているが、どう考えてもマウロの負担が大きそうなので、屋敷の方に新たな料理人を雇い入れるかどうかを検討中だ。


一通り騎士達に案内を終えたフェリクスは、今日のところはとりあえず荷解きでもして、あとは好きに過ごせと言うと、さっさと離れを後にしようとして──あえなく失敗した。

「何だ、フェリクス。久しぶりに会ったってのに冷てぇ事言うな。ちょっと話してけ」
「そうだぞ。とりあえずどうやって幻の令嬢を落としたのかそこんとこから──」
「俺は忙しいんだよ!離せ!!」
「何だ、暴れたいならとりあえず鍛錬場の使い心地でも試しに行くか」
「良いな。よし、各自剣を持って10分後に集合だ」
「俺は忙しいっつってんだろうが!!」

わーわーと盛り上がっているベテラン騎士とフェリクスの叫びを聞きながら、リシャールは片隅で固まっている3人の新人を適当な部屋に放り込んで、そっと離れを後にした。


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