上 下
53 / 108
本編

52. 国王は乙女と野獣を翻弄する。

しおりを挟む
「戦の時に、俺が近衛隊にいたのは知ってるか?」
「勿論です。当時、王都はその話題で持ち切りだったそうですわ」
「持ち切りかどうかは知らねーが……まぁその時に、意外と気さくな皇太子サマがな。口調なんて気にしなくて良いよーだとか言って、俺は皇太子サマと普通に話せる "栄誉を賜った" ワケだ」
「何か棘あるなぁ……」
「こいつがこんなノリで『伯爵になってみない?別に大変な事なんてないから。ちょっと屋敷で書類にサインだけしてれば良いから』なんて言いやがるから、そんくらいならってうっかり頷いたらこのザマだ。何が『大変な事なんてない』だよ」
「リシャールが付いてるんだから、実際そんなに大変でもなかったと思うけど?」
「書類の量が尋常じゃねー上に、ここまでお貴族様が陰険で陰湿だなんて聞いてねーっての」
「だからそこはごめんって謝ったじゃないか。こっちにとっては普通の事だから、感覚がちょっと麻痺してたんだって」

ねぇ?とセヴィオに微笑まれて、リィナは曖昧に頷く。

フェリクス一筋で、どうしても参加しなければいけない時以外はほとんど社交の場に出ていなかったリィナも、実のところ貴族社会の暗い部分というものにあまり触れていない。
参加していても常に隣にはリアラかアンネがいたので、そういった物とは無縁で過ごせていたのだ。

「では、近衛隊の時からずっとこのようなご関係で?」
「そうだな、流石に公の場では弁えるが。2人で話す時はいつもこんなもんだ」
「もうさー、ですますでしゃべってるリックなんて何の拷問かっていうくらい面白いよね。見たことある?」

思い出しているのかぷっと吹き出してリィナにそんな事を言ってくるセヴィオを、リィナはまたぽかんと見つめる。

リィナがぽかんとしている事に気付いたフェリクスは、そこで漸くリィナが真に驚いていたのは自分の『国王陛下への接し方』の方ではなく、『国王陛下の様子』の方だという事に気付いた。

「あー……そうか、なるほど──おい、国王陛下さんよ、人の事言ってる場合じゃねーぞ。あまりの『普段の国王陛下』との違いに、リィナが引いてる」
「え?あ、いえ、引いているわけでは──」

慌ててそう言ったリィナは、ぱちりとセヴィオと視線が合ってしまって、慌てて頭を下げる。

「あぁ、そうか。どうもリックと話してるとダメだね」
「人のせいにすんな」
「じゃあ、ちょっと真面目にしようか?」

セヴィオがそう言った途端にふと空気が変わった気がして、リィナはそろりと頭を持ち上げる。

「──っ!」

今まで人の良さそうな微笑みを浮かべていたセヴィオの表情が、リィナの知っている『国王の顔』──睥睨するような視線と、どこか冷たさを感じる口端だけでの笑みに、変わっていた。

「ヴァルデマン伯爵には昨日書状を送ってあるが、今日2人を呼んだのは仕事の話の為だ──が、本題の前に、まずはデルフィーヌ侯爵令嬢とヴァルデマン伯爵との婚約に心からの祝福を」
「……どーも」
「あ、ありがとう、ございます」

リィナが4日前に話したセヴィオもこの『国王陛下』のセヴィオだったはずなのに、今目の前で繰り広げられた気安いやり取りを目にした直後のせいか、リィナは若干の混乱を覚える。

「まさかデルフィーヌ侯爵令嬢に許可を出した2日後にこんな報告を受け取るとは思わなかったから驚いたが。そこの辺り、詳しく聞かせて貰おうか」
「……言うかよ」

「デルフィーヌ侯爵令嬢?」

その一言に充分な圧を感じて、リィナは「はいっ!」と背筋を伸ばすと、口を開く。

「あの、陛下がフェリクス様……あ、ヴァルデマン伯爵へのお手紙をその場で書いて下さったので──んむっ」
「しゃべんな。黙ってろ」

べしっと口を覆われて、リィナはフェリクスを見上げる。
セヴィオは相変わらず口端だけの笑みを崩さずにリィナに視線を向けているものだから、リィナは視線で何とか「でも、あの、陛下がっ」とフェリクスに訴える。
フェリクスは嫌そうに顔を顰めると、自分のお茶菓子のクッキーを一つ抓むと、あろうことかセヴィオに向かってぴしっと指で弾いた。

「おっと──ヴァルデマン伯爵、不敬罪という言葉を知っているか?」

セヴィオは器用にクッキーをキャッチして、自分の皿に落とす。

「気持ち悪ぃしゃべり方してる限り飛ばす」
「──リックがリィナ嬢が引いてるなんて言うから『普段の国王陛下』モードにしたんじゃないか。ねぇリィナ嬢?許可しておいて何だけど、本当にこんな男で良かったのかな」

一転、可笑しそうな笑みを浮かべて、またガラリと雰囲気を変えてそんな事を言ったセヴィオに、リィナはフェリクスに口を塞がれたままこくこくと頷く。

「でもさ、本当に気になるからどういう事か教えてくれる?リィナ嬢、リックを落とすの早すぎない?」

心底不思議そうな顔をしているセヴィオに、リィナは自分の口を覆ったままのフェリクスの手を引っ張る。
フェリクスは嫌そうな顔をしながらもリィナの口から手を外した。

ふはっと少し苦しかった息を吸い込んで、リィナはセヴィオに答える。

「あの日、陛下がフェリクス様にその場でお手紙を書いて下さって、『早馬でヴァルデマン伯爵へ』とおっしゃっておられましたので。私嬉しすぎて、帰宅してすぐに両親に陛下から許可を頂いた事を伝えて、そのままフェリクス様の元へ向かったのです」
「え?あの後すぐ行ったんだ?あー、なるほど。だからか」

もう一度なるほどと頷いているセヴィオに、フェリクスがは?と眉を寄せる。

「セヴィオから許可をもぎ取ったとか言ってたが……あれはその日の話だったのか?」
「はい。善は急げと申しますでしょう?本当でしたらもう少し早く到着できたのでしょうけれど、お父様からもフェリクス様にお手紙を書くから待っていなさいと言われてしまいまして……それであの時間に」

この時になって漸く、フェリクスはあの日自身の元にセヴィオからの手紙とリィナ自身がほぼ同時に到着した不可解な事象がいかにして発生したのかを、理解した。

「つまりセヴィオが早馬で俺に寄越した手紙をリシャールが受け取って、書類だなんだを振り分けて保留されてる間に、父親からの手紙を持ったリィナが到着しちまった、と」
「──んん?? 待ってリック。リシャールは僕からの、しかも早馬での手紙を保留にしてたのかい?」
「お前からの手紙は総じて緊急度が高くないから、わざわざ単体で持ってこなくて良いとリシャールには伝えてある」
「ひっど!」

一応国王なんだけどとぶつぶつと呟いてから、セヴィオは「と言う事は」とリィナを見る。

「それでもたった2日──実質1日かな?で、コレを落としたって事だよね。一体どんな技を使ったのか興味あるなぁ」
「私は特に何も……ただ、フェリクス様が好きですと、お伝えしただけです」

そう言えばアリスにも同じような事を言われた事を思い出して、リィナはやはりその時と同じように答える。

「ふぅん?ただ伝えただけでコレがどうこうなると思えないんだけどなぁ……ねぇ、もう寝た?」
「えっ!?」
「おい」

リィナが頬を染めて、フェリクスが顔を顰めたのを見て、セヴィオはまた「なるほどね」と笑う。

「気に入ったんだ?」
助平爺すけべじじぃかっ!そんなんじゃねーよ」

クッキーをびしびしとセヴィオに向けて弾いて、フェリクスが怒鳴る。

「うーん、なら性格?まぁ1人で国王ぼくのところに来るくらいだしね。そこらのご令嬢とは一味二味違うんだろうけど」

セヴィオはひょいひょいとクッキーをキャッチして皿に落としてから、眉を下げる。

「リック、僕一人ではこんなに食べられないかな……」
「オスソワケじゃねーよ!」
「あ、あの、フェリクス様。よろしければ私と半分こしましょう?」
「そーじゃねぇ!」

「ねぇリィナ嬢。やっぱこんなヒステリーな男やめたら?恐くないの?」
「まぁ陛下。私フェリクス様のこういうところも可愛らしいと思いますので、大丈夫ですわ」

頬を染めながらはにかむ様に微笑んだリィナに、セヴィオはへぇそうなんだとニヤニヤと笑って、そしてなるほどねと頷いてニヤニヤしたままフェリクスに視線を向ける。

「なかなか良い子そうだね。やっぱりリィナ嬢なら、安心してリックを任せられそうだ」
「いい加減にしろよっ!さっさと本題に入りやがれ!」

最後のクッキーをセヴィオに向けて弾き飛ばして、フェリクスが怒鳴った。


しおりを挟む
お読みいただきましてありがとうございます!

** マシュマロを送ってみる**

※こちらはTwitterでの返信となります。 ** 返信一覧はこちら **

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

処理中です...